迷い猫3

 

 

いきなり沈黙を破って、伊吹の携帯のベルが鳴り響いた。着信を確認すると優希からだった。

「すみません、ぼんから電話なんで、取らせていただきます」

そう言って伊吹は席を立つと部屋を出た。

「なんかあったんかな?」

何かあると優希は父の龍之介ではなく、伊吹に連絡する。それはいつもの事だった。

「優希君も藤島に懐いてるのね〜親子揃って男の趣味が同じって事かしら」

クスクス笑う留美子に反論できずにいる龍之介。達彦に出会うまでは確かに、伊吹にべったりだったのだから・・・

「春日様、どうやら本人交えて話さなあかんような状況になりました」

通話を終えて部屋に入ってきた伊吹は、いきなりそう言った。

「本人って、優希君ね」

「もう一人、伊庭の姐さんです。そして、もう一人・・・例の吹田署の署長さんの同席も許してもらえますか?

3人とも、今一緒なんですけど」

 

場所は変わって宝石店、”アンジェリーク”の奥の間。

優希と由佳、達彦を迎えるために留美子と龍之介、伊吹は留美子の経営している店に移動した。

「すみません、春日様。八神警視がおられんかったら、そのまま鬼頭で話してもええんですけど・・・」

とソファーに腰かけつつ、伊吹が頭を下げる。

「そうねえ、吹田署の署長が鬼頭に出入りはまずいわねえ・・・でも、いい機会ね。話がまとまれば一気に契約結婚成立になるかもね

この場で恋人の了解も取っちゃえば問題なしね」

そう簡単に行くんだろうか・・・龍之介は心配でならない。

「組長、ぼん連れてきました」

迎えに出させた若い衆の車で、優希と由佳は到着した。

「伊吹にお局と連絡取りたいて言うたら、鬼頭に来てる言うやないか・・・びっくりしたわ。お局、お久しぶりです」

そう言いつつ、優希は部屋に入ってきた。

「優希君、立派になったわね〜相思相愛の人もできて・・・て、彼は?」

「時間差攻撃や。組の車の後ろ、自家用車でついてきた。もう少し経ったら客のふりして入ってくるから」

優希がソファーに腰掛けると、由佳が恐る恐る入ってきた。

「留美子・・・」

「由佳ちゃん、大丈夫。悪いようにはしないから。まさか私が無理矢理、優希くんと再婚させようとしてるとか思ってるの?」

微笑みつつ、留美子は立ち上がると由佳を抱きしめてソファーに座らせた。

5分遅れて達彦は店に来、従業員に案内されて奥の間に来た。

「まあ、実物を見たのは初めてだわ。こんないい男、サツにいるのねえ・・・」

留美子に感動されて戸惑っている達彦を、優希は後ろに隠すようにしながらソファーに座らせた。

「変な気おこすなよ?」

ヤキモチ焼きも遺伝なのだろうか・・・留美子は少し呆れた。

「あ、初めまして、吹田署の八神です」

留美子に名刺を差し出すと、達彦は愛想よく笑った。

「こちらこそ・・・はい名刺。ここの店長しています星野留美子と申します。ニックネームは春日。こう呼ぶのはだいたい

業界の人だけですけどね」

このカリスマあふれる貴婦人に達彦は圧倒された。極道界に女帝として君臨する女の気迫なのだろう。

「ところで、本題に入るけどな、俺もいきなり昭一の嫁と結婚せいとか言われても無理やから。由佳さんも再婚する気

ないみたいやしな、この話は、無かった事にしてくれへんか?それを言いに来ただけや。わざわざ達彦さんまで連れ出す必要は

ないんや」

「いいえ」

落ち着いた静かな声で留美子は否定して、お茶を入れると優希に差し出した。

「私が提案したのは、ただの結婚ではなく、契約結婚なのよ」

「契約結婚・・・」

「ぼん、春日様には、ぼんと八神警視の仲、バレてるんですよ」

意味がわからない優希に、伊吹が小さな声で告げた。

「由佳さんは再婚する気はない、さらに伊庭の忘れ形見を組長にしたい。お前は結婚する気はない、けど襲名したら姐と跡継ぎは

必要。お互いの条件満たすための契約結婚や」

父、龍之介の言葉に、優希は言葉も出ないままフリーズした。

「お言葉ですが、それは非常に安易な発想ではありませんか?」

