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食後、ビールを飲みながら、慎吾と過ごす夜のひと時は、俊介には至福の時だった。
その時だけは慎吾を独占できる、誰にも邪魔されない・・・
そして、時々、幼い頃のエピソードなどを話したり、聞き出したり出来る。
「今日はワイン持ってきた」
その日は、食後、慎吾は高級そうなワインを持ってきて、持参してきたグラスに注いだ。
「いつもすみません、これからは僕が準備します。つき合ってもらうだけでも申し訳ないのに・・・」
「いや、いい。部屋に買い置きあるから。ただ、これは貰い物だけどな」
ああ・・・
今日はどこか、寄るところがあると言って、慎吾とは別々に帰ってきた・・・
「ありがたくいただけよ。これはな、警視総監殿の差し入れなんだ」
え・・・俊介は思考がフリーズした。
「警視総監と言うと・・・八神警視総監ですか?」
日本の警察のトップに立つ、有名な人物だった。
「もちろん直接手渡しじゃないけど、八神警視正から連絡が来て『父が渡したいものがあると言っていたから、
帰りに家に寄って欲しい』と仰るから寄ったら、『いいワインを貰ったのだけれど誰も飲まないから、お義父様が慎吾君に・・
って・・』そう言って、警視正の奥方から渡されたんだ」
ずいぶんスケールの大きな話に、俊介はついて行けなかった。
八神一家は父が警視総監、母は少年課の婦警、長男は警視正、次男は警視の空き待ちの警部という有名な警察一家である。
いくらキャリアでも、一警視が八神ファミリーと顔見知りなど、ありえない。
「あ、言ってなかったか?俺、お袋亡くしてからは、高校卒業するまで、八神家で晩飯食ってたんだ。
八神警視正は兄貴分だし、八神警部とは幼馴染みだった・・・」
幼馴染・・・俊介はそこに引っかかる
「八神警部・・達彦とは、ここに来るまでは同じ部署だった。俺が先に昇進して、ここに来ちまったけどな。
あいつもすぐ警視に昇進するさ。」
なんとなく、八神達彦と言う慎吾の幼馴染みが俊介にはひっかかった。
「つまみのチーズも貰ったから・・・」
とチーズのパッケージを開け始める慎吾に、俊介は果物ナイフを渡し、小皿とフォークを台所から持ってくる・・・
「・・・どんな方なんですか?」
「あ?気になる?警視総監殿は公平な方だよ、謙虚で。警視正は、器の大きい寛容な方だ。子供の頃から
兄弟喧嘩なんか一度もしてるところ見ないし、俺に対しても怒ったり、怒鳴ったりは一度もなかった。
警部は・・・また、くそ丁寧な奴で、子供にまで敬語使うんだ。昔は女の子みたいに可愛かったぞ」
明らかに、八神警部の事を語る慎吾は、他の二人の時とは違っていた。
とても愛情深い表情をするのだ。
(もしかして・・・)
俊介の心の奥に、そんな疑惑が生まれた。
そして・・・我知らず、嫉妬の思いが湧くのを押さえきれないでいた。
「なんだか、そんな事を聞くと、三浦先輩が遠い人のように思えて寂しいです」
そう言って、一気にワインを煽った。
「おい、一気飲みするな・・・」
一口サイズに切ったチーズを、小皿に乗せつつ、慎吾は苦笑する。
「なあ、稲葉?俺から離れるな。俺について来い。俺は最終的にお前が俺の直属の部下になる事を望んでいる」
え・・・・
先ほど、一気飲みしたワインが食道を通り、胸を焼く熱さも忘れてしまうほど、俊介は驚く。
「俺は、全然いい奴じゃないから、お前が傍で浄化して、中和してくれないと駄目なんだ」
「でも、僕なんか・・・」
「お前が傍にいてくれたら、俺は道を間違えることなく行くことができる。」
ふう・・・
困って俯く俊介の頬が赤い。
ワインのせいなのか・・・それとも・・・
「そんな事、言われたら誤解して、思いあがりますよ僕は」
「思いあがれよ。お前は実力のある奴なんだから」
「でも・・・貴方の一番には、なれない・・・」
