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同じ職場にいて、共に行動している後輩、稲葉俊介とメル友を始めて一週間。
何の意味があるのか、さっぱりわからないが、朝夕の挨拶を交わすだけでも、楽しいと思い始める慎吾だった。
自分からは先に送らないが、時間が来るといつも俊介からのメールを待ってしまう自分がいて、
少しでも遅れると何も手がつかない。
自分から送ればいいのに、こういうことに慣れていなくて、なかなか勇気が出ない。
それどころか、慎吾は今まで、女性から来たメールの返信など、一度もしたことがなかった。
もちろん、バーなどでナンパされて一夜を共にした男から、また会いたいなどとメールが来ても、無視していた。
誰とも深くかかわろうとしなかった。
達彦がいたから・・・達彦だけがすべてだったから・・・
今も、携帯を手に俊介からのお休みメールを待っている。
何もする気がおきない。沐浴中にきたら・・・と思うとシャワーもできずに、じっとリビングのソファーで座っている。
そんな自分が情けなかった、
着信音と共にメールが来た。
ー先輩、おやすみなさい。明日もよろしくおねがいしますねー
何のことは無い内容なのに、これが来ないと落ち着かない。これが無いと一日が終わらない。
ー早く寝ろよー
味気ない一言を送ると、慎吾はやっと安心して浴室に向かう。
こんなそっけない一言だが、彼にしては滅多に無いメールの返信、かなりレアなのだ。
これで心穏やかに一日を終えることができた。
でもなあ・・・・浴室のドアを開けつつ、慎吾はため息をつく。
(何で、俺、こんな中2みたいな事してるんだ・・・)
自身のこの浮かれようが、何故か腹立たしい。
達彦にはかなり、かいがいしかったが、ウザがられるのがいやで相当控えていた。
それに、あまり自分が相手を思っている素振りを見せたくも無かった。
より多く愛したものは敗北すると思っているからだ。
何事にも淡白な達彦とは違い、俊介は思いっきり突進してくる。
事件に対しても、慎吾に対してもそうだ。情熱的・・・そういえる。
素直で、言葉に裏が無い。相手の言葉もそのまま受け取る。厭味が通じない。
犯人を捕まえる上で警察官として、それはどうなのか、心配ではあるが、あまりな、まっさら振りに、このまま綺麗なままで
いて欲しいとすら思う。
だから、駆け引きを知らない俊介は、慎吾に突進してくる。しかし、恐らく彼を拒める者はいないだろう。
悪意のかけらも無い、純粋な好意は心地いいものである。
さらに、彼から感じる好意は性的な意味を持たない。家族愛的なものなのだから。
俊介は気付いていないが、これは憧れのようものなのだ。優秀な先輩に憧れているだけなのだ。
それを知りつつ、告白されたからと、穢れない花を散らすことはできない。
(俺だからまだ、メル友ですんでいるようなもので、他のそっちの奴だったらもう、ぱっくり食われるてるぞ?あいつ・・・)
憧れ、家族愛、友愛、恋愛・・・そんな区別もつかない、お子さまのお守りは大変だ。
でも、嫌な気はしない。いや、むしろ慎吾は達彦との事で、自己嫌悪に陥っていた自分が癒され、救われてゆくのを感じる。
こんなに心を全開にして、自分を信じて好意を示してきたものは今までいなかった。
学生時代は、少しでもその学力のおこぼれに預かろうと級友は寄ってきた
職場では、皆、長いものに巻かれろ的に、彼に従っている。
利害関係無しで好かれることなど皆無だった。
プライベートでは・・・ただ外見が好みだから、身体目当てで近寄る女や同性愛者・・・
はあ・・・・
(なんか、俺も空しい人生送ってるな・・・)
真実の愛にたどり着けない・・・・
(達彦は真実にたどり着いたんだ・・・)
今、とても達彦と鬼頭優希を祝福してやりたくてたまらなくなった。
拒むことはしないが、誰にも心を開く事もなかった達彦が、唯一の安息所を得た。
それはなんと幸せな事か・・・・・
とにかく、今は俊介を兄の立場で守ってやりたかった。
いつか、本当に彼が本当に愛する人に出会うまで・・・・・
ー早く寝ろよー
慎吾から来た返事を、俊介は布団の中でもう一度確認する。
(こういうのは、残るからいいなあ・・・)
昼間いくら慎吾と会話を交わしても、声は残らない。
メル友をはじめてから、毎日にハリが出て楽しい。
(意外だな、先輩こんなマメな趣味があったなんて・・・メール貰っても返信しなさそうなのに)
俊介は慎吾を的確に判断していた。
慎吾でさえ、こまめに返信する自分に驚いているのだから・・・
告白して、兄弟の契りを結ぶなど、どこかずれている気もしないではないが、お友達から始めるのも悪くないと思った。
(と言うか・・・変に思われたかな?男と恋愛するようなタイプじゃないよなあ・・・先輩は)
このあたりは俊介は思い違いをしている。
(嫌悪感とか持たれてたらどうしょう?ていうか・・・僕は、男と恋愛するような奴だったのかな・・・)
告白しておいて、今さら、そんな事に悩んでいる。
今まで、好きだと思う人は何人かいたが、独占したいとまで思う人はいなかった。
しかも、慎吾に関しては、とても我侭な気持ちを隠せない。
他の同僚と慎吾が話をしているのも許せない。
金本次郎と伊藤左千夫・・・この二人は慎吾によく話しかけてくる。
私利私欲のため近づいているのが見え見えだが、それでも自分の知らないところで何かを話しているのは許せない。
といって、さっき何を話していたのか・・・などと、一々聞くのは浅ましくてイヤだ。
何よりもそんな黒い感情が自分にあることが許せない。
皆と仲良く、喧嘩してはいけない・・・・
人に対して妬みや、恨み、憎しみの感情を抱いてはいけない・・・
小さい頃から守ってきた事。それは難しい事ではなかった。
殉職した巡査の息子だから、小さな町の中で、周りはよくしてくれた。
大学時代、寮生活をしていたときも、主席で入った彼は、寮生達の勉強を各部屋を回りながら教えていた。
傲慢な態度を決してとらないため、皆から好かれた。警察官になって、キャリアという事で同僚たちの嫉妬の的になったが、
キャリアというものが狭き門で、皆が憧れながらも、手の届かないものなのだと判れば、その気持ちも理解できた。
なるべく、同僚の役に立てるよう努力してきた。
なのに・・・・
慎吾が現れて、今になって、こんな黒い気持ちに支配されるとは・・・・
思ってしまった事は仕方が無い・・・しかし、何とかこの気持ちを整理しなければならない。
(三浦先輩には知られたくないな・・・)
あろう事か、慎吾に一目ぼれしていた事も秘密だ。
一目ぼれなど、軽薄だと思われるに違いないと思った。
しかし、出会って3日で告白する事も、大して違いが無いだろう事を彼は知らない。
金本次郎と伊藤左千夫だけが俊介の天敵ではない。
良くは知らないが、慎吾の心の中、大半を占めている誰かがいる。
その得体の知れない誰かにおびえている自分がいる。
そんな誰かになど、負けたくは無い。
(そりゃあ、10日くらいの付き合いで、先輩の過去全部把握するなんて無理だけど・・・)
駄々っ子のように、知りたいし、負けたくない。
慎吾の過去のすべてに嫉妬する・・・・
(なんか、僕は変だ・・・・)
携帯を胸に抱いて、俊介は寝返りをうった。
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