22
俊介が資料室で、今追跡中の容疑者の前科を調べていると、飯田がやって来た。
「残業ですか?お手伝いしますよ」
「いいよ、帰ったら?一人でするから。」
「俺の事、聞きました?」
ああ・・・俊介は彼を振り返ることなく頷いた。
「三浦警視の何処が、そんなにいいんですか?」
「君には関係ない事だよ」
「俺は部外者なんですか・・・でも気になりませんか?自分の恋人と寝た男が・・・」
「ここは職場だ、個人的は話は控えてくれないか?」
「周りには知られたくないんだ・・・」
はあ・・・・もう調査は諦めて、俊介は手にしていた資料を棚に戻すと、ドアに向かった。
「稲葉先輩・・・」
腕を掴まれた。不快さを隠し切れないまま、俊介は顔を背ける。
「どうして、そうつれないんですか?三浦警視には、あんなに懐いてるのに?」
ドアの横の壁に追い詰められ、顎を掴まれて飯田のほうを向かされた。。
「目の色変えて、シッポ振って・・・犬ころみたいに。あれじゃ判る人には判りますよ?」
吐き気がした・・・明らかに悪意の塊だった・・・
「いいえ・・・貴方は犬なんかじゃない。ネコですよねえ?帰ると毎晩じゃれてるんですか?」
これが飯田秀彰の本性なのだろうか・・・その美貌が、醜悪さに拍車をかけていた。
「彼、上手いでしょ?」
「君は、三浦警視の事を、そういう見方しか出来ないの?」
「他に何かあります?」
話にもならない。
「離してください」
「俺の事、見下してませんか?」
「見下されるような言動してるからだよ。もう少し人を、人扱いしたほうがいい。君は警察官なんだから。」
飯田は、こういう善人づらに嫌気がさした。
「自分の事、汚れてないって思ってます?正義振りかざすの、辞めてくださいよ」
「僕の事は、なんと言おうが構わない。でも、三浦警視をそんな風に言うのは辞めて欲しいんだ。」
俊介のそんな冷静さが鼻につく・・・
「それに、いきなり なれなれしいのはどういう事?」
駐車場で慎吾に会ったあのときから、飯田は態度を変えた。
「だって、同類項でしょ?兄弟みたいなもんでしょう?」
(何が兄弟だ・・・)
久しぶりに俊介は怒っていた。
「君と同じにされたくないよ」
「だから、どうして・・・・三浦警視は良くて、俺はダメなんですか?」
「一体、何がしたいんだ・・・・」
さっぱり判らない。慎吾に付きまとっていたらしい彼は、俊介から慎吾を取り上げようとしていると思っていた・・・
なのに・・・
「稲葉先輩、貴方が欲しいんです」
どうして?
訳がサッパリわからない。
「三浦警視が好きだったんじゃ無いのか?」
「好きですよ?今でも」
はあ?
「アノ人には、抱かれたい・・・でも、抱きたいのは、稲葉先輩だから・・・」
思考回路が停止した・・・
「別かれてくれなんていいません。俺とも付き合ってください」
何を言っているんだ・・・言葉が出ない
「俺もまあまあ、上手いですよ?いろんな人と試してみないと人生ソンでしょ?先輩、素質あるみたいだし」
掴まれた顎を持ち上げられて、身動きできない俊介に飯田の顔が近づいてくる・・・
「おい!」
慎吾の声がして、飯田はいきなり後ろから髪を掴まれた。
鞭打ちのように、がくっと頭が跳ね上がる。
「こんなところで何してるんだ?」
資料室で残業していると、俊介から携帯にメールが来たので迎えにきたら、このザマだった・・・
「髪痛むから、ひっぱらないでくださいよ・・・」
(そういう問題か?)
慎吾は呆れる。
「職場でセクハラはやめろ」
「オフの時にハッテン場でナンパするのはよくて、ですか?」
「稲葉、帰るぞ」
慎吾と俊介は資料室を出て行った。
(無視か!?)
飯田は一人残された・・・・・・・・
帰って、ずっと無言の俊介を慎吾は見守っている。
夕食に準備、セッティング、食事、後片付け、沐浴まで始終無言だった。
「すまない、俺のせいで不愉快な思いをしたな・・・」
ベッドに腰掛けている俊介に、風呂上りの慎吾は歩み寄る。
「いいえ、僕こそ・・・慎吾さんに八つ当たりみたいになっちゃって・・・すみません。なんとなく気が晴れなくて。」
「何か言われたのか・・・なんて、訊かなくてもだいたい見当はつく。あいつエグい奴だから。」
「理解不可能なんです・・・日本語の会話なのに・・・」
「俺も、あいつと同類だ」
違う・・・・根本的に違う・・・・そう思いたい。
「今夜はソファーで寝るから・・・」
立ち去ろうとする慎吾を俊介は引き止める。
「いてくださいよ。傍に。」
「でも・・・」
「やましいですか?飯田の言い分、認めますか?こんな事で揺らいだりしないでください」
「お前はどうなんだ・・・」
ー先輩、素質あるみたいだしー
飯田の言葉が頭から離れない。
「違うんだって、確信させてくださいよ。信じさせて・・・」
慎吾の背に腕をまわして抱きしめる。
「自分より大事だと思えたのは、お前だけだった。愛している実感を感じたのもお前だけだった。だから、
お前が望まない事はしたくない」
「僕は、こんな時でさえ、貴方が欲しい。身体が心についていかない・・・それは、飯田と同じなんですか・・・」
ふっ・・・慎吾は笑う
「欲しがってくれて嬉しい。愛されてる実感が湧く」
互いを大切に思える、これが飯田との大きな違いなのだろうか・・・・
多分こんな時だからこそ、確かめたいのだ。
「誰もがうっかり、飯田のような間違いをする。でもどこかで、本物か偽りなのか、判っているんだ」
しかし、飯田が俊介に急接近を始めたのは見過ごせない。
「職場だろうが何処だろうが、構わず口説くあたりが脅威かもな。あいつ・・・今日はマジ、やばかったぞ」
「すみません。二人っきりは避けるようにします」
「お前が二股かけたとか、変な噂が立つ前に何とかしないとな・・・俺は身から出たサビだけど、お前は違うから」
俊介を抱き上げてベッドに寝かせる。
「それに、お前は誰にも渡さないから。今日は超ムカついたな。一足遅れてたらと思うと・・・」
「すみません・・僕が迂闊でした」
髪を撫でられていると、だんだん、どうでもよくなってくる。
人の言う事など、どうでもいい。
「もう、どうでもよくなりました・・・慎吾さんが好き、それでいいんだ。間違っていても、汚れてても。僕はただ、
貴方が好きなだけなんです」
今まで誰からも、そんな事を言われた事がなかった慎吾は、声も出ないくらい感動していた。
「ちゃんと、受け入れてもらえたし、だから何も・・・」
飯田は、焦っている・・・・慎吾はそう感じる。
俊介をなじりながら、自分が、彼のような真実を掴めない焦りをぶつけて気を紛らわせている。
「お前に逢えてよかった」
慎吾は愛しいものを抱きしめる。
俊介がいなければ慎吾もまた、飯田のように彷徨っていただろう。
だから・・・・
俊介は道標なのだ。
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