24
「親父・・・」
二次会を断り、慎吾は大急ぎで帰ってきた。
「寝室に寝かせた。かなり辛かっただろうな・・・」
ダイニングの椅子に腰掛けて、煙草をふかせつつ、三浦進はため息をつく。
「何されたんだよ」
「手首を拘束されていた。唇が切れていたから、なぐられて・・・頬の内側も切れているはずだ。」
怒りのあまり、慎吾は言葉も出ない。
「心配するな。お前が心配しているような事はなかった。間に合ったというべきか・・・間に合っていなかったら、結構危険だったがな」
煙草の火を消して、立ち上がり、寝室に向かう父に、慎吾は続く。
「正確に言えば、衣服は脱がされてはいない、飯田も衣服は着用している状態だった。ただ、馬乗りで首に手を掛けて・・・」
「絞めてたのか・・・そういう性癖があるのか・・・」
寝室では俊介が眠っている・・・・
「ホッとして気が緩んだんだ・・・」
慎吾は、俊介の血の滲んだ唇を指でなぞる・・・
「すまない。俺のせいだ。」
「お前が、あいつと関係あるのか」
「一度きりで、俺はよく覚えて無いんだが・・・」
「今日はこのまま引き取るが、俊ちゃんとの事は、日を改めて話を聞こう」
そう言って、部屋を出てゆく父親の背中を慎吾は見つめる。
「親父・・・今日は助かった・・・ありがとう」
「お前を助けるためじゃない。俊一の息子を守っただけだ・・・」
振り返ることなく、彼はそう言って出て行った。
俊介・・・・慎吾はベッドの前に屈んで、俊介の髪をかき上げる。
「慎吾さん?帰ってきたの・・・」
静かに目を開けると、俊介は慎吾の方に向き直る。
「すみません・・・護身術がダメダメですね。僕・・・」
「基本は習得しておくに越したことはないな。結構、犯罪って何処にでも転がってるな・・・」
身近でこんな事が起こるとは・・・そこまで考えて、慎吾は苦笑する。
自分も達彦に、飯田と同じような事をしていた事に気付いた。
「晩飯食って無いんだろう?寿司持って帰ってきてやったから、食えよ。起きられるか?」
はい・・・俊介は起き上がり、ベッドから降りる。
「すみません・・・仕事の邪魔しましたね。」
「気にするな。親父が家にいてくれてよかった。仕事中なら、こういう事は頼めないところなんだが・・・」
2人はダイニングに入る
「お茶入れてやるから、まってろ」
慎吾は湯を沸かす
「でも、おじ様にバレちゃいましたよ・・・同居の件・・・」
「いい。どうせ、いつかはバレるんだから・・・でも、今回は、お前がここにいたお陰で助かったんだからな。」
そういいつつ、ダイニングの椅子に座っている俊介に、慎吾は湯飲みを差し出す。
「大丈夫ですよ、任してください。僕がちゃんと説明しますから。もし、将来 慎吾さんが結婚する時には身を引きますから」
笑って俊介は割り箸を割って、寿司を食べ始める。
「え?今なんて言った?お前、俺を捨てる気か?」
「いいえ・・・でも、、官僚になるのに、奥方無しじゃダメでしょう?」
「結婚、しようたって出来ないから・・・俺。親父もそれ、知ってるし。」
「カムフラージュでも?」
「そんなのイタ過ぎるだろ・・・・偽の結婚生活に何の意味があるんだ・・・・」
簡単に身を引くと言い出す俊介にも呆れる。
「お前、二度と別れるなんて言うなよ。冗談でも。」
はい・・・・・
俯いて、俊介は複雑な気分になる。
嬉しい気持ち半分、慎吾の重荷にはならないか・・・心配半分・・・
「一生、くっついていていいんですか?」
「くっついてろ。」
「とにかく・・・さっさと認めてもらって、公認の仲になりましょうね。」
それが気が楽ではあるが・・・・
あんな事の後で、俊介はわりと平気そうなのが救いだった。
「明日、出勤できるか?なんなら休めよ?」
「大丈夫です」
おそらく、飯田は、もう現場には現れないだろう。
「親父、どうするのかな・・・飯田の事。町田署にはもういない事だけは確実だな」
辞職に追い込むか・・・・左遷するか・・・
「辞職・・・とか・・・」
こんな目にあっても、俊介は飯田を心配している。
「不法侵入と暴行の現行犯だからな・・・お前が許しても、こういう警察官を見逃すのはどうかと思うぞ。」
退職にならないだけまし・・・ということか・・・
「そりゃあ・・・俺も他人の事いえないけどな。似たような事、達彦にしたし・・・」
無言で俊介は、後片付けを始める。
「これで済んだから、そんな事がいえるんだぞ?一足遅れてたら・・・」
「どんな形でも、飯田が本当に愛せる誰かと出会えたらいいなと思います」
湯飲みを洗い、手を拭きながら、俊介は振り返る。
人が良すぎて、俊介が心配になる慎吾・・・・
「お前の、そう言う気持ちは親父に伝えておく。結果は責任もたねえけどな」
「はい」
やっと笑顔を見せた俊介に、慎吾はバスタオルを渡す。
「判ったら、風呂に入って寝ろ」
浴室に俊介を追い立てて、慎吾も就寝準備を始める。
自分でも反省しているとはいえ、達彦との事は、達彦にも鬼頭優希にも許されていると実感する。
いざ、自分がそんな場面に出くわしたときに、相手を許せるかどうか・・・
慎吾自身、まだ、飯田に対して完全に許すところまでは行かない。
達彦は、そんな自分に最愛が現れた事を祝福してくれたのだ・・・
達彦も、俊介も強いのだろう・・慎吾はそう思う。
「お先でした、次どうぞ・・・」
浴室から俊介が出てくる
「もう先に休んでろ」
そう言って、慎吾は俊介を寝室に送る。
今日のうちに、父に先ほどの俊介との会話の旨を伝えておこうと、電話の受話器をとろうとした時、ベルが鳴った。
ー慎吾か?俊ちゃんはどうだ?ー
父、三浦進からだった。
「寿司食って、今、寝室に行った。案外平気そうだけど・・・どうかな。で、今、親父に電話するところだったんだけど・・・」
ー何か?−
「飯田の処分なあ・・・・俊介が結構気にしてて・・・」
ーだろうな・・・そんな気がした。でも、移動はさせるぞ。−
まあなあ・・・・・それは慎吾も同感だ。
ー田舎の派出所で、定年退職した巡査がいてな、後任を探していたんだ。そこの所長は新人の頃、俺の後輩だった奴だから面倒見させるつもりだ。−
「左遷か・・・」
ー書類上、栄転。承諾したら褒美に巡査部長に格上げという条件なんだー
だからって、そんなところ誰も行かないだろ・・・・慎吾はため息をつく。
ーだから、ちょうど飯田を送ろうとしてるんだろ?−
渡りに船か・・・・父親が少し恐ろしくなる。
ー飯田は行くしかないしなあ・・・どうせ。そちらには抜擢されて移動、という事にしておけよ?−
「ああ」
辞令は慎吾のところに届くはずだ。
ーなんにしろ、今回はお前が一緒で助かった。が、話はきっちりつけるからな。じやあ、俊ちゃんの傍にいてやれー
そういって電話は切れた。
(俺も左遷か?)
苦笑しつつも慎吾は浴室に向かった。
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