転勤3

喉の渇きを覚えて、龍之介はベッドから起き上がり、サイドテーブルの水差しのコップに水を注ぐ。

月明かりの差し込む薄明かりの中、全身を覆う気だるさをしみじみと味わいつつ、ゴクゴクと水を飲み干す。

久しぶりの伊吹の寝室は第2の自宅。組の誰もが遠慮して訪れないこの部屋に、自分だけが出入り自由なのだ。

二杯目の水をコツプに注ぎつつ、横を見ると伊吹が起き上がり、パジャマを着ているところだった。

「おい、何着てるんや?」

「いえ、寝るときはパジャマでしょう?」

これは初めて結ばれた夜からであるが、事が終わると伊吹は必ずパジャマを着る。

世間一般ではあるらしい、ヤリ疲れて裸のまま寝てしまったなどという事が、彼には一度もない。

しかも、あろうことか、”ヤリ疲れて裸のまま寝てしまった”龍之介にも、わざわざ着せてくれているという徹底ぶりである。

「それは、2回戦を拒否してると見てええのか?」

久しぶりの逢瀬で、済むなりいきなり服を着られるのは流石に辛い龍之介だった。

「いえ、そう言う意味では・・・なんか、服着てないと落ち着かんのです」

伊吹は28歳の頃から少しも変わってはいない。確かにヤクザという職業柄、いつも戦闘体勢に居なければならず

無防備な姿を人前に晒す事は死を意味する。が・・・

「着たり脱いだり、面倒くさないか?それとも俺に脱がして欲しいんか?」

水分補給を終えて、龍之介はコツプを水差しの脇に置き、伊吹に向き直る。

パジャマの上着を羽織り、ボタンをかけそこねた伊吹は苦笑して、頭に手をやる。

「というか、もうお見せできるような体型でもないし、見苦しいんで」

「嫌味か?それ」

「いえ、龍さんは昔と少しも変わらんのに、私はあちこち衰えてますから」

それが嫌味だというのだ。龍之介はため息をつく。

伊吹は決して体型を崩してはいない。年を追うごとに体力の衰えを意識してか、筋力トレーニングは欠かさない。

それはいつでも、どんな時でも、龍之介を守るためである。そのためか、50代でもハリのある体型を維持しているのだ。

おかげで龍之介も、加齢による中年太りには充分気をつけ、腹部の肥満などは死ぬほど気をつけている。

負けるものか・・・そんな意地で体型を保っていた。

「ああ、それはそうと、土下座の警視さんなあ、大阪に来てるで?」

「八神さんですか?」

話が見えないまま、伊吹は首をかしげる。

「家を出る時、優希にばったり会うてな、これから会いに行くとか言うとった。出張か、なんかかな?」

「まさか、警察辞めたとか?」

え・・・伊吹の言葉に不安になりつつも、龍之介は笑い飛ばした。

「まあ、会えたんやからええやろ。詳しい事情は明日、優希に聞くことにして、とりあえず俺らは、優希に遠慮することなく

いちゃつけるという事で・・・水、飲むか?」

曖昧に頷く伊吹に、龍之介は水差しの水を注いだコップを差し出す。

「あ、すいません」

受けとろうとする伊吹からコップを奪い、龍之介は水を自らの口に含む。

あっというまに、伊吹は龍之介から口移しに水を与えられていた。

「あ、ちょっとこぼれたか?パジャマ濡れたなあ」

口元から滴った水滴が伊吹のパジャマの胸元を濡らしていた。

「これは脱いだほうがええぞ?」

さっき着たばかりのパジャマを、龍之介に脱がされるハメになった伊吹は、苦笑したまま、龍之介を組み敷いた。

「達彦さん、痩せたでしょう?」

達彦を腕枕していた優希が、ふと思い出したようにつぶやいた。

久しぶりに肌を合わせた達彦の身体全体が、心なしか骨ばっていたのが、優希は気になった。

「え?まさか」

自分では気づかないものだ。達彦は優希の肩に乗せた自分の頭を動かして優希を見上げる。

「また、適当な食生活してたんですね。全く、俺がおらへんとあかんなあ」

はははは・・・優希のオカンな口調に笑いが漏れる。

「でも、母が時々、夕食作りに来てくれてたんですけどね」

「美和子さんが・・・心配かけましたね、俺ら」

はい。静かに達彦は頷く。親不孝は重々承知だ。

「すみません、これからは達彦さんが痩せ細るような事だけは無いように気をつけますんで。あ、食いたいもんあったら

言うて下さい。作りますから」

優希の言葉に、そっと達彦は自らの指を優希の指に絡める。

「一番食べたかったものは、先ほどいただいたので・・・」

「ああ、コンビニのスイーツでしたか?それやったら、あっちにもあるでしょう?」

いいえ・・・達彦はそっと、優希の胸の上に頭をのせる。

優希の鼓動がかすかに聞こえて、今、この時を最愛の人と共有しているという実感が湧いてくる。

「じやなくて、ついさっき・・・でも、まだ足りないみたいなんで、おかわりしてもいいですか?」

迫ってくる達彦の顔に、優希は戸惑いつつも、その体を受け止める。

「どないしたんですか?今日は、なんか積極的ですね」

「限界が来てたのは、優君だけじゃないんですよ。ほとんど毎晩だったのが、いきなり長距離なんてキツイですよ〜本音はね」

ー八神警視は、淡白そうに見えますけど・・・週3とか可能なんですか?ー

いつか、伊吹がそんな事を言っていた事を思い出して、優希は考え込んだ。

「見かけによらずタフなんですか?達彦さんって。つーか、清純なフリしてエロいんかな」

「そんな私は嫌いですか?」

拗ねるように唇を重ねてくる達彦に、優希は笑いがこみ上げてくる。

「いいえ、ただ・・・そんな風におねだりされると、俺、本気出しそうで怖いんです」

「いいですよ?本気出しても」

「え?今晩寝られませんよ?ええんですか?」

冗談交じりの優希に対して、達彦は大真面目に答えてくる。

「いいですよ。明日は非番ですから」

(いや、マジでタフやで、この人は・・・)

優希は言葉が出ない。

「あ、それは俺がもたんかも」

「いいですよ、隣で眠れるだけでも幸せなんですから。でもとりあえず、あと1回は出来そうですよね」

達彦はいつもの爽やかな笑顔で、優希の下肢を指摘する。

「達彦さん、キャラが変わってますよ」

「でも、さっきから何か硬いものが当たって気になるし」

それはお互い様だと言いたい優希だった。

「警察官がそんな下品な事、言うてええんですか?」

「警察官も人間ですから〜」

どういうこと?あまりに無邪気な達彦の理屈に優希は言葉がなかった。

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