俺の一番・・・・慎吾は唇を噛む。もう達彦は自分のもとを去った。
「俺の一番なんて・・・いないよ。なくした」
「貴方に必死でついていきますから、僕を・・・貴方の一番近いところに置いてください」
テーブルに置かれた慎吾の手に、俊介は自分の手を絡ませる。
「稲葉。気をつけろ。あんまり誤解される行動はとるな。お前はそういうつもりじゃなくても、俺が誤解するだろ?」
「誤解って?」
「お前に好かれてるような気になる」
「誤解じゃありません。好きなんです」
好きの意味を知っているのか・・・・慎吾はどう説明していいか判らなくなる。
「しかも、ありえない事に、酔っ払って先輩にキスした事知ってから、心臓がバクバクして、どうにかなりそうで、
そんな自分が異常に思えて・・」
「ああ・・誤解してすまなかった。お前が悩んでいるのは、男なんかにファーストキス盗られたから嫌がってるからだと・・」
女のような細い白い指が、慎吾の指に吸い付くように絡んでいる。そこに神経がどうしても行く。
振りほどこうとしても、もう少しこうしていたい欲望に負けて、振りほどけない・・・
「違います。いっそのこと、しらふでもう一度、してもらいたいくらいなんです」
はあ・・・・何で?
「先輩は男なんか好きじゃないだろうから、付き合ってくれとか、恋人にして欲しいなんて言いません。ただ・・・
思い出を作ってもらいたくて・・・」
俊介の思考についてゆけず、慎吾はフリーズする。
「あ、でも、それも嫌ですよね。男となんか・・・気持ち悪いですよね・・・」
「いや、俺、実は男が好きな奴だから。だから気をつけろと言ってるんだ」
何で、こんなところで、こいつにカミングアウトしているのか・・・慎吾は心で半泣き状態だった。
「そんな奴にキスしてとか言ったら、危険だろう?ぱっくり食われたらどうする」
「僕は、そんなに美味しいとは思えませんが、食べたかったら食べてください」
話がどこかずれているような、そうでないような・・・
「お前、男にやられた事、無いだろう?」
「女ともありません」
それで、どうしてそうなるんだろうか・・・・慎吾はため息をつく。
「悪い事言わないから、辞めとけ」
「駄目ですか・・僕、好みじゃないですか?」
「いや・・・」
好みなので困っているのだ。
「恥晒すようでなんだけどさ。幼馴染に振られたって言ったよな。あれさ、実は襲っちまったんだ・・・」
え・・・・
「押し倒したところを、そいつの恋人に殴りつけられて、未遂におわったけど。俺はそういう奴なんだ」
沈黙が流れる・・・・・・
これで俊介は自分を諦めるだろうと思った。
「なんか・・・嫉妬してきた・・」
え?
(嫉妬するところか?そこ?)
「不公平ですよ。どうしてその人は、そんなに求められているのに。僕は避けられてるんですか?」
がっくり・・・慎吾は言葉もない。
「僕をその人の身代わりにしてください。ただし、もう他の誰とも、そんな事しないって約束してください」
今まで、そんな事を誰にも言われた事は無かった。
その場限りの、暇つぶしのような愛情の無い関係ばかりを結んできた。
慎吾自身、心までくれてやる気も無かった。相手もそうだ・・・・
心と体が離れ離れ・・・そんな関係に慣れてしまったから、体も心もくれてやると言う事が恐ろしい。
その果てには何があるのか・・・どうなってしまうのか・・・
「なあ、俺、最近変だろ?俺らしくないだろ。変っていくのが怖いんだ。」
「今までの先輩は心を閉ざして、仮面を被っていたんですよ。最愛の人にも、本音を言えなかったんじゃないですか?
完璧な男を演じていたんじゃ無いんですか?心の壁を取らなければ、本物の愛情じゃないでしょ?」
(稲葉は唯一、俺を変える事のできる人間だ・・・・)
なんとなく判っていた。初めて逢ったあの時に感じていた・・・
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