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俊介は6時ごり目覚めた。幸い、二日酔いは無いようだ。
「ここはどこだろう?」
記憶が無いのは恐ろしい事だった。
(服、脱いでるし・・・・)
大学生のとき、コンパで酔っ払って、隣にいた男子学生にキスしようとして、周りに取り押さえられた。
その事を次の日聞かされて、自分は酔っ払ってはいけないと気をつけていたのに・・・
(なんかしでかしたかな・・・・)
とりあえず、ハンガーにかかっている自分の服を着始める。
女性職員はいないので、女性にセクハラは無いが・・・
(僕の隣、課長だったけど・・・と言うか・・・ここどこ?)
寝室には誰も見当たらない。昨日の服装に戻ると、俊介はドアを開けて寝室を出る。
自分のマンションと同じ間取りである。
え・・・・
リビングのソファーで眠る慎吾を発見して、固まる。
(先輩?)
つれて帰ってもらったのは、明白だ。恐らく、鍵を探せなくて、ここに運ばれたのだろう。
財布のカードポケットから俊介は鍵を取り出す。
(見つけにくいよなあ・・・)
とりあえず、着替えるためにいったん、自分の部屋に帰った。
自分の部屋で、シャワーして着替えると、再び慎吾の部屋に向かう。
チャイムを押して、出てきた慎吾は、出勤準備を済ませていた。
「いきなり姿を消したからびっくりしたぞ」
「すみません・・・まだ休んでおられたので・・とりあえず、シャワーして、着替えてきました。」
しょんぼりしている俊介を慎吾はダイニングに招き、朝食のトーストをすすめる。
「まあ、次の日、仕事に響かないのなら、何もいわないが。少しは断れよ?」
「すみません・・・」
「二日酔いは?」
「無いです・・・」
ふうん・・・と慎吾はコーヒーを俊介に渡す。
「ご迷惑おかけしました・・・」
「いいから食えよ。手抜きですまないが」
いいえ・・・苦笑して、俊介はトーストを手にとる。
「酔っ払いを連れて帰ったのは初めてだ。俺のベッドに誰かを寝かせたのも初めてだけどな・・・」
ああ・・・穴があったら入りたい気がした。
「すみません・・・あの・・それで・・・僕、何かしませんでしたか?」
どう言うべきか困った慎吾は沈黙した。どこまで覚えているのか・・・
「・・・しましたね・・・」
天然でも、カンは鋭い。表情で真相を見破る技は超一流だ。
「気にするな。俺、気にしてないから。初めてって訳でも無し、ぶつかっただけだから」
ああ・・・・もう気絶寸前の俊介・・・
「先輩にしたんですね?」
「俺んちだから、目撃者はいないし、言わないから。落ち込むな」
「落ち込みますよ・・・記憶無いんですから」
え?記憶が無い?
「記憶無いのに、自分が何したかわかるのか?あ、もしや、前科有りとか?」
「未遂でしたけどね・・・だから気をつけるよう言われてたし、気をつけていたんですよ・・・なのに・・」
「相手、俺で悪かった。ショックだろ?つーか、あれは無効にしよう。」
「色々ご迷惑をおかけしました・・・・」
それから俊介は、すっかり落ち込んでしまった。
断じて何も無かった事にすべきだったと、慎吾は後悔した。
職場でも、俊介は一日元気が無かった。
「おい!いい加減にしろ!」
退勤途中の車の中で、慎吾はとうとうキレてしまった。
「すみません」
「しつこいぞ。お前。」
「すみません。」
「俺の立場もあるから、あからさまに落ち込むな。」
それはそうですね・・・俊介は頷く。決して慎吾とキスした事が嫌で、落ち込んでいるわけではない。
が・・・慎吾にはそう見えるらしい。
「ファーストキスが酔っぱらってで、記憶も無いなんて何か・・・アレなんで・・・」
え?初めてだって?
慎吾は首をかしげる。とても初めてとは思えないが・・・
「この歳で、まだだからって、ヘンに思わないでくださいよ」
いや、歳の事じゃない・・・・・
心で突っ込みつつ、信号待ちで車を停める。
「勘違いするな。お前が何が未経験でも、なんとも思ってないよ。ただ・・・」
あの時、悪い霊でも、とり憑いていたんだろうか・・・信号が変り、再び走り出す車。
(ただ・・・って・・それなんですか?)
かなり不安になる俊介だった。
「俺達は色々な事件に遭遇するよな。それに比べりゃ、こんなことは本当になんでもないことなんだ。こんな事に気を使っていては
警察官はやっていられないぞ」
自分が何を言っているんだか、だんだん判らなくなってくる慎吾・・・
「そうですよね・・」
しかし、俊介は何故か、納得している。
「まあ、夢を壊して悪かったけど、忘れろ」
いっそ、どうでもいい相手なら、スルーできたかもしれない。
(先輩と事故で、こんな風にはなりたくなかった・・・)
相手の中には、意味の無い行為として忘れ去られる・・・
それが悲しい。
(多分、僕は一生忘れられないのに・・・)
「お前、毎日晩酌しろ。」
え?どうして・・・俊介は慎吾を見つめる。
「酔わない程度に、毎日飲んで、アルコールに強くなれ。警察官があれでは、かなりヤバイからな。つきあってやるから」
「はい・・・」
「それと、自分の限界を把握しろ。そうすれば、失敗は無いだろう」
マンションの駐車場に車を停めて、慎吾はドアを開ける。
(それに、あんな事、他の誰かにするかと思うと、かなり心配だし)
車から降りる俊介を見つめて、慎吾はそう思う。
(ガテン系のごつい男ならまだしも、華奢で、可愛い系の俊介にキスされたら、そういう趣味な奴なら絶対ぱっくり食われる・・・)
白いうなじの俊介の後姿を見つめつつ、慎吾は頷く。
「なぜなら、あの時、俺自身ヤバかったからな・・・」
我知らず、小声でつぶやいた慎吾を、エレベーターのボタンを押していた俊介が怪訝そうに振り返った。
「こいつ、襲い受けの素質あるぞ・・こんな可愛い顔してヤバいだろう」
エレベーターの中でも、ブツブツ言っている慎吾を俊介は首をかしげて見つめる。
「襲い受けって何の事ですか・・・・」
ぎくっ・・・
独り言のつもりが聞こえていたらしい。
「いや、なんでもない。あ、お前んち酒の買い置き無いだろう?ビール持ってきてやる」
焦って慎吾は自分の部屋に入って行った。
(先輩どうしたんだろう?)
いつもクールで、落ち着いている慎吾が、今日はどこか人間的に見える。
それが、また親近感を感じさせて愛しかったりした。
(先輩も結構可愛いなあ・・・・)
俊介も鍵を開けて自分の部屋に入った。
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