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俊介が資料室で、今追跡中の容疑者の前科を調べていると、飯田がやって来た。

「残業ですか?お手伝いしますよ」

「いいよ、帰ったら?一人でするから。」

「俺の事、聞きました?」

ああ・・・俊介は彼を振り返ることなく頷いた。

「三浦警視の何処が、そんなにいいんですか?」

「君には関係ない事だよ」

「俺は部外者なんですか・・・でも気になりませんか?自分の恋人と寝た男が・・・」

「ここは職場だ、個人的は話は控えてくれないか?」

「周りには知られたくないんだ・・・」

はあ・・・・もう調査は諦めて、俊介は手にしていた資料を棚に戻すと、ドアに向かった。

「稲葉先輩・・・」

腕を掴まれた。不快さを隠し切れないまま、俊介は顔を背ける。

「どうして、そうつれないんですか?三浦警視には、あんなに懐いてるのに?」

ドアの横の壁に追い詰められ、顎を掴まれて飯田のほうを向かされた。。

「目の色変えて、シッポ振って・・・犬ころみたいに。あれじゃ判る人には判りますよ?」

吐き気がした・・・明らかに悪意の塊だった・・・

「いいえ・・・貴方は犬なんかじゃない。ネコですよねえ?帰ると毎晩じゃれてるんですか?」

これが飯田秀彰の本性なのだろうか・・・その美貌が、醜悪さに拍車をかけていた。

「彼、上手いでしょ?」

「君は、三浦警視の事を、そういう見方しか出来ないの?」

「他に何かあります?」

話にもならない。

「離してください」

「俺の事、見下してませんか?」

「見下されるような言動してるからだよ。もう少し人を、人扱いしたほうがいい。君は警察官なんだから。」

飯田は、こういう善人づらに嫌気がさした。

「自分の事、汚れてないって思ってます?正義振りかざすの、辞めてくださいよ」

「僕の事は、なんと言おうが構わない。でも、三浦警視をそんな風に言うのは辞めて欲しいんだ。」

俊介のそんな冷静さが鼻につく・・・

 「それに、いきなり なれなれしいのはどういう事?」

駐車場で慎吾に会ったあのときから、飯田は態度を変えた。

「だって、同類項でしょ?兄弟みたいなもんでしょう?」

(何が兄弟だ・・・)

久しぶりに俊介は怒っていた。

「君と同じにされたくないよ」

「だから、どうして・・・・三浦警視は良くて、俺はダメなんですか?」

「一体、何がしたいんだ・・・・」

さっぱり判らない。慎吾に付きまとっていたらしい彼は、俊介から慎吾を取り上げようとしていると思っていた・・・

なのに・・・

 「稲葉先輩、貴方が欲しいんです」

どうして?

訳がサッパリわからない。

「三浦警視が好きだったんじゃ無いのか?」

「好きですよ?今でも」

はあ?

「アノ人には、抱かれたい・・・でも、抱きたいのは、稲葉先輩だから・・・」

思考回路が停止した・・・

「別かれてくれなんていいません。俺とも付き合ってください」

何を言っているんだ・・・言葉が出ない

「俺もまあまあ、上手いですよ?いろんな人と試してみないと人生ソンでしょ?先輩、素質あるみたいだし」

掴まれた顎を持ち上げられて、身動きできない俊介に飯田の顔が近づいてくる・・・

「おい!」

慎吾の声がして、飯田はいきなり後ろから髪を掴まれた。

鞭打ちのように、がくっと頭が跳ね上がる。

「こんなところで何してるんだ?」

資料室で残業していると、俊介から携帯にメールが来たので迎えにきたら、このザマだった・・・

「髪痛むから、ひっぱらないでくださいよ・・・」

(そういう問題か?)

慎吾は呆れる。

「職場でセクハラはやめろ」

「オフの時にハッテン場でナンパするのはよくて、ですか?」

「稲葉、帰るぞ」

慎吾と俊介は資料室を出て行った。

(無視か!?)

飯田は一人残された・・・・・・・・

 

 

 

帰って、ずっと無言の俊介を慎吾は見守っている。

夕食に準備、セッティング、食事、後片付け、沐浴まで始終無言だった。

「すまない、俺のせいで不愉快な思いをしたな・・・」

ベッドに腰掛けている俊介に、風呂上りの慎吾は歩み寄る。

「いいえ、僕こそ・・・慎吾さんに八つ当たりみたいになっちゃって・・・すみません。なんとなく気が晴れなくて。」

「何か言われたのか・・・なんて、訊かなくてもだいたい見当はつく。あいつエグい奴だから。」

「理解不可能なんです・・・日本語の会話なのに・・・」

「俺も、あいつと同類だ」

違う・・・・根本的に違う・・・・そう思いたい。

「今夜はソファーで寝るから・・・」

立ち去ろうとする慎吾を俊介は引き止める。

「いてくださいよ。傍に。」

「でも・・・」

「やましいですか?飯田の言い分、認めますか?こんな事で揺らいだりしないでください」

「お前はどうなんだ・・・」

ー先輩、素質あるみたいだしー

飯田の言葉が頭から離れない。

「違うんだって、確信させてくださいよ。信じさせて・・・」

慎吾の背に腕をまわして抱きしめる。

「自分より大事だと思えたのは、お前だけだった。愛している実感を感じたのもお前だけだった。だから、

お前が望まない事はしたくない」

「僕は、こんな時でさえ、貴方が欲しい。身体が心についていかない・・・それは、飯田と同じなんですか・・・」

ふっ・・・慎吾は笑う

「欲しがってくれて嬉しい。愛されてる実感が湧く」

 互いを大切に思える、これが飯田との大きな違いなのだろうか・・・・

多分こんな時だからこそ、確かめたいのだ。

「誰もがうっかり、飯田のような間違いをする。でもどこかで、本物か偽りなのか、判っているんだ」

 しかし、飯田が俊介に急接近を始めたのは見過ごせない。

「職場だろうが何処だろうが、構わず口説くあたりが脅威かもな。あいつ・・・今日はマジ、やばかったぞ」

「すみません。二人っきりは避けるようにします」

「お前が二股かけたとか、変な噂が立つ前に何とかしないとな・・・俺は身から出たサビだけど、お前は違うから」

俊介を抱き上げてベッドに寝かせる。

「それに、お前は誰にも渡さないから。今日は超ムカついたな。一足遅れてたらと思うと・・・」

「すみません・・僕が迂闊でした」

 髪を撫でられていると、だんだん、どうでもよくなってくる。

人の言う事など、どうでもいい。

「もう、どうでもよくなりました・・・慎吾さんが好き、それでいいんだ。間違っていても、汚れてても。僕はただ、

貴方が好きなだけなんです」

今まで誰からも、そんな事を言われた事がなかった慎吾は、声も出ないくらい感動していた。

「ちゃんと、受け入れてもらえたし、だから何も・・・」

飯田は、焦っている・・・・慎吾はそう感じる。

俊介をなじりながら、自分が、彼のような真実を掴めない焦りをぶつけて気を紛らわせている。

「お前に逢えてよかった」

慎吾は愛しいものを抱きしめる。

俊介がいなければ慎吾もまた、飯田のように彷徨っていただろう。

だから・・・・

俊介は道標なのだ。

 

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