足枷の重さ

 

  「旦那様、この縁談は受けていただきますよ」

夕刻、私の部屋で、お兄様と萩野は言い争っていた。

「意に沿わぬ結婚をしろというのか」

何度目だろう・・・・また新しい縁談が持ち上がったのだ・・・・

「東條家をお潰しになるおつもりですか?」

三十路になろうとするお兄様に、次々と縁談が持ち上がるのは不思議な事ではない。

次々と断るお兄様が不思議なのだ・・・・・

私のせい?・・・・・

「旦那様・・・私は東條の家を守る為、貴方様の足枷を共に担う決意を致しました。人道に反してです。

お家を守るのが私の務め、旦那様がそのおつもりなら、私は静瑠様の件から降りさせていただきます。」

「警察にでも行くつもりか?」

「お暇を取らせていただきます。静瑠様は九条様のところにお連れ致します。」

萩野は、ただの使用人ではなかった。先代から使えてきた、ある意味、お兄様の保護者であった。

確かに、家を存続させる為に跡取りは必要・・・・お兄様は結婚しなければならない。

「それでも・・・今回お勧めいたしますのは、いつもの政略結婚的な縁談では無いからなのです。

大道寺家のお嬢様が旦那様をおみそめになられて・・・・」

「それがいかんというのだ」

愛するものから愛されない辛さを、お兄様は知っているから・・・・・

「いいえ。旦那様は誰かから愛されると言う事を知らなければなりません。このままではいけません」

「由梨絵を犠牲にするのか・・・・」

「愛しなされませ・・・旦那様も。由梨絵様を・・・・」

「無理だろう」

いっそ・・・お兄様が女の方を愛されたなら・・・私は救われるだろう。

報われない愛に悲しむお兄様を見てはいられない。だからと言って、私はお兄様を男性として見る事が出来ない。

それに・・・私は人形なのだ。

人形と一生暮らすより、結婚して家庭を持つのが正常な生き方ではないか・・・

雅彦さまも・・・・・・後で私が雅彦様の所に行ったとて、仕方の無い事。

私は・・・人形なのだ・・・・

「ご結婚は旦那様の義務です。」

また一つ、お兄様は重い足枷を担った・・・・・結婚という・・・・

私の件でお兄様は、萩野には逆らえない。縁談は進んでいった。

その後、大道寺由梨絵という女性が、私の部屋にも来た。お兄様同伴で・・・・

父親の右腕となって企業を支えていた才女で、引く手あまたの美人だそうだ・・・・

しかし、お兄様の前では彼女は、か弱い乙女でしかなかった。

本当に好きなのだ・・・・お兄様が・・・

事故で身体の自由を失ったという私を、彼女は時々見舞ってくれた。萩野かお兄様同伴で・・・・・

お兄様も彼女には紳士的だった。すばらしいポーカーフェイスだった。

もし・・・本当の事を彼女が知ったら・・・

やはり、兄の言うとおり、この結婚はすべきではなかったのかも知れない・・・

式には私は身体の不具合のため参席しなかった。多くの人の目に触れる事は 危険なのだ

仕事の為、新婚旅行にも行かないまま、お兄様は帰宅し、すぐに新婦を部屋に送り

私に逢いに来た。

「静瑠・・・・」

そう言って私を抱きしめた。長い間・・・・私に対するお兄様の純情を感じた。

「旦那様・・」

萩野の呼ぶ声に、名残惜しげに立ち去るお兄様・・・・

お幸せに・・・・彼が私から解き放たれる事をただひたすらに祈った。

 

 

 

そして・・・・孤独が押し寄せてくる・・・

私は・・・一人・・・忘れ去られる人形・・・

 

 

 

 

 

 

その日から一人の時間が苦痛になった。

 

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