叶う想い、叶わない想い 4
病院の外で達彦に電話して、病室に戻る途中で優希は、喫煙コーナーでタバコを吸う龍之介に出くわした。
「親父・・・せめて、入院中は煙草吸うなよ・・・」
ああ・・・決まり悪げに灰皿で火を消すと、龍之介は優希と歩き出した。
「まあ、親父は患者でもなんでもなからな・・・ほんまは退院出来るんやろ?白状せいよ」
「コーヒー飲むか?」
優希の問いには答えずに、龍之介は自動販売機の前に立つ。
二人だけで話がしたい・・・ということか・・・優希は ああー と短く頷き、休憩コーナーのテーブルに向かう。
コーヒーの紙コップを両手に持ち、龍之介も後を追う。
あれから、交代で聡子と優希、紀子が病室に日替わり出勤していた。
自分の向かい側に腰掛けた優希にコーヒーを差し出し、龍之介も椅子に腰掛ける。
「すまんな、お前ははよ帰りたいやろ・・・」
「いや・・・この状態でそんな・・・」
我侭を言うつもりはない。
「でもな、この機会に襲名の事、具体的に考えてくれへんか?」
「引退考えてるんか?」
まだまだ龍之介には、現役バリバリでいて欲しい優希だった。達彦と離れたくないとか、そんな思いではなく、純粋に父親には
自分の前に立ちはだかる大きな壁、目標でいて欲しいのだ。
「いや、そろそろ覚悟決めてもええかな・・・と。鬼頭継ぐか、継がんか決めろ。俺は無理強いはせんから・・・
しかし、返答によっては色々対処していかなあかん事もあるし・・・」
お互い心積もりはしておこう。ということか・・・確かに、優希が襲名を拒めば、組をたたむ事になる。そうなると親組に吸収か
または養子を取るか、組員の中から組長を出すか・・・
「俺は組を継ぐつもりや」
あっさりと言う優希に、一抹の不安を感じる龍之介・・・
「ええんか?八神警視の事とか・・・色々・・・」
まず、大阪と東京で離れ離れだ。今でさえ、かなり不自由している様子なのに・・・
そして・・・・キャリアとやくざとの交友関係・・・やくざの一人息子と、やくざの組長ではニュアンスが大きく違う。
それを達彦も覚悟しているというのか・・・・
「いずれは鬼頭を継ぐて、達彦さんには言うてある。遠距離恋愛になるけど、俺には鬼頭も大事なんや」
「そこまでせんでもええぞ?」
自分の歩んできた道が、どれだけ険しいか知っている龍之介は、優希の想いを簡単に受け取る事は出来ない。
「それは俺の我侭やけど・・・達彦さんを犠牲にするけど・・・でも、鬼頭が俺の居場所やから・・・鬼頭商事の東京支店を理由に
行き来できるからな」
いや・・・それは甘い・・・龍之介は身に染みて感じている。
「今、お前ら毎日一緒やろ?それが月に1度とか、なってみい・・・そういう辛さ知ってから言えよ?」
「それは・・・実感こもってるな・・・」
「それでも俺の場合は昼間、伊吹はずっと横におった・・・・お前は完全に離れ離れなんやぞ?」
襲名当時の龍之介を、祖父、哲三、南原、聡子、伊吹が皆もてあましたという話を優希は島津から聞いた事がある。
自粛という名の我慢・・・・
手の届く相手に手も出せない・・・・逢えない状態より、実はこちらの方が辛いのではないかと優希は思う。
「まあ、俺は親父みたいに組を継がなあかん必要性はない。けど・・・・俺にとって鬼頭は達彦さんと同じくらい大事なんや」
「俺みたいな結婚してもか?」
ああ・・・優希は頷く。
「なに言う?お袋みたいな出来た嫁、貰えただけで親父は大成功やないか・・・・」
そのために、皆が傷ついたとしても・・・・それでも皆幸せを感じている・・・・
「嫁と情夫(いろ)に挟まれた俺の苦労も知らんと・・・・」
龍之介は拗ねてみせる。
「それは自業自得やろ?可愛そうなんは伊吹とちゃうか?」
おい・・・・息子の言葉に返す言葉もなく、ただ沈黙する父・・・・
「まあ・・・その伊吹も、怪我して、組長自ら付きっ切りの看病・・・至れり尽くせりなんやから、もとは取ったか?」
ふっー開き直った龍之介が笑う。
「あいつは、俺だけで満足する奴やし」
その自信はどこから来るのか・・・・優希は呆れる。
「つーか・・・親父が伊吹だけでええんとちゃうか?」
そうとも言う・・・・龍之介は決まり悪げに目をそらす。自覚してはいるのだ・・・・
「なんや・・・最後は惚気か?しょーもないな・・・・」
「まあ・・・これは全ての人に言える事やけどな、叶う願いもある、叶わん願いもある。その中でがんばってるのが人間ちゅうもんやろ?
お前の最良の選択を望むのも親の願いや・・・・後悔するな」
そう言って、龍之介は立ち上がった。
(判ってるけどな・・・簡単とちゃうんや・・・・)
後について歩きつつ、優希は苦笑する。
龍之介も後悔はしなかったろう・・・しかし、苦しんだ事は事実だ。伊吹と、聡子と3人で苦しみながら、乗り越え、今がある・・・・
「親父・・・俺は、苦しまんとこうとか、楽したいとか・・・そんな思いはないで。ただ・・・後悔はしとうないな」
ああ・・・龍之介は振り向かずに頷く。自分もそう思いつつ歩んできた・・・今まで。
手放しの幸せなどはない。皆、何かを犠牲にして、何かを守っているのだ・・・・・
病室のドアを開けると、伊吹のベッドの横に南原が腰掛けて、メモを片手に報告していた。
「あ、組長・・・」
立ち上がろうとする南原を制して、龍之介は冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、南原に差し出した。
「業務報告、ご苦労やな・・・」
「いえ・・・すみません・・・まだひとり立ち出来てのうて・・・」
ジュースを受け取りつつ、南原は苦笑する。今では若頭が板についた彼でさえ、まだ伊吹を頼っている・・・・・・
「親父・・・怒ってる?」
優希はふと、南原に龍之介が嫉妬していないか不安になり、小声で訊いた。
「アホか・・・いつまでも、そんな進歩のない俺とちゃうぞ?あんなんに俺が負けるはずがないやろうが・・・」
どうやら、結婚して子供もいる南原には、さすがの龍之介も余計な嫉妬心は起きないらしい。
しかし、ここまでの道のりは、遠く険しかった事を、伊吹と南原自身は知っている。
「あ、野田んとこには誰か行ってるんか?」
思い出したように優希は訊いた。
「ああ、若いモンが日替わりで通ってる。今朝も、ここに挨拶に来よった。聡子の差し入れもってな・・・」
病院に着いたら一番に組長に挨拶に来ているらしい・・・
「で・・・親父は・・・いつまで入院する気や・・・」
これまた小声で、優希は訊いてくる・・・・
「2,3日後には自宅療養になるから、退院するし・・・」
「その後は・・・伊吹宅に居座るんか?」
「まさか・・・伊吹を鬼頭に呼ぶ」
ああ・・・頷く優希・・・
病室は、業務報告中の伊吹、南原と、こそこそ内緒話の優希、龍之介親子に2分されていた。
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