迷い猫4

 

 

それから時々、達彦は由佳とマンションの入口でばったり会うと、部屋に招いてお茶を飲んだり、食事を一緒にする事が増えた。

由佳は見た目、猫のようだが、性格も猫のように突然現れては懐いてくる。

達彦はどうやら、彼女に信用されてしまったらしく、妹のように懐いてくるのだ。

「お腹のお子さんは、お元気ですか?」

コンビニのプリンを差し出しつつ、達彦はダイニングテーブルに向かい合った由佳に尋ねる。

「順調です。鬼頭のぼんは、今度いつごろ来るんですか?」

プリンの蓋をあけて、スプーンを片手に由佳は笑顔で訊いてきた。

「今日辺り、来ますよ。私が明日非番なんで」

え?一瞬首をかしげて、由佳はあたりを見回す。

「で、いつ来てもいないんですけど、達彦さんの妹さんはどこに?」

「妹はいませんよ」

「じゃ、お姉さんでしたか?」

ははは・・・笑いながら達彦は自分のプリンをひとくち食べた。

「私には兄しかいません。東京で警視正やってます」

由佳が固まったのを見て、達彦は彼女がなにか根本的な思い違いをしている事に気づいた。

「もしかして、私の妹か姉と、優君が恋人だと勘違いしてましたか?」

「違うんですか?あれ?だから鬼頭のぼんは、ここによう来るんやないんですか?」

ああ・・・言葉につまりつつ、達彦は真実を言うべきかどうか迷った。

 

「達彦さん、遅くなりました。今日は忙しゅうて・・・食事はされましたよね?」

その時、合鍵でドアをあけて優希が玄関から入ってきた。

ダイニングで見つめ合う由佳と優希・・・・

「ぼん・・・」

「姐さん・・・」

「ああ優君、由佳さんは、あれから時々うちでお茶して行くようになってね」

気まずい沈黙がしばらく流れ、突然、由佳が顔をあげた。

「もしかして、ぼんの恋人・・・ジュリエットって、達彦さん?」

 「え?姐さん、理解してへんかったんか?なんやと思うてたんや?」

先日の留美子の店、アンジェリークで由佳がその事を理解したものと思っていた優希は、首をかしげつつ達彦の隣に腰掛けた。

「ええ?!」

「そやから、結婚でけへんし、達彦さん警察官やから噂にもなったらあかんし、そのためのカムフラージュやて・・・」

そう言いながら買って来た、ケーキ屋のモンブランを達彦と由佳に配る。

「なんか余分に、多めに買うといてよかった」

そう言いつつ自分の分を取り出すと、優希は照れ笑いをする。

「一体いくつ買ったんですか?」

ケーキの箱を覗き込む達彦は、”余分”のあまりな多さに呆れて言葉をなくした。

「何日か分の、達彦さんのおやつにと・・・」

ええ?呆れる達彦、笑う優希を交互に見比べて由佳は再び固まる。

 初めて達彦に会った時、朝方で、達彦の部屋に優希がいた事を思い出した。

「ぼん、今夜泊まって行くんですよね?そういう関係なんですか、つまり・・・」

「つまり、他人やないという事やけど」

隠しだて無しの、あっさりとした回答をさらりとした後、達彦から渡されたフォークで、優希は自分が買ってきたケーキを食べ始めた。

「うちな、親子揃ってそうなんや」

「組長が?」

鬼頭龍之介は愛人は一切持たず、浮名を流したこともないと評判の愛妻家である。その龍之介が?由佳は言葉が出ない。

「うちの親父、愛妻家で通ってるやろ?もちろん、おふくろの事、大事にしてる。でもな、おふくろより大事な恋人がおるんや。

姐さんも知ってる人や」

由佳の見たところでは、鬼頭の姐である鬼頭聡子には、夫の浮気に悩む素振りなど微塵もなかった。それが演技で、押し殺してきた感情が

あったというのか?

