優しさは苦しさを呼ぶ

 

結婚しても、お兄様は毎晩私の部屋に来た。

そして身と心を引き裂かれた苦しみに泣いていた・・・

この人も・・・一人ぼっちなのだ・・・

今、私を閉じ込めているのは動かない身体でも、閉ざされた部屋でもない。

一人の男の狂気の愛・・・・棘のあるかぐわしい薔薇の檻なのだと気づいた。

亡くして気づいた・・・私はお兄様の愛の中で生きる事を、本当は望んでいた事を。

真紅の柔らかな馨しい薔薇の檻は、居心地がよくて囚われている事さえ忘れさせた。

出ようとして、はじめてその棘に気づいた・・・・・

私にとって東條隼人とは何だったのか・・・答えは出ない・・・

母も・・・そうだったのか・・・

父に強引に結婚させられたとはいうが、結婚後の母はおだやかだった。

もちろん、私を産む事で罪を背負い、苦しんだだろうが・・・

私が知る母は、それでも穏やかだった・・・

父も私を可愛がってくれた・・・・しかし・・哀しい目をしていた・・・

・・・知っていたのだ・・誰が言わずとも知っていた。知りながら受け入れた・・・そう考えれば納得がいく。

それを受け入れることで、父は母を捕獲し、母はその許しに生涯応えた・・・・

この屋敷には薔薇の檻が無数にあるらしい。

いや。この世には・・・・というべきか?

父は暴君ではなかったのだ。母に囚われた可愛そうな囚人・・・・

捕らえ囚われ自分を追い詰め・・・一体この連鎖はいつ終わるのか・・・

 

雅彦様!私は貴方に逢いたい・・・・貴方が私にとって何だったのか、

私が貴方にとって何だったのか、わからないけれど

貴方といる時私は、どんなに自由だったかわかりません。

少なくとも貴方の愛は檻ではなかった・・・・

 

昼食後、由梨絵様はお一人でここにこられた・・・

「静流様・・・」

そう言って私の前に跪いた。

「隼人様は私に心を開かれません・・・あの方には貴方だけしかいないのですか・・・」

由梨絵様は追い詰められていた・・・

「勿論、私にはお優しいし、良くして下さいます。でも、それが、かえって苦しいのです」

多分・・・お兄様は由梨絵様がどんな過ちを犯しても、許すだろう・・

彼女は気づいている・・・・自分は夫にはどうでもいい人間なのだと・・・

愛も憎しみもない・・・ただのパートナー。

それがどれだけ、この女性を傷つけるか・・・・

捕らえる価値もないと判断された者・・・・

捕らえられたい人がここに居り、囚われてがんじがらめの私がここにいる・・・・

何故この人ではいけなかったのか・・・・お兄様は私ではなく、この方を捕らえるべきだった。

しかし・・・果たして捕らえられる事が幸せな事なのかどうか・・・・

無視したり、冷たくするなら、まだそこには感情がある。いつか愛に変わる可能性がある

しかし・・・・眼中にも入れてもらえないとしたら・・・・・絶望的である。

檻に入れない女が私の目の前にいた。

私は何も言ってやれない・・・

 

 

「奥様!何をしておいでですの?」

萩野が血相を変えて入ってきた。

「早くここからお立ち去りください」

「何故、私は義妹に会うう事も叶わないのですか?旦那様は最愛の妹を私にお隠しになるのですか!!!」

「いけません!奥様」

由梨絵様は私の手を取った。

「静流様、私は・・・」

「奥様!!」

萩野がその手を振りほどこうとして由梨絵様の肩に触れたとたん、重心を失った私の身体は

由梨絵様の膝にくず折れた・・・

「静流様!!」

私を抱き起こした由梨絵様の顔は青ざめていた・・・・

「・・・何なのですか・・・これは・・生きている人間ではありませんね?死体?人形?」

萩野はため息と共に、由梨絵様の横にくず折れた。

「静流様は亡くなりました・・・旦那様がその死に耐えられず、そっくりの人形を作らせたのです。

ご存知ですか?檜山夢幻斎を」

「暗黒の異端の人形師と言われている?」

「これは・・その夢幻斎の作品です。」

「手触りも人そっくりではありませんか・・・・」

萩野は私を再びソファーに座らせた。

「静流様の皮膚、髪、骨を使って作られております。夢幻斎が忌み嫌われている理由は

そこにあります。」

「愛しておられたのですね・・・旦那様は・・・静流様を」

由梨絵様は涙を流された・・・・・

絶望の涙なのか、裏切られた悔しさからなのか・・・・それともお兄様を憐れんでなのか、わからなかった。

「隼人様・・・私は自分のことだけを考えて悩んできました・・・貴方がどんなにお辛いか思っても見ませんでした・・・

すみません・・・」

彼女は私を抱きしめた。

いっそ私を憎んでくれたなら・・・さげすみ嫌ってくれたなら気持ちは楽だった・・・・

「静流様・・・私も旦那様以上に貴方を愛します・・・」

何故・・・憎んではくださらないのか・・・

その優しさが私を苦しめている事に、由梨絵様は気づかない・・・・

 

彼女は愛する人と同じものを愛する事でその愛に近づこうとしていた・・・・

 

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