迷い猫1

 

 

その日の午後、星野留美子が伊庭組の代表を連れて鬼頭を訪れた。

実は、このアポイントのため、龍之介は今日は外回りをしなかったのだ。

星野留美子ーこの華やかな老貴婦人は通称お局、または春日、春日の局とも呼ばれている。

彼女は杉浦組の先代の情婦(いろ)で、姐亡き後、残された幼い一人息子を育て上げ、組長に就任させた女丈夫。

だが、勧められても決して正妻にはならず、今は先代から任せられた宝石店を切り盛りしている。

 この業界では女帝の位置を誇っている。

「ご無沙汰しています8代目。優希君も立派になって、襲名が楽しみねえ」

「春日、相変わらず年の割に若いなあ、元気で何よりや」

ふふふ・・・年老いてさらに美しさを増した留美子は静かに笑う。

「相変わらずなのは、8代目と藤島じゃないですか?」

伊吹の咳払いが留美子の言葉を遮る。

「春日様、冗談はそこまでにして、要件を・・・」

おお・・・怖い。留美子は肩をすくめる。年をとっても茶目っ気は抜けないものなのだと、伊吹は苦笑する。

「まあ、いいわ。実はね、伊庭組のことなんだけど」

 

伊庭は、鬼頭とは別の系列の八雲組の傘下にあるさほど大きくない組である。

ただ、そこの息子、昭一と優希は同い年で幼馴染である。中学、高校と同じ学校に通い、時々試験勉強を一緒にするために鬼頭に来ていた。

そんな関係で、ガンで早くに亡くなった組長のあとを昭一が継ぐことになった襲名式には優希が幼馴染として参席し、その後の

結婚式にも招待され、2ヶ月前の急な若組長の葬儀にも参席したばかりだった。

八雲の集会に参席した折に襲撃され、闘争に巻き込まれて、昭一と伊庭の幹部は命を落とした。

そんないきさつを優希を通して間接的に見守ってきた龍之介は、他人事とは思えず、なにか助けてやりたい気持ちはあったが

なんせ八雲の傘下、下手に手出しすると難癖をつけられる恐れもあり、ただ見守ってきたのだ。

 

「お願いします、伊庭組を鬼頭に引きとってもらえませんか?若組長も若頭もいない今、合併吸収か解散しか道がないんです」

伊庭の代表として来た木村道夫が頭を下げた。

「というても、合併吸収やったら、八雲系の親組に頼むべきと違うんか?」

伊吹の言葉に龍之介は頷き、龍之介は留美子を見る。恐らくそんな事は百も承知だろう。

わかっていてそんな事を言い出すのにはワケがあるはずだ。

「実はね、組はそれでいいとして、問題は姐さんなのよ」

はあ?話が見えず、伊吹もも龍之介も首をかしげる。

「姐さんの引き取り手が無いの。身寄りがなくてね」

「それは、もしかして、鬼頭に姐ごと引き取れということですか?」

伊吹の問いに留美子はにっこり笑った。

「さすが藤島ね〜話が早いわ」

「いえ、全然話が見えてないんですけど」

 「つまり、伊庭の姐さんが優希君と再婚するので、伊庭は鬼頭に吸収されました。と言うのはありでしょう?」

それは・・・伊吹はフリーズした。話にもならない。

「春日、犬や猫のカップリングと違うんやから、そう簡単に言うなよ」

龍之介は煙草を咥える。それでなくても優希の結婚問題で頭が痛いというのに・・・

 「すみません、無理は百も承知なんです。ここのぼんは初婚で将来有望やのに、未亡人のうちの姐さん貰うてくれなんて

話にもならんと思います」

木村はテーブルに頭をこすり付けて平謝りした。

「ちゅうか、こんな話をなんで姐さん抜きでするんや。姐さんはまだ若いんやから堅気に嫁ぐこともできるやろ?」

「藤島、鬼頭にも姐が必要よねえ?優希君の婚活、苦労してるんじゃないの?」

(もしかして・・・知ってる?)

伊吹と龍之介は顔を見合わせた。

「あ、木村、お前んとこの頼みの内容は把握した、この後は春日と話すから引き取れ」

龍之介の言葉に、不安の色を見せながら、留美子に促されて木村は一礼して部屋を出た。

「さすが8代目、機転きくわね」

ようやく留美子は話ができると、身を乗り出してきた。

「何を企んでるんですか?女帝」

伊吹は苦笑した。そうだ、知らないはずがない。

彼女はこの業界のすべての情報を掌握していて、どの組にも属さず、裏を牛耳っているということは皆の知る事実だ。

「優希君もいる席で相談したいんだけど・・・今はいないわね?吹田あたりでデートかな?」

やはり・・・留美子は達彦の事まで知っているのだ。

「いや、前もって聞いとこうか。どういうつもりや」

「由佳さん・・・姐さんだけど、昭一君の忘れ形見を身篭っていてね、その子に組継がせたいと言うんだけど」

「後ろ盾がないと、その子が大きくなるまで組の存亡は難しいちゅうことですね」

そう、留美子は頷く。もともと無理な話である。

「ほら〜優希君が貰ってくれたら姐と跡取り一気にゲット出来るわよ」

はあ・・・龍之介は言葉をなくした。あまりにも無理矢理な話ではないか。

「ウチはそれで利益があるとして、その・・・由佳さんは好きでもない男と愛情のない結婚をせなあかんという事ですけど?」

「利益あるわよ〜藤島。生まれた子を組長にしたい、これが彼女の願い。あ、女の子だったら婿養子とって姐にしても可。

さらに再婚する気無い」

「再婚する気ない女と、どうやって結婚するんですか?」

「だから、契約結婚。由佳さんは夫はいらない。優希君は妻がいらない。姐と跡継ぎ引き取ればいいだけよ」

それこそ、本人抜きでする話ではないのではないか・・・龍之介は脱力した。

「鬼頭のOKもらってからでしか話せないでしょ?こんな話。だいたい、9代目次ぐ鬼頭のぼんが男と交際中で、しかも相手は

吹田署の署長。これ、トップシークレットじゃないの?あ、安心して、これは私しか知らない事実だから」

やはり知ってた・・・伊吹と龍之介はフリーズしたまま言葉もなく佇んでいた。

 

 

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