分岐点5

 

 

初めて優希は伊吹のマンションを訪れた。

ー一緒に飲みませんか?−

そう誘われ、伊吹が鬼頭から退勤する時、一緒に帰ってきた。

基本的には、ここは龍之介以外は立ち寄らない。皆、邪魔すまいと避けている。組長と側近の愛の巣であった。

正直、部屋に入った優希自身も戸惑っている。

時々、父親がいろ(情夫)と逢うその領域に、息子の自分が立ち入っている・・・

それでも、幼い頃は伊吹の家に行きたがったものだ。何も知らなかった頃は・・・

「ぼん、あんまり余計な詮索とか、想像とか、せんといてくださいね。私が辛いんで・・・」

洋酒とつまみをトレイにのせて、伊吹はリビングのソファーの前のテーブルに置く。

「今日は気楽にソファーで飲みましょう」

そういって水割りを作っている・・・

「下戸のお前が、どういう魂胆で俺をここに連れて来たんや?」

酒を飲む事が、目的で無い事は確かだった・・・

「ああ・・・組長抜きで話がしたかったんです」

優希もそんな気がしていた。というより、実は優希自身、伊吹と話がしたかったのかもしれない。

「なかなか、本音を吐く場所がぼんには無いようやし・・・」

と水割りのグラスを差し出され、優希は受け取りつつ、苦笑した。

「ばれてたか?」

「ぼんは組長にそっくりですから・・・」

「親子2代で世話になるなあ・・・」

はははは・・・優希の言葉に伊吹は大笑いする。

「まあ、何ぼでも愚痴聞きますさかい、酒は・・・飲みたかったら飲んで、飲みたなかったら飲まんでもええですよ」

事実、伊吹は優希につきあう程度で、本腰入れて飲むつもりは無いらしい。

「正直、嫁貰う自信ないんやけど・・・」

先日、東京に出張して、達彦と話した内容を優希は語りだした。

伊吹は黙って聞いていたが、だんだん昔を懐かしむように遠い目になっていった。

「当時の組長も、そうでした。おまけに私に見合い勧められて、心穏やかや無かったですよ」

それは・・・優希は絶句した。それはあまりに辛すぎる・・・

「それでも、伊吹の立場上、勧めるしかなかったんやろ?」

はい・・頷いて伊吹は、一息つく。

「正直、あの頃は不安で、先が見えへん状態で・・・しんどかったです。そやから、ぼんも今、しんどいやろうなあ・・・って」

「達彦さんには感謝してるよ。鬼頭継ぐ事を認めてくれて、大阪に送り出してくれる・・・遠距離でたまにしか逢えへんのにな。

それでも、行くなとか言わへん・・・そやから、余計に、そんな達彦さんの事、裏切られへんのや」

その気持ちは、伊吹にも痛いほどわかる。相手を大切に思えば思うほど、自分が苦しくなる・・・

しかし、優希には自分の道を曲げて欲しくは無かった。

「確かに、親父にはこんな事、聞かされへん。余計苦しめるからな。それに俺も鬼頭の跡取りや、弱音吐かれへんし」

伊吹は微笑みつつ、優希のグラスに酒を注いだ。

「私には弱音、吐いてええですよ。私はオカンですから」

昔から優希は、聡子にも、龍之介にも言えない事を伊吹にだけ、打ち明けてきた。

それを知りつつ、龍之介は見て見ぬふりをして伊吹に任せて来た。

「焦らんと、ゆっくり決めたらええです。私にはそれしかアドバイスできませんけど。ただ、最愛の人の手は放したらあきませんよ」

ああ・・・優希もそう思う。きっと後悔すると思うから・・・

「でも遠距離で、ほんまに大丈夫なんですか・・・」

「大丈夫とか言うたら嘘やろうけど。今のところ、方法無いからなあ・・・」

「ぼんは我慢強いですね。組長は3日と持ちませんよ?」

ああ・・・優希は笑う。

「親父は、そうやろうなあ・・・って、お前ら、隠れてこそこそいちゃついとんか?」

お泊りは週一程度・・・3日とは・・・・そんな優希の問いに伊吹は穏やかな笑顔でスルーする。

多分、今まで事件のたびに達彦は署に止まりこみ、連絡も取れないまま、不安な時を過ごしてきた。

そんな訓練の賜物なのかも知れない。

「俺は信じてるよ。自分の選択とか、達彦さんの事とか、これからの事とか・・・そやから、頑張れる」

少し、どこか龍之介に似た笑顔で、優希はそう言った。

愛する人の息子は、最愛を得て独り立ちしたのだと伊吹は思う。

伊吹と結ばれて、龍之介が強くなれたように、優希も達彦のお陰で強くなれるのだろう。

ほんまに・・・伊吹はため息をつく。

「私が、ぼんにしてあげられるのは愚痴聞く事くらいなんですねえ・・・もう、そんな事しかしてあげられへんのですねえ」

嬉しいような、寂しいような複雑な感情がこみ上げてくる。

「それが一番大事な事や。泥吐くとこくらい俺に残しといてや」

頷きながら、伊吹は立ち上がる。

「さあ、もう遅いから・・・ぼん、泊まっていきますか?」

「え・・・寝室に俺を入れる気か?」

はははは・・・伊吹は肩を揺らして笑う。

「それは、さすがにぼんでも無理です。そっちの部屋・・・布団敷きますさかい」

「隣に寝てくれるか?昔みたいに添い寝・・・」

はい。頷いて伊吹は布団を敷きに部屋に入る。

「組長には、この事、内緒ですよ」

「なんか、そんな事言うたら、不倫してるみたいで緊張するやんか?」

布団敷きを手伝う為、優希も部屋に入る。

「ぼんは知らんから・・・昔、私と組長の仲を知った南原が、私に泣きついて来た事があるんですけど、それ見て組長、長い間

南原の事を目の敵にしてたんですよ・・・」

「え?若頭が?今、ちゃんと嫁もおるやんか・・」

「そやから、もう昔の話です。私の肩の刀傷、南原を庇うて出来たんですけどね、これも組長には微妙で・・・」

あ〜あ〜優希は呆れる。

「ごちそうさん。いつまでもラブラブでええなあ〜」

「いや・・・そういう意味やのうて・・・」

判った判った・・・・優希も伊吹も、大笑いしながら布団を敷く。

伊吹を独り占めできる優越感を感じつつ、優希は子供の頃に帰って浮かれていた。

 

 

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