手首から伸びる鎖      

 

 

     あれから一ヵ月が過ぎ、毎日繰り返される同じ事の連続に、いつしか妥協し始めていた。

何かを知ろうという努力さえ、虚しい事のように思える・・・

私が会う人物は、ハギノとトウジョウのみ・・・そして、この狭い部屋の中で一日中じっとしている。

もう生きているのか、死んでいるのかさえ判らない。うつろな日々・・・・

変わった事と言えば、今朝ハギノが私を着替えさせる時に彫金の腕輪を引っ掛けて落とした事。

金具が外れてしまい、ー修理に出さなくてはー とつぶやきつつ出て行った。

何故、私は腕輪をしているのか?

もちろんこれは、トウジョウがあの青年に渡した”シズル”のパーツではあるが、私は振袖を着ているのだ。

和装に腕輪はおかしくないだろうか?何か意味のある物なのか・・・

答えの出ない問いかけを繰り返しているうちに、ハギノは昼食を持ってきた。

毎日、この不可解な儀式は繰り返されている・・・・

食べ終わると、彼女は私に近付き姿勢を直してくれる。どんな姿勢をとっても、私は疲れることが無いというのに・・・・

彼女はソファーの肘掛に、私の身体をもたせ掛ける。いつもまっすぐに座っていては窮屈だろうという配慮が伺えた。

私の髪を整えた後、彼女は部屋を出て行った。

また一人になる・・・・

その時、肘掛に置かれた左腕の手首の傷跡が、私の心を射た。

ナイフで切った傷・・・誰が?私が?

これを隠す為に腕輪はあったのか?一体何があったというのだろうか・・・・

突然の眩暈に襲われ、様々な場面がフラッシュバックのように浮かんでは消える。

私の失われた記憶が氾濫を始めた・・・・・

 

 ー掴まれた手首・・・・・・

使用人たちの協力で、家を抜け出そうとした私は、再び部屋に連れ戻された。

嵐の夜・・・・

「何処にも行くなと言ったはずだ。なぜ判らないんだ!」

有無を言わさぬ静かな強い声が私を圧迫する・・・ 

「お兄様・・・・お願いです。雅彦様に逢わせてください」

「アイツの事は忘れろ」

「私の婚約者なのです!」

「お前がまだ子供の頃、父が決めた縁談だ。私が断った。」

「それでも・・・私はあの方を愛しています・・」

引き寄せられ、強く抱きしめらた。

「許さない。お前は私のものだ。誰にも渡さん」

光る稲妻の下、禁忌の言葉が私を引き裂いた。

「静瑠・・・愛している・・・結婚しよう」

「私達は・・・兄妹ではありませんか!」

「血は繋がっていない。」

「確かに、私はこの家に後妻に入った者の娘、お兄様とは腹違い。でも・・・」

「お前は、私の父の子ではない」

「なんですって!!」

耳を疑う言葉に凍りつく私に、とどめの一撃が降りた。

「静華様は、この家にお輿入れになる時、すでに身篭っておられたんだ・・・お前も知っているだろう

お前は一月早く生まれている・・・静華様も嫁いで一ヵ月後に判った事、しかたがなかったんだ

お前の母親に罪は無い。私の父が婚約者のいる静華様に横恋慕して、無理やり仲を引き裂いたのだから・・・・・・

そうして、今度は私が婚約者のいるお前を愛した・・・東條家の呪われた血なのだろうか・・しかし、お前だけは譲れない

どうしても」

雨の音が激しくなった・・私の耳を雨音が聾した・・・

「無理です・・・あなたはお兄様・・・私には、お兄様以外の何者でもないのです・・・」

「今から恋人として見ればいい」

狂っている・・・・この人は・・・私と雅彦様の縁談を壊し、私を部屋に閉じ込めたあの時から・・・・

単に雅彦様が気に入らないからだとばかり思っていたのに、こんなことを思っていたなんて!

「離してください!触らないで!」

自分の身体を隼人の身体から引き離した。

「畜生道に堕ちるつもりはありません」

私はテーブルにあったペーパーナイフを掴み、目の前にかざした。

「血は繋がっていないと言っているだろう?やめなさい・・そんな危ない物、持つんじゃない」

彼にはまだ余裕が見えた・・・

「兄妹として一緒に暮らしてきた私を、そんな目で見ること自体許せません」

「何故?あんなに私を慕っていたのに?」

「それはお兄様だから・・・」

男として見た事は一度も無かった。そのような思い自体汚れていると思えた。

「大丈夫・・・すぐ慣れるよ」

なんでも思い通りにしてきた高貴な家柄の御曹司は、私さえも自分の思い通りにしようとしている・・・・

「近寄らないで!私は人形じゃない」

「静瑠・・・」

狂気を映した瞳が私を捉えて離さない・・・・

もう逃げられない。私は覚悟を決める・・・ペーパーナイフを左手にあてがい、力の限り引いた

もしこれで死ねなかったら?・・・・不安が胸をかすめる・・・

「静瑠・・・」

 初めて彼の余裕が消え、怒りを顕にした。

「私がそんなに嫌いなのか?死んだ方がましだというのか?」

違う・・・違います・・・あなたは・・・お兄様なのです・・・

血は流れ続け意識がだんだん遠くなっていった・・・・

「判った・・・殺してやろう」

彼はベットに私を押し倒し、首を締め付けてきた。狂気の瞳が目の前にあった・・・

それが、稲妻の光を受けて怪しく光るのを、朦朧とした意識の中で私は見ていた・・・ー

 

そうだった・・・・私は死んでいた・・・・

では・・・この私は・・・手首の傷をきっかけに記憶の鎖が次々と伸びていく・・・

 

 ー遠のいてゆく意識の中で萩野と隼人の会話が聞こえた。

「旦那様!救急車を!」

「・・・もう遅い・・助からない・・」

「どうしてお嬢様を!」

「誰にも渡さない。何処へもやらない・・・これで・・私だけのものになった・・・」

「狂っています・・・・」

出て行こうとする萩野を隼人は引き止める

「何処へ行く?」

「警察に通報します」

「東條家がどうなってもいいのか?お前は、この家に忠誠を誓ったのではないのか?」

「では、どうなさるおつもりですの!」

「静瑠は・・・復元する。檜山夢幻斎・・・あの男なら出来る。いいか、静瑠は病状が悪化して

入院したんだ。一週間・・・・いいな萩野?」

「・・・御意・・・・」

「静瑠・・・私がおまえを蘇らせてやる、そして永遠に私と生きるのだ・・・・・・として・・」

最後は聞き取れなかった。私の意識はそこで切れた・・・・ー

 

目覚めれば・・・あの青年がいた。彼が檜山夢幻斎?

医者なのか?私は生き返った・・・全身不随の状態で?

 

        私は・・・兄に殺された・・・・・

 

 

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