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「おはようございます」
町田署の刑事課に、朝、慎吾と俊介は同伴出勤した。
帰るところが同じなので、行きも帰りも一緒、慎吾の車で出退勤している。
これを陰では、キャリアの集団登下校と囁かれていた。
俊介はそれとして、慎吾がこれに甘んじている事が皆は不思議でたまらない。
どう見ても、一匹狼っぽい慎吾が、世話好きな先輩にあまんじているのが、ガラではないと言おうか・・・
「お前ら、プライベートとか無いのか?」
課長、田山の疑問
「三浦警視が署長になっても同伴出勤する気か?」
「いいえ、今のマンションは従兄夫婦の海外赴任の間だけ借りてまして・・・来年は帰ってくるんで、僕は引越さないと・・・」
「そう、引っ越すまでの同伴出勤なんだ・・・」
はははは・・・・
笑いあう課長と俊介・・・慎吾はため息をつく
(なんで真面目にイヤミに付き合って答えるかなあ・・・・・)
俊介が心配になる。
が・・・確かに、1年後、慎吾が署長になった時、こうして俊介を間近で見守ってやれなくなる。
そこまで、考えて笑いが漏れる。
どうして・・・・こんなに人の事を心配した事など無かった事に気づいて・・・・そう、達彦以外は・・・
「今日も、張り込み頼むよ」
課長のその言葉に皆、部屋を出て行った。
いつどこに現れるか判らない犯人を張り込む・・・・地味な作業である。
「退屈じゃないか?」
道路脇に停めた車の中で、慎吾は隣の助手席にいる俊介に尋ねる。
「先輩と一緒なら全然。楽しいですよ」
遠足じゃないんだから・・・眉間にしわが寄る。
確かに、動く密室で二人っきり・・・・変な感じではある。
慎吾は唖然とした。今まで共に張り込んだ同僚に、そんな事を意識した事も無かったのに。
不幸な事に、同じ課にいながら、達彦と組んだことは一度も無かった。
達彦と一緒なら、今の俊介の言葉のように、楽しいのだろう・・・
そこまで考えて、俊介の視線を感じて我に帰る。
「先輩、よく物思いに耽っておられますね・・・」
「そうか?」
そう言って、慎吾は車の窓を少し開けて煙草に火をつける。
「好きな人、いるんですね」
なんでそうなる?首をかしげて俊介を見る。
「あ、別に・・僕には関係ない事ですよね・・・すみません。」
「いたけど、フラれた。十数年越しの片思いだったんだけどな。」
え・・・・今度は俊介が慎吾を振り返った。
「先輩をふるなんて・・・もったいない事をする人がいるんですね・・・・」
何で?言い方が面白すぎて、慎吾の口から笑いが漏れる。
「ずっと見守ってきた、いつかは振りむいてもらえると信じてさ。でも、後から来た奴に持って行かれた。もともと俺は対象外だったんだ。」
話しつつ慎吾は、こんな事を俊介に話している自分に呆れた。
「それで・・・まだ忘れられず、その人のことを思い続けているんですね・・・」
「いや、なんていうか・・・それよりも、たとえば、今こうしてこんな失恋話を後輩に暴露している自分とか、今までした事のなかった
メールの返信なんかを毎日してる自分とか、同伴出勤している自分とかに戸惑って、時々、俺おかしいな・・・とか考え込んだりさ」
「すみません、それ、全部、僕のせいですね」
しょぼんとしおれる俊介。とても判りやすい。
「いや、いくら強引に頼んできてもさ、普通だったら俺は、誰かの言いなりになんかならないんだ。それなのに、お前には
自然にこんな事してるから・・・」
「それって、僕が頼りないとか、そんなんじゃあ・・・・」
「誰が頼りなかろうが、危なっかしかろうが、俺はそういう事は気にしない。面倒見の悪い冷たい奴なんだ。もともと」
そういいつつ、慎吾は煙草の煙を吐く
「じゃあ、どうして僕に・・・」
「さあ・・・今の俺は罪悪感と、自己嫌悪の塊なんだ。でも、お前といると心が安らぐ・・・」
にこっー俊介は明るく笑った。
「じゃあ、僕は役に立っているんですね」
そんな笑顔が眩しくて、実は俊介を利用しているような気がして、慎吾は彼から目を背けて窓の外を見る。
「課長の言うことは気にするな。まともに受けるな。俺に関しては、無理矢理誰かに何かを押し付けられる、なんてことは無いんだ。