「藤島伊吹、親父の側近や。噂には聞いたと思うけど、親父が7歳の頃から伊吹は、親父の世話してきた。死んだ母親がわりにな・・・・

ホンマにおんぶに抱っこ、今までずっと一緒や、親父は伊吹だけを見つめて今まで来た。親父が19歳の時、伊吹はイロ(情夫)になった。

でも、組を継ぐんなら嫁をもらわなあかん、姐がいる、後継がいる。おふくろは全てを承知の上で鬼頭の姐になり、俺を産んだ。

今でも親父は時々、伊吹のところに泊まって次の朝、同伴出勤や。親父を送ったのはおふくろや。姐さんはそんな、おふくろみたいな

道、行けるんか?」

氷の刃と呼ばれた龍之介と、鬼頭のカリスマと呼ばれている伊吹、そんな2人に隠された恋があったとは・・・

由佳は言葉を失った。

「ぼんは、組長の実の子でしょう?でも、この子は昭一の・・・」

自分の腹部に手を当て、由佳は言いよどむ。他人の子を優希に育てさせ、後を継がせるなど、ずうずうしいのではないか・・・

「俺は、自分の子供は無理や。親父とは違うんや、養子でも貰わな跡継ぎはありえへん」

「だから、修道院って・・・」

「姐さん、よう考えて決断出してください。俺は昭一の子を跡取りにする事には依存ないし、姐さんが鬼頭に来てくれる事は大歓迎や。

でも、姐さんは女として生きる事を諦めなあかん」

「でも、よその組に嫁いで、旦那が浮気して離婚、なんて事は無い。それだけは確実ね」

ー確実な保険みたいなものよー

留美子の言っていた意味がようやくわかった。

「鬼頭に遊びに来てください。おふくろが姐さんに会いたがってましたよ。それでなくても産後とか、世話になるところがないんやったら

うちに・・・っていうてました。今度の縁談関係なく、気軽に来てください」

優しく、気の利く姐の鑑と評判の鬼頭の姐、聡子に由佳はに会いたくなった。龍之介と藤島伊吹の話を聞いて、聡子に対する興味がわいたのだ。

「ありがとうございます。鬼頭の姐さんには一度、お話をお聞きしたいので伺います。今後の事もご相談したいし」

そう微笑んで由佳は自分の部屋に帰っていった。

 

「由佳さん、もっとゆっくりしてゆけばいいのに・・・」

由佳のために用意したバーブティーを乗せたトレイを手に、達彦は苦笑した。一足遅れた・・・という感じだ。

「邪魔すると悪いって、帰っていかはりましたよ。そんな気ぃ使われたら恥ずかしいですよね」

ははは・・・笑いつつ、ハーブティーを優希に差し出し、達彦は席に着く。

由佳にカミングアウトしたためか、妙な気持ちが胸のどこかに何とも言えない後味を残した。

「やはり、驚きますよねえ。まさかですよねえ・・・私達」

「まあ、俺やくざやし・・・キャリアの達彦さんがもったいないとか思われてもしゃあないけど」

一人頷きつつ、ハーブティーを優希は飲む。

「いいえ、逆ですよ。私なんか何のとりえもないし、男らしくてかっこいい優君に比べれば・・・」

オリンピック級の射撃の腕を持っていても、平気でそんな事を本気で言う達彦が優希には驚異だった。

(しかも超美人やしなあ・・・)

ん?自分を見つめている優希の視線を感じて、達彦は振り向き首をかしげる。

隣同士に座っていて、顔を見合わせると至近距離となってしまっている事に、優希は急にドキマギする。

短く襟足を刈った優希とは違い、サラサラとなびく達彦の黒髪が、首をかしけた時にさらりとなびき、銀縁眼鏡の奥の涼しげな瞳は

優希をしっかり捉えて離さない。

女と間違える程の長髪だった昔よりも、いまの短髪の達彦の方が数倍色っぽいのはなぜだろう・・・

「優くん・・・」

引き寄せられるように、優希は達彦の唇に自らの唇を重ねていた。

「すみません、つい。つーか拉致ってええですか?寝室に」

え・・・答えを聞かずに優希は、達彦を抱え上げた。

「なんか、限界です。こんなに間、空いてたら超限界・・・」

寝室にそのまま歩き出す優希の背に腕をまわして落ちるのを防ぐと、達彦は照れ隠しに笑った。

「それは光栄です。いつ飽きられるか心配なんで・・・」

飽きるわけないでしょうーと優希は寝室のベッドに達彦を下ろす。

「大学で出会ったあの時の100倍1000倍、今の達彦さんが好きなんですよ」

深く知ってしまった今では、離れることさえできないくらいに優希は、心身ともに達彦を求めてしまう。

「私もですよ」

さっきまで達彦の胸に滞っていた、妙なしこりはいつの間にか消え去っていた。

誰がなんと言おうと、自分は鬼頭優希を愛しているのだ。それだけが唯一の真実だった事に気づいた。

 

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