叶う想い、叶わない想い 3
「親父!大丈夫か?」
大学病院の病室のドアを開けて優希が駆けこんできた。
昨夜いきなり、母の聡子から連絡を受け、夜が明けると同時に大阪に駆けつけてきた優希。
ー優希、お父さんが事故で入院してるの、帰って来れないかしら・・・−
聞けば外回りの途中、酔っ払いの車が突っ込んできたとか・・・・
運転手の野田の腕がよかったので、正面衝突は避けられたが、鬼頭組の車は燃えて大破してしまった。
隣にいた伊吹が、すばやく龍之介を抱えて脱出したので、無事だったらしい。
「ああ、優希君。お久しぶり〜精密検査にかけたんですが、幸い打撲だけで済みましたね」
龍之介のベッドの横に立ち、カルテを手に笑っている花園拓海。
「先生、なんでここに?」
「お父さんを心配して、わざわざ出張してきてくれたのよ」
拓海の隣にいる聡子も笑っていた。
「ほな、大丈夫なんやな。で伊吹は?」
隣のベッドに伊吹はいない・・・・
「義兄さんは今、レントゲンかけられてて・・・」
「腕折りよった。まったく、やくざの車に突っこむなど100年早いんじゃ。あの酔っ払いが!」
拓海の後ろから、龍之介が顔を出した。
顔には擦り傷を作っていたが、元気そうで安心の優希・・・・
「野田は?」
個室の病室にベッドが2つ・・・運転手の野田が見あたらない。
「あいつは大部屋や」
だろうな・・・・優希は頷く。
「野田さんね、ハンドルで打ち付けて、肋骨折れて痛々しいのよ」
「死なんかっただけでも感謝やろ?」
聡子の言葉に龍之介は突っ込む。
「マジ、危なかったな。伊吹、記憶無くしてたりしてへんか?」
縁起でもないことを言う優希を、龍之介は渋い顔で睨みつける。
「優希、あんまりお父さんいじめないのよ。そうでなくても、お父さん庇って伊吹さんが腕折っちゃって落ち込んでるんだから」
小声でたしなめる聡子の後ろで、咳払いをする龍之介・・・・
「お兄ちゃん、これくらいで済んで不幸中の幸いね」
車椅子の伊吹に付き添って、紀子が入ってきた。
思ったよりダメージの大きい伊吹を見て、優希は声も出ない。
「優希君、お帰りなさい、びっくりしたでしょ?私も拓海さんも昨日は連絡受けて、心臓が止まりそうだったわよ」
と紀子は拓海と二人で伊吹をベッドに寝かせた。
「ぼん、心配をおかけしましたね・・・私がいたらないばかりに、組長に怪我させてしまいました」
片腕を三角巾で肩からつって、額に包帯を巻き、左頬にガーゼを当ててテープで止められた、そんな姿の伊吹に言われては
優希も返す言葉が無い。
「なんか、親父の負う怪我を、代わりに一心に受けたって感じやねんけど」
「お兄ちゃん、鬼頭さん抱えて車から転げ落ちたから、鬼頭さんの重みまでプラスされた状態で地面に打ち付けられて、
腕折れたみたいね」
伊吹の精密検査に付き合った紀子はそう解説した。
「まあ・・・いいんじゃないですか?大事な人を守れたんですから」
拓海の楽天的な思考回路が、龍之介を苦笑させた。
「先生も、好きな事言うてくれますね・・・・つーか、もうあの酔っ払い、絶対許さんからな」
「こんなに人がいてもしょうがないし、後は私がしますから、皆さん・・・・」
聡子の言葉に皆が頷いたが・・・・
「いや、聡子と優希は鬼頭に帰れ。組長不在で、姐もおらんと言うわけにはいかんしな。優希、お前も鬼頭で待機せい、組長代理や」
「でも・・・」
付き添い無しというわけには行くまい。
「じゃあ、私が・・・」
気を使って、紀子がそう申し出た。
「そうだね、どちらかと言うと義兄さんの方が補助が必要なんだし、実の妹が付き添うべきかな」
拓海もそう頷いた時・・・・
「はいはい〜皆さん帰りましょう。親父がええて言うてるって事はええんですよ」
優希が聡子と拓海の肩に手をかけて、ドアに向かう。
