迷い猫2

 

遅くまでまったりして、昼食を作るために台所に立った優希は、ダイニングテーブルの椅子に座っている達彦を振り返った。

「達彦さん、食用油が切れてますよ?」

スクランブルエッグを作ろうとして、食用油の容器が空っぽなのに気づいたのだ。

「すみません、買ってきます。他に買うものありますかねえ?ついでだから」

「達彦さんの食べたいもん買うてきてください。なんでも作りますから」

はははは・・・苦笑しつつ、達彦は上着を羽織ってドアを出た。

優希の手料理は久しぶりで、つい浮かれてしまう。大阪に来てからは、美和子も来れないので自炊していたが、仕事が忙しくて

食生活は適当を極めていた。

マンションの門をでて、バス停前の陸橋を渡るとスーパーがある。とりあえず一番近い店で、この辺の主婦たちが利用していた。

陸橋の階段を上り詰めると通路で何やらもめている若い女と男数人が見えた。気になったのは、数人の男はやくざ風だという事。

「とりあえず来てください。逃げてたら、らちがあかんやないですか?」

「私とこの子をどうする気?アンタらの好きにはさせへんよ!」

「いや、そやから話し合おうって、お局様も言うてはるし」

会話からするとやくざたちは女に敬語を使っており、犯罪らしい気配は無かったが・・・

「助けてください!この人たちが私に乱暴するんです」

やってきた達彦を見つけると、女は駆け寄って助けを求めた。

「いえ、違うんですこの人はウチのあ・・・」

「この人たち、伊庭組のやくざなんです。私を風俗に売り飛ばそうとしてるんですよ」

はあ・・・やくざたちはあんまりの仕打ちに固まった。

達彦の背中に張り付いた女は動こうとしない。このままというわけにもいかず、仕方なく上着のポケットから警察手帳を取り出し

事情を聞くことにした。

「すみません、吹田署の八神と申しますが、事情をお聞かせ願えますか?」

サツだ・・・やくざたちは絶望した。脅して立ち去らせることも出来そうにない。

「すんません、人違いでした」

そう言って立ち去っていった。

ホッとした女は達彦の前に回り込み頭を下げた。

「助かりました。ありがとうございます」

立ち去ろうとする女の腕を捕まえて、達彦は再び、警察手帳をみせ、にっこり笑った。

「事情をお聞かせ願えますか?」

 

「達彦さん、油買いに行って、女連れて帰ってくるとは何事ですか?」

帰ってきた達彦を見て、優希は目を丸くした。

23,4歳のショートボブで、丸い目の愛嬌のあるどこか猫っぽい感じの女だった。

だぶっとしたトレーナーにジーンズ姿でどこか幼い雰囲気がした。

「そこで拾っちゃって・・・というか事件に巻き込まれたんですよ」

と、リビングに連れて行き、ソファーに座るように促した。

「あれ?どこかで会いませんでしたか?見たことあるな・・・」

優希は、かがんで彼女を覗き込む。

「それ、ナンパですか?私には通じませんよ?それにサツが女を自宅に連れ込んでどうするつもりですか?」

かなり強気な態度である。

「あ、もしかして、昭一の嫁とちゃうか?あんた・・・結婚式と、あとなんかの集まりで何回か見ただけやけど」

え?訝しげに顔をしかめて彼女も優希を見つめた。

「俺、昭一の幼馴染で・・・」

「もしかして・・・鬼頭のぼん!」

 2人のやりとりを背中で聞きつつ、達彦は、いれてきたコーヒーを彼女に差し出す。

「お知り合いでしたか。やはり・・・やくざともめてたんですよ。この方。伊庭組とか言ってましたねえ?」

「はい、この人は伊庭組の姐ですよ。組長は俺の幼馴染で、最近亡くなりましたけどね」

組員が姐を捕まえていた?これは尋常ではない何かを感じる。

「すみません、コーヒー飲めないんで、牛乳とかないですか?」

その一言で、3人はパンと牛乳がスタンバイされているダイニングに移動した。

 

「とりあえず食べながら話しましょうか」

牛乳の入ったコップを達彦は女に差し出す。

「まず名前は?」

「伊庭由佳。23歳で現在未亡人です」

 「で、組のもんと何してたんですか?」

「昭一さんが亡くなって組をたたむことになったんやけど、鬼頭に引き取ってもらうとかいう話が持ち上がって・・・

その・・・姐ごと・・・」

姐ごと引き取るとはどういうことか?優希も達彦も理解不可能だった。

「引き取ってもらうんやったら親組に吸収合併やろ?八雲系のどこかの組に頼まなあかんやろ」

「そやから、私を鬼頭のぼんと再婚させるて留美子が・・・」

はあ?寝耳に水の優希は思考回路が停止した。

「留美子さんて?」

「春日のお局様・・・女帝とか呼ばれてる・・・私、身寄りないから、留美子が後見人なんです」

ふうん・・・わかったようなわからないような複雑な気持ちで3人は無言で食事を始めた。

「つまり、由佳さんは再婚したくないんですよね?」

 サラダをつつきながら達彦は訊く。

「私には昭一しかいないし、それに・・・この子を立派に育てて組を継がせるって約束したから」

と、腹部に手を当てる由佳を見て達彦は頷く。

「妊娠しておられるということですか。だからコーヒー飲めないんですね」

女は身籠ると母親になってしまう。そんな状態で他の男と再婚など考えられないのは事実だ。

しかし・・・

「でも、子供をひとりで育てて・・・というのは厳しいですよ。やはり父親が必要でしょう」

「でも、嫌なんです。このままじゃ無理矢理再婚させられそうで、家出して逃げてたんです」

「でも、そんな事していて、お腹の子にもしもの事があったらどうするんですか?ちゃんと栄養取らないといけないし・・・」

しゅん・・・由佳は俯いて黙り込んだ。

「これはちゃんと話し合うしかないし、逃げててもあかんと思うけど。それに無理矢理再婚て・・・俺もそんな話をいきなり

受け入れるわけにいかんから。俺がOKせんかったら成立せんやろ?」

「ですよね、子持ちの未亡人と初婚の男なんて成立しませんよね?」

希望を持った由佳が顔をあげる。

(まあ、普通はなあ)

と頷きつつ、優希は携帯を取り出した。

「いっぺんお局に連絡とろうか」

 

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