同一化現象
次の日の夕刻、お兄様はあの青年を連れて私の部屋を訪れた・・・・
青年は静かに微笑みつつ私に近づき、ソファーに座る私の前に跪いた。
「静瑠・・・久しぶりだね」
理解不可能な愛情が込められた、呪文めいた声を聞きつつ、私も彼を見つめた。
「涙を・・・流したんです・・・そんなことがあるのですか?」
後ろにたたずむお兄様がそう告げた。
「物質的にも科学的にも、医学的にも無理です。が・・・西洋でも石膏で作られたマリア像が
涙を流すと言うケースもございます。無いとは断言いたしかねます。ましてや、歴代の
夢幻斎の作品には、そのような例は多うございます・・・・シンクロしてきたのでございましょう」
「シンクロ?」
「静瑠の骨、皮膚、髪の細胞の記憶と静瑠の魂が同一化致しますと、このようなことが・・・」
「魂?静瑠は魂を持っているというのか?」
「はい、これは静瑠の器でございます」
と、彼は私の両肩を掴んだ。
「死んで肉体を離れた魂は彷徨い、再び自らの中に納まることがございます。」
「もともと、静瑠には魂が入っていたと言うのか?」
この二人の会話は何だろう・・・
私を無視して二人は会話を続けている。
「私の作品には、魂が入っていると申し上げたはずでございますが・・・・」
「いや、それは魂を込めて作ったという意味だとばかり・・・それはそうと、シンクロしたら、どうなってしまうのだ?」
「生前の記憶を取り戻しているでしょう・・・何かのきっかけで、記憶を取戻す事はよくある事です。
魂が入ったものは見聞きし、意思を持っております。もちろんそれは目や耳、脳という器官を通してのものとは違いますが・・・シンクロして感情が生まれるとこういう事も起こるのです。」
「では・・・死んでもなお、私を拒んでいるのか・・・・」
お兄様・・・なんて哀しい目をなさるの・・・何も恐れる物の無いお兄様が唯一恐れたのが私を失うこと・・・・・・
「誠心誠意尽くしてください。償わなければならないとお考えなら。少し静瑠と話がしたいので席を外していただけますか」
お兄様は頷いて部屋を出て行った。
青年はまっすぐに私を見つめた。
「静瑠。私はお前の父、檜山夢幻斎だ。お前は私の作った人形である。」
人形?私が?
「お前の肉体はもう無い。お前の骨と皮膚と髪を使って私はお前そっくりの人形を作った。その器にお前の魂が入ったのだ。」
だから・・・この身体は動かなかったのだ!!!
食べる事も、眠る事も無いのはそのため・・・・・
「記憶を取り戻したんだね・・これだけは信じておくれ、必ず私はお前を、お前の愛する人の元へ送り届ける。
お前は永遠に老いることなく生き続けるのだから・・隼人様が身罷れた暁には、お前はお前の婚約者の元に行く事が出来るのだ・・・だから今は隼人様の傍にいてやってほしい」
慈愛に満ちた瞳がそう告げた。
彼は屍で人形を作り、高価な値で売りさばく冷血な人形師ではなかったのだ・・・
私は父を見つめた。
「彼にはお前が必要なのだ・・・」
父は私を抱きしめた。
自分が人形であることを告げられ、その事実を受け止めなければならなくなった今、心は宙を彷徨い続けた・・・・
永久の生をどう過ごせばいいのか・・・・
このような望まぬ運命に翻弄され、私は漂い続けるのか・・・・
それでもお父様、貴方は私にお兄様を許せと仰るのか・・・
人形より美しい人形師ー夢幻斎はやがて部屋を出て、代わりにお兄様が入ってきた。
彼の愛は歪んでいる。しかし私を愛している事には違いない・・・
「静瑠・・お前は、あの夜の事も覚えているのか・・・私がお前を殺した嵐の夜の事を・・・」
彼は泣いていた。血も涙も無いといわれた、冷静で、強いお兄様が・・・
人に恨まれたり、法にかかる事が一切ない、彼の最初で最後の唯一の罪・・・
妹殺し・・・平気なはずはなかった。人形の私を見る度に、良心の呵責に振え、苦しんでいたお兄様・・・
「お前を失いたくなかった・・・」
お兄様は私という檻に閉じ込められた囚人だった。
囚われの身は、私ではなくお兄様・・・・貴方を罪に堕としたのは私・・・・
望んでこうなった訳でも、意図したわけでもないけれど、だからその償いに私はお兄様の元に
こうしていなければならないのか・・・・
しかし,お兄様を憐れむ事は出来たとしても、愛する事は無理のような気がした。
総ての記憶が戻った今では・・・・・
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