叶う想い、叶わない想い 6
三田署から退勤して、達彦が部屋の鍵を開けると、美和子が食事の準備をしていた。
「お母さん・・・」
「たまにしか来れなくてごめんね。優希君が実家に戻ってるって聞いて、ちゃんと食べてるか心配で・・・」
いつか電話で、チラリと話した事を覚えていた・・・達彦は母の偉大さを知った。
「優希君からも電話あったの、しばらく帰れないから、達ちゃんの食事が心配だって・・・・」
優君・・・・達彦は呆れる。
「でもどうして、優君の部屋の方に来てるんですか?私が自分の部屋でなくて優君の部屋に帰ってくる事、知ってました?」
「なんとなくね・・・だって、もう、ここが達ちゃんの帰るところになっちゃってる感じしたから」
母は侮れない・・・達彦は苦笑する。
「私も忙しいから、本当にたまにしか来れないわよ?日持ちのするおかず置いていくけど、後は自分でちゃんと食べてね?」
「はい、忙しいところすみません。少年課の課長様・・・・」
そういって、着替えに部屋に入り、普段着で出てくると、テーブルに夕食がセッティングされていた。
「いいんですか?家の方、ほったからしで?」
席について箸を取りつつ、達彦は笑う。
「真希さんいてくれるから。家政婦さんと二人、家事は全てしてくれている。良妻賢母よね・・・」
笑いつつ、しばらく食事して、ふと、美和子は思い出したように言う。
「優希君・・・今回、鬼頭継ぐとか、そんな話出てない?」
ああ・・・達彦は頷く。鬼頭龍之介の交通事故での入院・・・幸い、たいした事故では無かったと、知らせが来たが
大阪の鬼頭に帰省したついでに、そんな話が出てもおかしくは無い。
「そういう事もあります」
「じゃあ、長距離恋愛になるの・・・・」
「そうですね」
大阪で再会し、東京で再び会えた事だけでも実は奇跡なのだ。そして優希自身、鬼頭を継ぐ事を、すでに達彦にも話していた・・・・
「判っていた事だから・・・なんとも無いですよ〜」
そう?・・・美和子は寂しげに頷く。
「でも、時々、鬼頭商事東京支店に定期巡回に来るから、その時に会えます」
「達ちゃんも、なかなか険しい道を行くわねえ・・・・」
「でも、優君が鬼頭を捨てられない事、判る気がするんです。私も結構好きなんですよ。やくざなのにね・・・」
土下座事件で組長の龍之介に気に入られた達彦は、自分自身も、龍之介や藤島伊吹の人柄に惹かれていた。
そんな鬼頭で優希は育ってきたのだ・・・・
「僕自身も、これからどうなるか判りませんが、優君に負けないくらい頑張りたいなと思っています」
美和子は苦笑する。慎吾の所は同居中と聞く・・・同じ警察官で、同じキャリアで、達彦の所と比べれば、はるかに無難で
安泰だ。
「お父さんね、慎吾君と話してきたの。つい最近ね・・・・」
「同居中の・・・後輩君の事で・・・ですか?」
うん・・・・頷く母に、達彦は胸騒ぎがした。
「ああ・・・誤解しないのよ、反対とかしてないから。むしろ、色々気を使ってどちらかが身を引いたりしないか、それを心配してね」
ほっ・・・・安堵した達彦を見て、美和子は大笑いした。
「なあに?自分の事のように心配したりして・・・・」
「慎吾君とは色々あったけど、むしろその分、最愛の人と幸せになって欲しいと思っているんですよ。一度会った事あるんですが
相手の人は、とても可愛い、いい人ですよ。お父さんと三浦のおじさんの友人の息子さんなんですってね」
美和子は笑って食べ終わった食器を片付け、キッチンでコーヒーを入れて持ってきた。
「特に進さんがもう、我が子のように可愛がっていたのよ・・・不思議な因縁ね」
コーヒーを受け取ると、達彦も笑う・・・・・
「本当に、まっすぐでいい人ですよ。慎吾君も最近、生き生きして・・・・いままでどこか満たされない感がありましたからね・・・」
半分は自分のせいだという自覚は達彦にある。しかし、慎吾とはやはり友人で終わる因縁だったのだ。
「お父さんも、稲葉俊介君に会いたがってはいるのだけど・・・進さんに気を使ってしまってね・・・進さんたら、彼が上京する前から
時間さえあれば会いに行ってたし、今でもこっそり定期的に会っているらしいの」
「あの堅物のおじさんに、そんな一面があったなんて・・・」
「あら、それどころじゃないわよ?”俊ちゃん、俊ちゃん〜”って幼稚園の保母さん並みの可愛がりようよ?」
え・・・・想像できない・・・・達彦は言葉をなくした。
「きっと慎吾君にも、そんな姿見せた事、無かったでしょうね・・・」
幼い頃から慎吾は父から、ちゃん付けで呼ばれた事など無かったと達彦は記憶している。
もっとも、慎吾は幼い頃から、ちゃん付けが似合わない子ではあったが・・・・
「なんかねえ・・・慎吾君のところと比べると、達っちゃんは苦しい道を行ってるな・・・・って」
それは仕方ない事・・・達彦は割り切っていた。
やくざの跡取り息子と知りながらも、鬼頭優希を忘れられず、愛してしまったのだから・・・・
「好きになる人を選べたら、苦労は無いですけど。たまたま好きになったのが大阪のやくざなんだから、しょうがないでしょう?」
極道の妻みたいな事言って・・・・美和子は苦笑した。仕方ないのは百も承知だ。
しかし・・・・やはり見ていて切ないし、苦しかった・・・・
「大丈夫ですよ、私は。ちゃんと思いが叶って、優君と相思相愛だし、周りは幸い反対していない。警察も今のところ
追い出されずに続けている・・・・・・鬼頭組でも、私のことは黙認してくれているし・・・・それほど茨道でもないですよ?」
「達ちゃん・・・・」
いつの間にか、ずうずうしく、逞しくなった息子がいる・・・・美和子は呆れて笑い出す・・・・
「叶う事もあれば、叶わない事もあるけれど、物理的条件を除けば、私達は問題ないのでOKとしていいんじゃないですか?」
男同士でなければ・・・・・・達彦が女に生まれていれば・・・・そんな根本的な事を悔やむのは、今更ナンセンスだ。
だから、達彦は無い物ねだりはしない。
それでも諦めず、一生懸命に鬼頭優希を愛している・・・・
おそらく、鬼頭優希も同様なのだろう・・・美和子はふと、そんな事を考える。
だから、父、八神孝也もそんな二人を大事に思うのだろう。
「達ちゃん・・・お母さんが付いてるから・・・応援してるから・・・」
テーブルの上に置かれた達彦の手をそっと握りしめて、美和子はそう微笑んだ。
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