分岐点2
今居和夫署長が警視庁に報告に呼ばれ、達彦が一人留守を預かっている時、副署長室に慎吾が訪ねて来た。
「珍しいですね、町田署の署長が直々にお越しとは」
笑いながらコーヒーを入れて差し出す。
「警視庁に行った帰りに寄ったんだ。今居署長は八神警視正に捕まってお茶してるから、今行けばお前一人だと思って来た」
「お兄さんが・・・ああ、うちの署長はお兄さんの上司だった事があるみたいで・・・それでですね」
何日か前に達彦は、犯人逮捕の際に格闘して腕を骨折した俊介を、警察病院に見舞いに行った事を思い出した。
「俊介君、退院したんでしょう?どうですか・・・」
「達彦が来たと聞いて驚いたよ。俊介は喜んでいたけどな」
俊介に嫌われているかと思っていた達彦は、少し安心したように笑った。
「嫌われてないんですね、私は」
ああ・・・慎吾は苦笑する。
「もう、大丈夫だ。全部白状させられて、今はお前だけだと告白したからな」
「なんだか・・・私の知らない慎吾君の秘密まで、彼は知っているって?」
「恥の全てを晒したからな・・・」
元来、三浦慎吾という男は自分の不利になるような事を、他人に晒すようなことはしない。
完璧主義で、スタイリストで、弱みの欠片もない男で通っていた。
「それでも好きなんだ・・・慎吾君が。本物ですね彼」
というか、完璧な男が誰にも言えない恥を自分に晒した時点でやはり、自分は彼にとって特別なのだと自覚せざるを得ないだろう。
「私には決して、弱み見せなかったですよね・・・慎吾君は」
コーヒーカップを取って達彦は一口飲んだ。
「見せられなかったな・・・弱み。お前の前では完璧でいたかったから」
「じゃ、俊介君には?」
「俊介の前では、自然体でいたい。あいつが俺に自分の全てを与えた時、俺はあいつの一部になった。隠し事なんて無意味なんだ」
え・・・達彦は一瞬目を伏せて、困ったように口元に手を当てた。
「達彦?」
「いえ、私には刺激が強いお話ですね」
「おい!勘違いするな!精神的なたとえだからな、あくまで・・・」
しかし、その後、気まずい沈黙が流れた。
「ところで、遠距離恋愛になるとかって・・・」
「今、優君、大阪なんですよね。襲名準備で」
交通事故で入院したのがきっかけで、龍之介も色々考えたらしい。
出来れば、自分が助けられる間に襲名させたい。自分に何かあってからでは、優希が一人で苦労する事になると考えたのだ。
「大丈夫なのか?お前・・・遠距離だけの問題じゃないだろう?やくざの息子と交際、というのと、やくざの組長と交際というのは
かなりの差があるんだぞ?」
「問題があるのは最初から判っていたし、それでも離れられないんだから仕方ないんですよ。そりゃ、慎吾君みたいに
同業者だったら、どんなに良かったか判りませんけどね・・・」
「鬼頭優希も、もうちょっとお前の事考えたらいいのにな・・・言ってやろうか?」
いいえ・・・達彦は 笑って首を振る。
「私が望んで送り出した事なので・・・好きなんですよ、私は。鬼頭も・・・鬼頭組にいる優君も」
そんな・・・慎吾は悲しげな目を伏せた。
「未来の警視総監と副総監は、慎吾君と俊介君が担ってくれるから、私は安心してエリートコースから落ちこぼれる事が
出来ます。もともと、ガラじゃ無かったですしね」
負け惜しみではない、正直な達彦の本音・・・初めから、慎吾と達彦の道は別れていたのだ。
「それでいいのか?お前は」
「優君が私を好きでいてくれるなら、何も恐れる事はありませんよ。一番怖いのは優君を失う事なんですから」
その気持ちは慎吾にも判る。だから、見守る事しか出来ないが、何か力になりたいと思うのだ。
「たまに、鬼頭商事の視察に上京しますから、全然逢えない訳じゃないしね」
はあ・・・ため息と共に慎吾は立ち上がった。そして、ドアを出る前にふと立ち止まった。
「あ、お前、署長に就く気は無いか?」
突然何を言い出すのか、達彦は答えに困る。
「今日の警視庁の会議で出た話なんだが、適任者いないかと・・・まだここに就任して間もないから、どうかと思って
何も言わないままだったんだが、大阪府警で空きが出てな。大阪という事で、達彦の事が思い浮かんだんだが・・・」
「県警本部の本部長は、警視監クラスでしょう?無理ですよ」
「何とかならないかな・・・警視総監の息子なんだし・・・」
慎吾らしくない、合理的でない意見に達彦は呆れる。しかし、それほどに自分の事を案じてくれているという事は実感できるが。
「警視正の兄さえスキップしろって言うんですか・・・気持ちだけありがたく受け取ります」
そうか・・・頷いて慎吾はドアを開けて出て行った。
心配してくれる親友がいてくれるだけでも、心強い。たとえ過去に少し色々あったとしても。
(本当に慎吾君、変わったな・・・)
警視としての表面は何一つ変わらない。
相変わらず、弱み知らずで、堂々としていて完璧だ。しかし、人間的な深みや、温もりが備わってきた気がする。
それは、もともとは俊介が持っていたもの・・・・
優希を支えたい、役に立ちたい・・・いつも達彦はそう思う。
自分は優希と出逢って、どんな風に変われたのか・・・
優希は自分と出逢って、どんな風に変わったのか・・・
改めて、そんな事を考えてみたりする。
そして思い出したように第2の携帯を取り出し、優希からのメールを読み返す。
心は繋がっているーそれが信じられる。
(帰ったら優君に電話しよう)
一人微笑んで、第2の携帯の電源を切り、内ポケットにしまった。
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