分岐点1

 

 

 

 ようやく上京した優希と、食後のコーヒーを飲む至福のひと時をしみじみと味わう達彦に、思い出したように優希は長細い箱を差し出す。

「忘れてました、これ親父から」

「何ですか?」

「お土産やて言うてましたけど?」

 帰り際に、伊吹にぽんと渡された。−組長から、八神警視にお土産ですーと・・・

「大阪のお土産と言うと、たこ焼きとかお好み焼きとかじゃないんですか?」

それはお土産ちゃいますよ・・・心で突っ込みを入れる優希。

包みを開けてみると、有名ブランドのネクタイが現れた。

高級ネクタイではあるが、色といいデザインといい、普段使いの上品な仕様だ。

やくざが選んだとは思えない上品さだが、鬼頭龍之介のイメージにはぴったりだ。

やはり、やくざといえども、上層級の組長レベルはどこか違うのだろう。

達彦は龍之介の姿を思い浮かべる・・・装飾品はほとんどつけていない、結婚指輪と、ネクタイピン。

優希の話では、あまりごちゃごちゃつけるとホストに見えるからと、腕時計さえつけないらしい。

唯一装着している結婚指輪は伊吹との物で、ネクタイピンは伊吹から送られた物らしい。

なるべく地味に作っているが上品な仕上がりで、かえって人物の華やかさが際立ってしまっている。

なんとなく、藤島伊吹の好みが反映している感じもしなくないが、伊吹が龍之介の世話役だったのだから

襲名当時、コーディネイトの指導をしていたのだろう。

とにかく、ネクタイに龍之介の人柄がにじみ出ていて、達彦は笑いが漏れる。

「龍之介さんらしいデザインですね」

「それ、やくざっぽいって事ですか?」

心配して聞いてくる優希に大爆笑しつつ、達彦は否定する。

 「逆ですよ。やくざっぽくない所が龍之介さんのキャラじゃないですか。それに・・・これ、シルクでしょ?

なんか、賄賂っぽいですね?」

ええ?優希は眉間にしわを寄せる。

「警察官は、やくざに物貰ったら、法に引っかかるんですか?」

「冗談ですよ。龍之介さんはやくざじゃなくて、私の恋人のお父さんでしょ」

しかし、突然、龍之介が何を考えてこんなプレゼントを達彦にしたのかは謎である。

無言でエールを送っているのだろうか・・・

「まあ、鬼頭の組長から贈られた物なんてレアですよね」

まあ・・・優希は頷く。あまり龍之介が贈り物をするのを見たことが無い。形式的な祝い事を除いては。

「でも、達彦さんに似合う物を選んだみたいですよ。こういうやわらかいスタイル、親父はつけへんし。

結構気ぃ使こうとるなあ・・・」

「私も、これで鬼頭ファミリーに入れたんですね」

「入ったら駄目でしょうが・・・」

はははは・・・

しかし、冗談ではない。

 「そろそろ、優君もこれからの事、考えないといけませんね。襲名とか」

覚悟はしていたが、いざ言葉にすると心が揺らぐ。

 「多分、これから大阪行ったり来たりすると思います。親父も、何かあってからいきなり継がせるより、襲名した俺の

サポートしながら、徐々に引退する事を望んでるんで・・・」

「大丈夫です、それでも。私達は何も変わりませんから」

微笑んで優希の手に自分の手を置いて、達彦はそう言った。

 本当に辛いのは心が離れてしまうこと。だから、何も問題は無い。

自分の我がままを許してくれる達彦が、優希にはありがたい。

「お帰りなさい。今更だけど・・・」

「ただいま・・・」

立ち上がった達彦が、テーブル越しに優希にくちづけた時、久しぶりに会えたときの感動も悪くないと

優希は、そう思ってしまった。

「お土産だけじゃなくて、土産話も色々聞きたいですねえ・・・」

「もうそりゃ色々ありますよ〜特に親父と伊吹のバカップルネタ・・・」

コーヒーカップをかたづけながら、優希は大笑いする。

「優君は、いつも龍之介さんをネタにしますねえ・・・」

達彦は呆れる。なんだかんだ言いながら、龍之介と伊吹は優希にとって理想像なのだろう。

変わらずに相手を思い続ける事は、簡単な事ではない。

こうありたいと思う理想の姿なのだろう・・・

「まあ、その事は寝室でゆっくりしましょう」

そう言うと優希は達彦の手を取る。西洋の騎士がお姫様の手を取るように・・・

初めて逢ったときも、優希は達彦のナイトだった。そして今もそれは変わらない。

「朝までずっと話してそうですね」

くすくす笑いながら、達彦は優希に連れられて、寝室に入る。

「それは無いでしょう?久しぶりに会えたのに」

拗ねたような表情で優希は達彦を抱き上げて、ベッドに連れてゆく。

「じゃ・・・話は?」

ベッドの上で、達彦は優希を見上げる。

「話は後で。とりあえず・・5日分の愛情を交わすという事で・・・」

のしかかられて、倒れた達彦は優希を見つめる。逢えない間、思い描いていた優希の面影はそのままだったという事に

心のどこか安堵している。

「逢いたかった・・・」

心のどこかで一緒にいる感覚はある。でも、こうして抱きしめられたかった。少し微笑んで、優希の首に

達彦は両腕をかけ、引き寄せる。

「俺もです」

達彦の首筋に顔を埋めて、優希は遠距離恋愛の覚悟を決めた。しかしそれは同時に達彦への試練を意味するのだ。

「ごめんなさい」

え?

上げられた達彦の瞳に笑いかける。

「鬼頭を選んだ事・・・」

「私も・・・好きですよ。鬼頭が。鬼頭にいる優君が一番、優君らしいと思うし」

自分のために進む道を曲げては欲しくない。たとえ離れ離れになったとしても・・・それが、達彦の願いだった。

 

 

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