「でも、優希、伊吹さんが・・」
伊吹は片腕骨折、片足は捻挫状態である。誰かの介護がないと用を足すのも大変ではないか・・・・
「野暮な事言うたらあかんで。伊吹の面倒は親父が見るって事やろ?」
ああ・・・・・拓海が頷いた。
「そうやろ?親父?」
優希にふられて、龍之介は決まり悪げにそっぽを向いた。
「ああ、とっとと帰れ」
一同はかすかに笑いながら、部屋を出る。
「親父、二人っきりやからって、伊吹襲うなよ?怪我人やからな?」
余計な一言を残して、優希も最後に部屋を出る・・・・・
「でも、本当に龍之介さん大丈夫かしら?伊吹さんのお世話できるのかしら・・・」
聡子は不安を隠せない。
「大丈夫ですよ。検査じゃ骨にも異常無かったし、体中青痣だらけですけど、本当は家に帰れるところを大事をとって
入院してるんですから」
「そうなの?」
病院の廊下を歩きながら、紀子は拓海を振り返る。
「かなり無理矢理居座ったって感じでしたよ?病院側も、特別室で料金もちゃんと払ってくれるし、まあいいか・・って。それに
やくざには逆らえませんしね」
ははははは・・・・・明るく笑う拓海が天下無敵に見えた。
「じゃあ・・・龍之介さん、伊吹さんの為にあそこに残ったんですか」
聡子も、やっと龍之介の真意を理解した。
「でしょうね・・・まさか、いくら義兄さんが鬼頭の幹部で、組長庇って怪我したとはいえ、組長直々に看病なんて無理でしょう?
でも、看病したいんですよ、龍之介さんは・・・」
拓海の言葉に皆、頷いた。
「ところで、伊吹・・・痛むか?」
二人、並んでベッドに寝た状況での会話。
「全然痛くなかったら異常でしょう?この場合」
「そうやな・・・・」
「というか・・・龍さんもかなり痛むんと違いますか?あちこち」
「俺は、ほら・・・青タン作っただけやから。けど、えらいことになってるから、完全に消えるまでは絶対、お前に見せられへんな」
はあ・・・想像するだけでも痛々しくて、伊吹はため息をつく。
「おい、青タン残っても嫌いになるなよ・・・」
「嫌いませんが、想像すると痛々しくて・・・龍さんの白い柔肌に青タンが・・・」
四十路の親父に柔肌はないやろ・・・・呆れつつも龍之介は伊吹が気になる。
「それより、お前、俺庇って死にでもしたら許さんぞ?」
はあ・・・行き着くところはそれだった。
「俺は、お前の傍で死ねるのなら本望やけどな、お前だけ死んだら・・・」
伊吹は目を伏せる。2度目だ・・・また龍之介を不安にさせた・・・
しかし、あの時、とっさに庇わずにはいられなかった。本能のようなものだ。
腕を折り、足を捻挫しつつも、気丈に伊吹は携帯で救急車を呼んだ。とにかく、龍之介を助けるために・・・
「あ、用足す時は肩貸すから言えよ?」
「はい・・・」
「お前の用足しに聡子とか、紀子さんとかありえへんし」
「そうですか?姐さんはともかく、紀子は妹ですから・・」
それに看護婦をしているのだ・・・
「さっき、拓海先生がお前をベットに寝かせてたのもムカついたぞ?」
はあ・・・それは・・・伊吹は呆れる。
「いくら義理の弟でも血は繋がってないし・・・つーか、義兄さんってなんか卑猥な響きがあるぞ」
「無いですよ。卑猥な響きなんて・・・」
むっくりと龍之介は起き上がって、伊吹の横に立った。
「お休みのチューくらいはしてもええやろ・・・」
そう来たか・・・伊吹はあたりを見回す
「ここ、監視カメラとかはないんですか?」
「さあ・・・」
と、さっさと龍之介は思いを遂げると自分のベッドに戻った。
「そっちで寝たいけど、お前の腕が心配やし、我慢するわ」
相変わらずの龍之介に呆れつつも、伊吹はただ、龍之介が無事だった事に安堵していた。
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