分岐点3
外回りから帰ってきた龍之介と伊吹、優希に聡子は、お茶を差し出す。
「お疲れ様、優希は慣れない外回り大変ね・・・」
今のうちから、顔見せにあちこち連れまわされている優希は、しっかり者と言われ、期待されている。
「ほんまに、ぼん・・・ええんですか?」
達彦と離れ離れでいる優希が、伊吹は心配でたまらない。
「毎日メールしてるし・・・」
「メールで満足なんか?」
父の指摘に苦笑しつつ、優希は紅茶を飲む。
「心は繋がってるからな〜久しぶりに会えた時の感動は、なんとも言えんもんがあるし」
(もしかして、こいつ、俺より大人?)
息子の達観した意見に、龍之介は不安になる。
「それより、外回りしてたら色々見合いの申し込みが来るんやけど・・・」
ウチの娘どうか?・・・・あそこの組の嬢さんは適齢期なんだが、世話してやろうか・・・
そんな話が行く先々で出てくる。
「姐さんくらいええ人、見つかるとええんですけどね」
伊吹は、笑いつつ言うが、これは内心、切実な願いであった。
「めったにおらんな〜」
龍之介も笑ってはいるが、内心深刻である。
襲名を決意した時点で、もれなく結婚が付いてくる。知ってはいたが、優希自身も不安を隠せないでいる。
「ちょいと部屋で休むわ。用事あったら呼んでくれ」
優希は立ち上がり、2階に上がっていった。
「優希、大丈夫かしらね・・・プレッシャー感じてなきゃ良いけど」
カップを片付けながら聡子は呟く。
いくら優希自身が選んだ道とはいえ、いきなりあれこれと肩に圧し掛かってしている感じが否めない。
「連れ回すの控えようか・・・」
龍之介も正直、心配である。思いのほか、あちこちの組で人気があるのが、かえってよくない。
ー鬼頭のぼんはなかなかしっかりしてるー ー親父さんより上かも知れんで・・・−
−なかなかええ男っぷりやな・・・ウチの婿になってくれへんかー
期待されすぎで可哀想なくらいだった。
「俺くらい襲名前が絶望的やと、ハードル低うて楽々なんやけどなあ」
「組長、それは自慢ちゃいます・・・」
苦笑しながら伊吹も立ち上がる。
「まあな、その代わり、ここまでよう育て上げたとかなんとか、お前はべた褒めされてたよな」
龍之介の襲名は伊吹の手柄であった。まあ、それには異論は無いのだけれど。
「すみません、紀子んとこ寄ってから、そのまま帰りますんで」
そう言って退勤する伊吹の背中を見つめつつ、龍之介はため息をつく。
「あの兄妹、仲ええな・・・つーか、義弟とも仲ええけどな」
「寂しいですか?龍之介さん?」
聡子が微笑みかける。
「まあ、いつもの嫉妬や」
自分も、優希も兄弟姉妹がいない。そんな優希に少しだけ、申し訳ない思いが過ぎった・・・
(優希は寂しいんかな・・・)
龍之介には兄代わりの伊吹がいた。5歳の時からずっと一緒で、独り占め状態であったので、寂しい思いは無かった。
それが、突然現れた生き別れの実の妹に取られた気分・・・
今現在、伊吹とは兄弟以上の関係であるにもかかわらず、嫉妬心はどうしょうもない。
「でも、優希、無理してないか心配ですわ」
聡子にも、優希のやせ我慢は伝わってくる。
「まあ・・・無理はしとるなあ。それでも、あいつにとって鬼頭は大事なんや。アホやな」
強制したわけではない、かえって優希の事を思い、組を畳むか、他のものに託すか・・・そんな事を考えていたのだ。
「それは、優希が今までここで、幸せに暮らした証拠なんですよね・・・」
うん・・・龍之介は頷く。
世間的にはアウトローな家系に生まれたが、複雑な家庭環境にもめげず、笑いながら暮らしてきた。
優希は龍之介も聡子も、伊吹も大好きで、組の者からは”ぼん”と大事に扱われてきた・・・
それは最愛の人が現れても変わらないのだ。
「母親の教育が良かったんやな・・・感謝してる」
龍之介の向かいに座りつつ、聡子は笑う。
「伊吹さんのお陰かも知れませんよ?」
ある程度大きくなってからは、優希は伊吹に何でも相談していた。
「それもあるけどな。つーか、俺は全然役立たずやな」
「そうでもないですよ。優希は龍之介さんの背中を見てここまで来たんですよ。親父みたいになりたいって」
確かにいろんな意味で、ライバルではある。
「なんにしても、優希はいい子です」
聡子の言葉の中には切ない響きが宿っていた。
聡子は優希と達彦の事を、うすうす感づいてはいたが、マジナトール皇太子の一件で達彦に会い、二人の関係を確信した。
龍之介が打ち明けるまでもなく、覚悟を決めており、優希の部屋に来た達彦を見て、かえって安心したと言う。
「すまん」
「いきなりなんですか」
龍之介の言葉に爆笑して聡子は夕食の支度に立ち上がった。
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