優希の横で事の成り行きを見守っていた達彦が、非常に冷静な声で言葉を発した。

「今は夫に先立たれて、由佳さんは再婚の意志は無いかもしれませんが、まだ20代です。若いんですよ?後で好きな人が現れたら

悲劇じゃないですか?」

「私は、昭一以外、誰も好きにはならん」

由佳の意思は堅かった。が・・・

「でも、由佳さん、鬼頭に嫁に行くという事は、修道院に入って尼さんになる事と同じ事なんですよ?」

「この子を組長にできさえすれば、尼にでもなります。って・・・鬼頭と修道院とどういう関係が?それにあなた、サツですよね?

ぼんと、どんな関係なんですか?なんであなたの部屋に鬼頭のぼんがいたんですか?」

説明すべきか、するべきではないのか・・・皆が迷っている中、留美子が口を開いた。

「由佳ちゃん、お腹の子を組長にしたい、それがあなたの願いね。でも、伊庭は今、組長も若頭も、幹部も亡くしていて、子供が

成人するまでの後見人がいないの。存続は不可能だわ、組をたたむしかない。跡取りのいない組に養子に出す方法もあるけど

それじゃ母と子が離れ離れになるわ。どこかの組長と再婚出来たとしてもこの先、子供が出来ないとは限らない。

あなたが産まなくても、愛人が産む可能性はある・・・この提案は最後の手段なのよ」

そう言いつつ、留美子は由佳にホットミルクを差し出した。

「でも、私はそれでいいとして、鬼頭のぼんは・・・結婚する気はないって?ぼんは子供でけへんのですか?」

「ああ、安心せい。こいつは一生、子供作らへん。ただ、由佳さん、こいつに愛してもらおうという考えは

捨ててください、それから・・・愛人関係も見逃して欲しいんや。まあ、それが条件や」

ダメもとで説明を始めた龍之介を、由佳はきょとんとした顔で見つめる。

こんな説明でわかる訳もないのだが・・・

「ぼんは、好きな人がおるんですね。その人と結婚でけへんから、私とカムフラージュ結婚するいうことですか?

相手は人妻ですか?」

ずるっー優希はソファーからずり落ち、達彦はしょっぱい顔をした。

「あ、相手はサツでしょ?ロミオとジュリエットなんですね」

「解ってくれれば話は早いわ。そういう事よ。これは業界のトップシークレットだから、口外無用よ」

留美子の言葉に由佳は大きく頷いた。

「だから私にも詳しく言えないまま・・・でも、考えさせてください。こういうことは簡単やないから」

「そうねえ、でも組には帰ったら?って言っても女手ないから不便かしら?妊婦さんだしねえ・・・」

「一応、今は木村が、組にいた家政婦さんを派遣してきたんですけどね」

あらあ・・・留美子は頬に手を当てた。

「見つかったのね、家出先の隠れ家・・・」

そこは留美子が借りてやった、龍彦と同じマンションの一室だった。

ひとりで考えたいというので、時々店の職員が身の回りの世話に出入りする事を条件に一時、貸したのだ。

「あちらも心配して連れ戻そうとしていたようですが、通りがかった私に追い返されてしまって。悪い事しましたかねえ」

ああ・・・留美子は達彦の言葉に苦笑した。その情景が目に浮かぶようだ。

「組には、しばらくそっとしておくように言っておくわ。自分の事はじっくりよく考えるのよ」

留美子の言葉に頷き、立ち上がった由佳を、龍之介は店の外に待機している若い衆の車で送らせた。

 

「この話、本気か?お局」

由佳が帰った後、優希は念を押した。

「無理にとは言わないわ。ただ、一つの考え方でね・・・」

「ホンマに一生未亡人にする気ぃか?あの娘を?あんまりやな。今は再婚せえへんて言うてるけど、長い人生わからへんで?」

龍之介はため息をつく。

「8代目は藤島が死んだら他の男を探す?」

「おい!」

洒落にもならない喩えに龍之介は怒りをあらわにした。

「優希くんはどう?署長さんは?人生でたった一度の恋をしているのは自分たちだけじゃないのよ?」

しかし・・・一同はしかし、頷けなかった。

 

 

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