奪われた靴

 

  

長い眠りから覚めた。・・・思い出せない・・・何も・・

悪い夢でも見ていたような後味の悪さ・・・私は・・・誰?

目覚めた時、美しい青年の顔が目の前にあった。

憂いをおびた妖しい瞳で、私を見つめて彼は私を”静瑠(しづる)”と呼んだ。

私は”シズル”というらしい。

「貴方は誰?」そう訊こうこうとして、声が出ないのに気づいた。

声だけではなく、手も足も動かない・・・・どういうことなのか・・・・

一日中、私はベットに横たわっていた。

そして夕方になると、青年は私の上体を起こし、髪をとかした。丁寧に丁寧に・・・・・

昔から誰かに、いつもこうしてもらっていたような気がした・・・

「もうすぐお兄様がお見えになりますよ」

青年はそう言った。・・・お兄様とは?

「今度は幸せに・・・」

青年は、そう言うとシルバーの彫金の腕輪を、私の左腕にはめた。

そして銀のリングに何かを彫った後、私の右薬指にはめた

この青年は何者か・・・・

しばらくして、やってきた”トウジョウ”と言う30前の男の横に座らされた。

 

「いかがですか?ご満足していただけましたか?」

青年が訊く。

「まるで生き写しです。驚きました」

トウジョウが私の髪をなでた。

「ご指定のパーツは装着させましたが・・・あの・・どうして履物がないのですか?」

「必要ないので、生前処分しました。静瑠は外に出ないので要らないのです」

・・・・・外に出ない?私が?どういうことなのか・・・

「しかし・・・」

「この静瑠にも必要ないでしょう?」

どうやら、私は靴を奪われたらしい。歩けないのだからしかたないけど・・・・

「右手のリングは、シリアルナンバーなので無くさないでください」

そう言いつつ、青年は書類を差し出し、トウジョウはサインをし、小切手を差し出した。

彼らは何かの契約を交わしたらしい。

「何かありましたらご連絡ください。アフターサービスもいたしております」

そう言う青年の声を背に、私は車椅子に乗せられ部屋を出た。

全身不随なのか・・・・事故にでも遭って記憶もなくし、身体の自由も無くしたのか・・・

さっき、トウジョウは生前と言った。では・・・私は死んでいる?では、この私は?

私には何も知らされぬまま、事は運んで行く・・・

自由に動けない事だけは確かだった・・・ホテルのロビーを抜けて、ドアの前に横付けされた車の後部座席に乗せられた。

「静瑠さま、お帰りなさいませ」

運転手がそう言った。トウジョウは後部座席の私の横に座った。

「まだ後遺症で記憶が戻らないんだ。」

「そうでございますか・・・お気の毒に・・・」

二人の会話を聞きつつ、自分は記憶喪失なのだと知った。

家に着くまで、トウジョウは私の手を握り続けた。

この人が兄だというのか?10ほど歳は離れている・・・・

私が家に入ると皆が喜んで迎えてくれた。皆、私のことを知っていた。

しかし・・・私には記憶がない・・・

「私の部屋」に連れて行かれ、ソファーに座らされた。

女中頭らしき初老の女と、トウジョウは私の前で話をしている。

ふたりだけで・・・私はいないもののように話している・・・

「誰もこの部屋にいれるな」

「はい旦那様。それにしても、よく出来ていますわね。本物のお嬢様では・・・と疑ってしまいますわ」

「静瑠は生きているんだ。いいな。」

「はい。」

「世話は萩野、お前だけに任せると言っておいたから、むやみにここに入るものはいないと思うが充分気をつけろ」

本物?私は・・偽者?どういうこと?

訊くことも出来ないまま、私はたたずんでいる。 

 

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