イヤなら、お前と同伴出勤もメル友も、やってねえよ。お前が思うほど俺はいい奴なんかじゃないんだ。唯一の最愛を最悪の事態で
傷つけた悪い奴だからな」
「すみません、訊いてはいけないことを訊いてしまったんですね。」
しょんぼりして、4分の3くらいに縮んでしまった俊介を慎吾は横目で見つめる。
「見くびるな、お前ごときの誘導尋問に屈したとでも思っているのか?聞いて欲しかったから話したんだ」
あ、アパートの階段を駆け下りる人影を慎吾は見た。
「あれ・・・・」
「ホシですね、動き出しましたね・・・・」
煙草を灰皿にねじ込むと、ゆっくり慎吾はハンドルを握って動き出した。
「三浦警視!お手柄ですな・・・」
田山が妙に浮かれている。一応、犯人は捕まり、事件は解決した。
「歓迎会かねて、打ち上げ行くぞ!」
どこも同じだ、飲み会は避けられない。
俊介はあまり乗り気ではないが、仕方なくついてゆく・・・・
そして・・・・案の定、無理に飲まされた・・・・・・
「もう、いい加減に稲葉を開放してやれよ」
慎吾が見るに見かねてそう言った。
新入りは、こういうこともよくあることだが、特に俊介が下戸だと知っていて、わざとしているとしか思えない。
(達彦も飲めないほうだったけど、こういうところまで似ているとは・・・)
「明日の仕事に差し障るので、稲葉はつれて帰りますよ」
課長にそういい、慎吾は俊介の肩を担ぐ。
「おう、保護者、よろしく頼むよ〜〜」
田山も、もうかなり酔っている・・・・
騒がしい宴会会場を抜け出し、タクシーを拾い、慎吾はマンションに向かう。
(達彦は、潰れる前に自分で抜け出して帰ったよな・・・・)
そんな事を考えつつ、マンションの前で降り、俊介を担いでエレベーターに乗る。
(さて・・・こいつんちの部屋のカギ、どこだろう・・・)
部屋の前で俊介の内ポケットを探る。
財布の中にも鍵は無い・・・・
(ああ、もういい)
諦めて、慎吾は隣の自分の部屋の鍵を開けた。
一旦、俊介をベッドに寝かせて、慎吾はシャワーを済ませて就寝準備をする。
そして・・・・
(さて、どうしょうか・・・)
寝室で考え込む・・・
(このまま、泊めるか?)
こんなこと、今まで誰にもしたことがなかった。達彦は警戒心が強いので、正体が無くなるまで飲むことは無かったし、
送ってやると言っても、決して送らせることはしなかった。
(まったく、よく今まで無事に来たな・・・俺がいたから良かったものの、他の奴にでもお持ち帰りされたらどうするんだ・・・)
そこまで考えて、結局は自分がお持ち帰りしてしまった事に気付いた。
(とにかく、服脱がして・・・)
皺にならないようワイシャツとズボンを脱がして、とりあえずシーツに包んで奥に押しやった。
このベッドに、他の誰かが寝た事は一度も無かった。一夜限りの相手を部屋に連れ込むことはしなかったし、泊まっていくような友達も
いなかった。
こんなにも簡単に、俊介が自分のベッドで眠っていく事になろうとは・・・・
とりあえず俊介の服をハンガーにかけて、慎吾もベッドに横たわる。
ダブルベッドなので、狭くは無いが・・・一人でないという事が、なんだか変な感じだった・・・
スタンドの明かりを消そうとして、身を乗り出したとき、隣で眠っていた俊介がむっくり起き上がった。
「稲葉・・しっかりしろ。水呑むか?」
「先輩・・・」
そのまま、慎吾に倒れ掛かってきた。
眼鏡を外した俊介はかなり幼く見える。そういえば、達彦の眼鏡を外した顔を最後に見たのは、いつだったか・・・
そんな事を考えていると、慎吾の身体にのしかかっている俊介の顔がだんだん近づいてきた。
え?
これは偶然にぶつかったと言うものではなかった。
唇が重なったというようなものでもなかった・・・
まさかだが、歯の間を押し入った俊介の舌が、慎吾の口蓋を掻いている。
(稲葉・・・)
「おい!」
引き離して声をかけてみる。
再び、ぐったりと倒れてくる・・・・・
(稲葉ぁ・・・)
ため息を一つつくと、慎吾は掛け布団を持ってリビングにあるソファーに横たわる。
奇特な体験をしてしまった慎吾は、混乱した頭を抱えつつ眠りについた。
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