転勤4

 

 

「組長、子組から来た情報ですけど、昔、ウチに来て土下座カマしていったサツ、今、吹田におるそうですよ」

今では昇進して、若い衆をまとめている高坂が昨日収集した情報を、朝、伊吹と同伴出勤してきた龍之介に伝えた。

「土下座て・・・八神さんの事か?」

伊吹の問いに大きく頷く高坂。

「なんか、警視総監の息子で、ぼんの大学の先輩やったとかいう、例のメガネかけた綺麗なサツです」

「よう覚えてるな、お前」

龍之介は呆れる。まあ、ヤクザに土下座で謝る警察など、忘れようとしても忘れられないが。

「で、吹田で何しとるんや」

応接室に向かいつつ、龍之介は一番気になることを訊く。

ヤクザの噂になっているということは、達彦は昨日初めて大阪に現れたのではないだろう。

もうすでに1ヶ月近く滞在していると見た。

応接室のソファーに腰掛ける龍之介に、聡子が紅茶を入れてきた。

「お帰りなさい、朝食はお済みですか?」

組員たちの朝食は既に済んでいる。

「ああ、済ませた。今日は外回り無いから、ここで昼飯食うで」

「はい」

伊吹と高坂にも紅茶を出して、聡子は部屋を出る。

「あ、話の続き」

カップを手に取り、龍之介は向い側に座っている高坂を促す。

「それがですね、驚いたらあきませんで?なんと署長やってるんですわ」

「吹田署の署長か?」

伊吹の言葉に、再び高坂は大きく頷く。

「あの若さで署長ですよ?」

「まあ、キャリアやからなあ。警視クラスやったらなれへん事はないけど」

伊吹の言葉に頷きつつ、龍之介はふと気になる。

「でも、東京にいた人がなんでいきなり地方に回されたんや?それ左遷か?」

「組長それないですわ。警視総監の息子なんでしょ?」

大笑いする高坂の目の前で、龍之介と伊吹は笑えないまま考え込む。

「あんまり、土下座の事とか、警視総監の息子とか触れ回るなよ。先方が仕事しにくいやろうからな。

堅気に迷惑かけたらあかん」

 「はい、この話も組長の耳にだけ入れとくつもりでしたから」

「ああ、そうしといてくれ」

一礼して 部屋を出てゆく高坂の背中に、龍之介はそう告げる。

「しかし、署長で大坂赴任ですか・・・いいのか悪いのか判りませんねえ」

遠距離を脱出したのはいいが、色々噂にもなりかねない。これからは慎重にならざるをえないではないか。

さらに優希は鬼頭の9代目の襲名を控えている。さらに9代目を継いだ暁には・・・考えると頭痛がしてきそうである。

「でも、組長、なんでわざわざ地方にキャリア赴任させたんでしょうね。しかも警視総監の息子やったら将来はそれなりに

官僚になる人材と違うんですか?」

「もしかしてバレてるんとちゃうか?最愛の人と離れ離れなのを見かねて実父が息子を大阪に送った」

まさか・・・伊吹は首を振る。そんなことはありえない。

第一、警察官、しかもキャリアとヤクザの跡取りとの交際を認められるはずがない。

下手をすると、息子のスキャンダルに巻き込まれて自分の立場も危ういというのに・・・

「ないか?現に俺らは既に認めてるやないか?」

「ヤクザの側とサツの側では事情が違うでしょう」

そうかもしれない。負うリスクは達彦のほうがはるかに大きいだろう。

 しかし、優希と達彦ならば、どんな試練でも乗り越えていけそうな気がした。それぼどの覚悟をしての交際であることを

伊吹は知っている。

 「まあ、ぼんの話では警視さん、辞職も覚悟してるいう事ですから、左遷でもなんでも受け入れて大阪に来たかも

しれませんけどねぇ」

「辞職したら、ウチに入れるか?ハジキはオリンピック級の腕前やそうやし」

「組長・・・」

伊吹は呆れ顔で手持ちの書類ケースから書類を出すと、作業を始めた。今日中に仕上げないとならないものが多すぎて

外回りは明日に回したのだ。

「無理か?」

