東風(あゆのかぜ)

                                  

 

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次の日には、すっかり元通りの俊介が出勤していた。

「警部補、喧嘩したんですか?」

課長がふざけて訊いてくる。

「転んじゃって・・・ほんと運動オンチですよね・・・」

そのヘタな言い訳が妙にリアルだった・・・

「大丈夫、キャリアなんだから。身体動かすのは今だけ、後は座って口だけ動かしてりゃいいんだから〜」

はあ・・・・・・

(頼りないやつが将来、自分より出世すると思うと許せないんだろうな・・・・)

俊介は苦笑する。

その点、慎吾は”さすがはサラブレット”で済む得なキャラクターだ。

しかし、俊介は知っている。そうなるために、慎吾はどれだけ人間関係に気を使っているか・・・

舐められないように努力しているか・・・

「そういえば、飯田・・・署長に呼ばれて朝一で行ったけど?」

今朝、慎吾から聞いた、栄転と言う名の左遷だと。

もう、ここには来ない・・・・・

「警部補?三浦署長から何か聞いてる?」

「いいえ」

「同居してるんだから、なにか得た情報でもないのか?」

「署長はそんなに口、軽くないですから・・・」

ふうん・・・・

「そこのマンションに、副総監とか来られるの?おやじさんだし?」

どきっ・・・・昨夜来たばかりだ。

「いいえ、署長の方が、ご自宅に時々行っておられるようですが・・・・」

「俺らは一生、副総監のお顔さえ拝むような事は無いんだろうな・・・・」

はあ・・・・俊介は言葉も無い・・・・

その、副総監殿に幼い頃、抱っこに肩車してもらっていた自分である。

俊ちゃん、おじ様の仲である・・・・

「あ、張り込み行ってきます・・・」

申し訳ないような、いたたまれなさで俊介は、相棒の白石をつれて部屋を出た。

「課長、最近、稲葉に当り散らしてないか?」

真面目でおとなしいタイプの先輩、白石守。慎吾的、安全パイ。

なので、俊介の相棒になったのだ。

「僕にも、問題があるんですきっと。」

「つーか、堂々としてろよ?おとなしいと八つ当たりの対象になるぞ?俺なんかは案外、目立たないからスルーされてるけどな」

彼は、保護色白石というあだ名を持っていた・・・

もともと目立たないのではなく、打たれまいと出ない杭に徹している男・・・

争いを好まず、騒動にも首を突っ込もうとしない。

人の悪口も陰口も言わない。俊介にとっては、一緒にいて負担の無いタイプだ。

慎吾はその辺を心得ている。

「まあ、少しの辛抱だから。そのうち、お前も警視になって配置換えになるんだろうし。人間関係の修行と思って頑張れ」

はい・・・

そう微笑んで、白石の車の乗り込む。

 

 

「飯田、辞令だ。」

慎吾は飯田に封筒を渡す。

「左遷ですか・・・」

クビにならなかっただけでもよしとしよう。

「というより、田舎でのんびりと、お前のゆがんだ人間観を矯正してみろとの副総監のお達しだ。」

「すみませんでした」

「お前をなじる気は無い。あと、忘れるな、俊介もお前の辞職を望まなかったから、俺が親父に進言したんだ」

飯田は苦笑する。

負けたと思った。何処までも善良な俊介に、魅かれながらも嫌悪していた・・・

憎んだり、恨んだり・・・そんなマイナスの感情を引き出したかったのに・・・最後まで俊介は寛容で、飯田を憐れんでいた。

「言いたいことは?」

「稲葉警部補に、俺が間違っていたと、お伝えください」

そういい残して、飯田はデスクの整理の為に刑課に戻って行った・・・

 

 夜、レストランで外食をしながら、俊介は飯田の伝言を慎吾から聞かされた。

「彼は、人間の堕落性を見つめていたから、警察官になったんだと思います。正論でしたよ。ただ、正論が必ず

人を救うとは限らない」

夜景の美しい窓を背景に、俊介がそうつぶやく。

「今回の事で僕も、色々考えました。でも結論は、間違っていても罪でも、僕は慎吾さんが好きなんだという事です」

俊介・・・・・慎吾は彼を見つめる

「罪さえ背負って、生きる覚悟ができましたから」

「俺は・・・お前を愛している事を、罪とも恥とも思わないけどな・・・むしろ誇りたいくらいだ」

はははは・・・・俊介は笑う

「だから、今日は夕食おごりなんですか?」

「今日くらいはメシ作るの休め。それに、外でデートするのもいいだろ」

慎吾とデートするのは初めてだった。

「そうですね、雰囲気があっていいですね」

「このまま、ホテルで泊まっていってもいいけど?」

「明日仕事でしょ」

あっけなく否定されて苦笑する慎吾・・・

 「また今度・・・」

気を使って、好みで無い洋食につきあってくれた慎吾には感謝している。

もし、一人暮らしであんな事があったら、立ち直るのに、かなり時間がかかったかもしれない。

「慎吾さんがいてくれてよかった」

今まで一人で何事もこなしてきた俊介は、そうしみじみと感じる。

「ずっといてやるから。そのうちウザくなるかもよ?」

「それは慎吾さんのほうでしょ?」

一人を満喫していたのは、慎吾のほう。

「今は、お前の世話焼くのが生き甲斐なんだ」

そうやって、誰かとかかわらずにはいられないのが人間なのかも知れない。

「メシ作ってもらってるから、お互い様だけどな」

 嵐の後の静けさ・・・そんなひと時。

「あ、これからも変な同僚がいたら俺に言えよ?」

ええ・・・

そう滅多には、飯田のような同僚はいないと思うが・・・・

「まあ、なんと言うか、慎吾さんて、結構有名人なんですね。そちら系の人に」

「飯田は偶然で・・・」

「後から色々出てくるんじゃないですか?過去の所業が」

笑顔でそんな事を言う俊介が恐ろしい。

「俊介〜〜〜」

「大丈夫ですよ、信じてますから」

何よりも、その一言が恐ろしいと、慎吾は思った。

 

 

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