切れない縄

 

ーどうしてもお前を手放す事が出来なかった・・・・・

おそらく、私が今しようとしている事は狂気の沙汰だろう。

しかし、そうでもしなければお前を手に入れる事が出来ないのならあえて私は狂気を選ぶ。

そう・・・私は狂っているのだ・・・・

私はお前を部屋から一歩も出さず、束縛したが、お前は私に拘束されはしなかった。

最後まで・・・・・

拘束されていたのは私。

お前に、見えない、切れない縄でがんじがらめに縛られた囚人がこの私なのだ・・・ー

 

暗い、寂しい路地を東條隼人はうつむきがちに早足で歩いていた。

誰かに会いはしないかと気が気ではない。

まだ自家用車がそれほど普及していない時代、目立つ車で来ることも憚れた。

終戦の傷跡も癒えたこの東京と言う魔都に住み着く妖しの魔道士を訪ねて、隼人は歩みを進める。

檜山夢幻斎。暗黒の人形師と呼ばれるこの男を探して・・・・

戦前は遊郭だった洋館に、彼は店を構えていた。

月光館・・・・そこは彼の作業場であり、店であり、住まいでもあった。

きしむ音と共にドアを開け、隼人はその洋館に足を踏み入れた。

広いフロアーの端に置かれたソファーに、長い黒髪を後ろで束ねた美しい青年が座っていた。

寂れた娼館にその儚げな姿があまりにも似合いすぎ、隼人は息をのむ。

白いシャツの腕を肘までまくり、黒いスラックスの脚を組んでゆったりと腰掛けるその姿は

彼自身が美しい人形のようだった。

 「失礼いたします。貴方のお師匠様はどちらに?」

帽子をとり、青年の前で隼人はそう尋ねた。

「私の師は3年前に他界いたしました。」

青年は隼人を見上げた。切れ長の鋭い瞳が隼人を見据えた。

「では?・・・」

微笑みつつ、青年はゆっくり立ち上がり頭を下げた。

「私が15代目の檜山夢幻斎でございます。」

(15代目?15代も続いたというのか?しかし18才ぐらいにしか見えないこの若者が夢幻斎だと?)

「失敬。お弟子さんだとばかり思っておりました。」

「皆さん最初はそうです。何故か、夢幻斎は白髪のお爺ちゃんだというイメージを持っておられるらしい。」

隼人もそう思っていた・・・

「依頼したいのだが、その前に、商品見本を拝見できないかね」

「こちらに」

壁にかかっている鍵を取り、夢幻斎は螺旋階段を上り始めた。隼人もそれに続いた。

最上階の奥の間の扉の鍵を開ける・・・

黒いカーテンに日差しがさえぎられ、闇につつまれた部屋が現れた。

「長期保存を心がけて、直射日光を避けております」

と夢幻斎は電気のスイッチを押した。

急に明るくなった部屋には、14体の等身大の人形がガラスケースに入れられて並んでいた。

「初代から先代までの夢幻斎でございます」

今にも動き出しそうだった・・・

一番右端の人形は40代の美しい女だった。

「この女性も・・・夢幻斎?」

「先代です。私の母でもあります。そして彼女が私の第1ドール。代々夢幻斎継承の儀式が、

師の人形制作となっております。」

ー生き人形ー。影でそう呼ばれている本物そっくりの人形・・

最愛の人を亡くした人々が密かにここを訪れ、愛しい者の面影を映した人形を製作依頼していると聞き、

半信半疑でやってきたが、ここまでとは・・・・・

「死者の骨を使うときいたが・・・・」

「はい。人形の骨組みにそのまま使います。あと・・・髪、皮膚も・・」

「!それじゃあ・・・・剥製じゃあないか!!」

「そのような安易なものではございませんが・・・・似たようなものとお考えください。素材のお持込は死後5時間以内

出来るだけ損傷は少なめにお願いします」

人間の亡骸を素材にする暗黒の人形師。

隼人は自己のモラルが崩壊してゆくのを感じていた・・・・

しかし逃げられない。この甘美な夢に囚われたのだ・・・

(私の縄は・・・決して切れない・・・)

 

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