「そやから、警視総監の息子やと言うてるでしょう?ヤクザと恋仲というのより、もっと問題になりますよ?」

ああ・・・頷きつつ龍之介が上着の内ポケットから煙草を取り出して咥えると、伊吹がライターを取り出し、火をつけた。

「襲名前に、色々ややこしい問題も抱えてますからねえ・・・」

書類の山の中から見合い写真の束を振り分け、横に置く伊吹を横目で見つめつつ、龍之介は昔、伊吹に見合いを

勧められた時の事を思い出した。

「それ見ると嫌な気分になるな」

ははは・・・笑いながら伊吹は書類から目を離さずに、右手で電卓を打ち続ける。

最愛の伊吹から見合いを勧められ、これで自分たちも終わるのかと絶望した昔の自分・・・聡子と会い初めてからの

複雑な三角関係・・・思えばあの時が一番の危機だったかもしれない。

「聡子みたいな女はおらんからな。優希も苦労するな」

「組長は、ええ奥さんに恵まれた幸運な人なんですよ」

結婚前にいろ(情夫)がいて、しかもそれが男、組の中では側近という立場・・・

これを理解して認める姐など、どこにいるだろうか。しかも今でも、伊吹宅に定期的に龍之介を送り出している。

「見合いは、せなあかんのか?その時、警視さんの事、何て説明しよう?」

あの調子では、優希は恋愛結婚は無理である。よって見合いは必然だ。

「あの頃の先代と島津の兄さんの苦労が身に染みてわかりますね・・・」

今は亡き鬼頭の伝説の幹部、島津信康と、今は郊外に屋敷を立てて隠居生活をしている龍之介の実父、鬼頭哲三の苦労を

伊吹は思い図る。

「心配かけたなあ・・・俺ら」

ふうーと天井を見上げて紫煙を吐く龍之介を横目で見つつ、伊吹は頷く。

「はい、あの頃は私らも、必死ででそこまで考えられませんでしたけどねえ」

それはどんな試煉にも屈する事無く、全力で乗り越えてきた証でもあるのだが・・・

「あの頃のツケが回ってきたんか・・・親不孝の連鎖かなぁ」

 まさか・・・苦笑しながら伊吹は処理済みの書類を龍之介に手渡す。渡された書類を龍之介は確信しつつ、捺印する。

「組長は、ええお父さんやし、ぼんも真っ直ぐに育ってますよ」

優希はこの業界では、父親以上の器と言われている。それが龍之介の自慢でもあった。が、改めて伊吹にそう言われると

照れくさくて俯いてしまう。

そんな龍之介の頬からうなじにかけてのラインに、伊吹は昔の微少年の面影を見出すのだ。

少年、青年、そして男、父親へと成長していく姿をいつも隣で見守りながら、守り育て、愛おしみ、すべてを捧げて来た・・・

「おい」

伊吹に見つめられて、さら照れた龍之介が、困り顔で声をかける。

「やはり、私は貴方が好きなんやなあと実感していました」

「あほぉ」

滅多にない、伊吹の愛の告白に龍之介は照れまくる。

「夕べ実感したやろう?」

「いいえ、昨夜は実感する余裕もなかったんで。この歳になっても、まだまだ貴方に翻弄されて、情ないですね」

「それ以上言うと恥ずかしいから、やめんかい」

と灰皿で煙草の火を消すと、照れがマックスに達した龍之介は伊吹から顔を逸らす。

その時、携帯が突然鳴り出し、龍之介は内ポケットから携帯を取り出すと、優希からの電話であることを確認した。

「あ、その吹田署の署長の話は、さっき高坂から聞いたぞ。まあ、詳しいことは帰ってからや、今日は休暇やるさかい夜帰ってこい」

短い会話で電話を切り、龍之介は携帯をテーブルに置く。

「せっかくの再会やから、今日はまったりさせたろうと思うんや」

と何も無かったかのように、再び書類を手にする龍之介に伊吹は微笑んだ。

「そうですね」

とりあえず、遠距離から脱出したことを祝ってやりたい伊吹だった。

 

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