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次の日、慎吾は個人データーの記入漏れと理由をつけて、飯田秀彰を呼び出し、昼食に誘った。

「車でこんな遠くのファミレスに来るなんて、警戒してますね・・・」

オーダーを済ませると、飯田はそう言って笑った。

「と言うか・・・お前の事、思い出せないんだが」

はあ・・・・

長めにシャギーを入れたサラサラの黒髪が揺れた。

「まさか、俺ほどの美形、記憶にないなんて・・」

(自分で言うか?馬鹿・・・)

慎吾はため息をつく。

「俺の気を引こうと、知らん振りしてるんでしょう?」

まさか・・・

「すまないが、どこで会ったか教えてくれないか?」

はははは・・・・・

最後の負け惜しみに、笑い出す飯田・・・

「なんとなく、見当ついてるんでしょ?そんな事、署長室で訊いてもいいし、刑事課の事務所でも訊ける。

わざわざこんなところまで来たのは誰にも知られたくなかったからだ。」

万が一のことがある・・・その万が一の可能性が大きいからだ。

「それは、お互い様じゃないのか?」

「まあね・・・」

料理が運ばれてきて、ウエイトレスが去ると、飯田は身を乗り出した。

「貴方とは、他人じゃない」

ああ・・・そうか。慎吾は覚悟を決める。

日ごろの不摂生が災いした・・・しかし、それが判っても、覚えていない・・・

「お前から声かけたのか?」

「貴方は自分から声かけた事なんてないじゃない。ずっと見てた。週末ごとに貴方の後ろに座って・・・・

いつも違う相手だから、恋人はいないんだろうと思ったけど、貴方の好みが俺のタイプとはかけ離れていたから、

ただ見守っていた。」

「よく知ってるじゃないか」

「稲葉俊介・・・彼、貴方のストライクゾーンど真ん中だね。貴方はああいう、可愛いタイプが好きなんだ。

清純だけど、閨じゃ淫乱・・・」

咳払いを一つ、慎吾はナイフとフォークを取る。

「それで何で、俺はお前と?」

「さあ・・・ひどく落ち込んでいて、かなり飲んでいたから何かあったのか、と訊いて、だめもとで、

一晩付き合うよって言ったら、貴方は俺の手掴んで、そのままホテルに・・」

何だそれは・・・作り話かと思うほど安っぽいではないか・・・

「失恋した・・そうでしょ?達彦、貴方はそう呼んでいた。」

「ああ・・・アノ事件の後、町田署に来る前・・・・かなりやけになっていた。」

「思い出した?」

「いや・・・」

大きなため息をつく飯田。

「貴方はいつもそうなの?それとも俺にだけ?」

一々覚えていないのは当然だが、これほど覚えていないのは珍しい・・・

「ナンパの男はヤリ捨てって事?超鬼畜じゃん」

いや・・・それがナンパというもの・・・

「そんな貴方が、今は一人だけで我慢してるんだ?まあ、稲葉さんは、ハッテン場にいるようなエセ清純派の

足元にも及ばないからね・・・」

セットメニューを無言で食す三浦警視・・・・

「あんなにスレてない人は初めて見たよ。ありゃあ、処女だったろ?それに、多分、前のほうも・・・」

「下品な事言うなよ、飯がまずくなる」

「上手く手懐けたよな。」

「何が言いたい?」

だんだんイライラしてきた慎吾が声を荒げた。

「稲葉俊介、俺によこせよ」

はあ?

「結構惚れてたのに、貴方の手つきとはむかつくけど。今からでも遅くない、俺にくれ」

「何言ってるんだ?俊介をどうする気だ?」

「あ、知らなかった?俺リバだから。貴方には抱かれたかったけど、稲葉俊介は抱きたい」

気分が悪くなる。馬鹿馬鹿しくて反吐がでる・・・

「バラすよ?俺との事?俊ちゃんに知られたら嫌われるよ?お父さんが副総監なんだって?

息子のこんなスキャンダルまずいんじゃないの?」

馬鹿か・・・こいつ・・・

脅す相手を間違っている。父が副総監なのを知りつつ、脅すとはどうかしている。たかが巡査の分際で・・

そんな事をしたら、踏み潰されて終わりなのが判らないのだろうか・・・

「話にならん。俊介にちょっかい出してみろ?署長として制裁を加えるぞ?来月から俺は、お前の上司なんだからな。」

上司も上司・・・勤務先の大親分・・・・

「気に入らない・・・俺を拒み続けた貴方が、今度は俺の好きな奴奪っていくとは・・・」

(誰が奪ったっていうんだ?お前が勝手に俺と俊介の間に割り込んできたんじゃないか・・・)

あきれて何もいえない。

 「俊介には、今夜、お前の事を話す。隠す気もない。世間にバラされたところで、俺のしたことは犯罪ではない。

キリスト教圏ならわからんが日本は同性愛者を罰する法はない。それに、俺はナンパすらしていない。

向こうから付き合ってくれと、頼まれたから付き合ったまでだ」

今度は飯田が呆れる

「ふてぶてしい奴だね・・・」

「警察官も人間だ。自由恋愛をとやかく言われる筋合いはないし、お前なんかに脅される筋合いもない。

俊介に危害を加えたら、左遷してやるから覚悟しろ。以上だ」

言いたい事をすべて言うと、慎吾は立ち上がった。

飯田もため息をつくと、立ち上がり慎吾に続く。

 

 

刑事課の事務所に帰るなり、飯田は課長から、稲葉とのコンビ解消を言い渡された。

彼は金本と組む事になり、金本と組んでいた白石が俊介の相棒になった。

(なんだ?lこれは・・・見せしめか?)

確かに、正々堂々とは、ほど遠いキャラクターではあったが、こうも極端とは・・・

左遷もはったりではないだろう・・・

 

「と言う事で、飯田は達彦との事でヤケになってた時の一夜の相手だった・・・」

マンションに帰り、夕食後、慎吾は俊介に今日のことを白状する。

「記憶にないなんて、あんまりですね・・・」

俊介は妬くというより、呆れていた。

「あいつは、とりわけアウトオブ・眼中だったからさ」

にしても・・・・

「それに俺、一夜限りの相手に名前なんか教えないし、相手の名前も訊きもしないから。」

過去をせめても仕方ない・・・そう思おうとした。

「それにあいつ、リバで、俺に俊介をよこせと言ってきた。とにかく気をつけろよ」

そこまでとは・・・俊介は飯田秀彰に失望した。

話だけ聞いても、人間扱いされていない事に嫌気が指す。

「ああ・・・結局、俺のせいでお前に迷惑かけてるんだよな・・・」

「今の慎吾さんは違うって、信じていますから」

「俺は自業自得だけど、お前は、とばっちりだからな・・・」

飯田の第一印象は的中した。

大学生がまさか、警察官になって現れるとは思わなかった。しかし、少し考えれば、ありえない事ではなかった・・・

しかも、数ある警察署の、よりによって、町田署とは・・・
 

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