叶う想い、叶わない想い 2
警視庁の定期報告に今居署長と参席した達彦は、久しぶりに町田署、署長として参席した慎吾に出会った。
終了後、達彦は慎吾を相談を持ちかける為にレストランに席を取る・・・
達彦の奢りで、ステーキのセットメニューが運ばれてきた。
「昨日、家に呼ばれて行ったと聞いたが、大丈夫か?」
「早耳ですね。」
「いや、偶然な・・・親父に聞いた・・・それより、優希の事だろ?呼ばれたのは」
町田署長、三浦慎吾・・・話しつつ、ナイフとフォークを扱う姿が絵になっている。
ますます貫禄を身につけて彼は、達彦の前にいる。
「ああ・・・怒られたりしてないですから、大丈夫です。それより・・・ウチのお兄さん感情が無くて、お父さんが心配していました」
あっさりと、事も無く言い捨てる達彦。深刻さが微塵も無いところが彼らしい。
「冷めていて、熱くないのが問題だそうです」
冷静なのは、いいことなのではないか・・・慎吾はそう思う。そして自分も、そう努めてきた。
確かに、達彦の兄、達也は決して怒らない。子供の頃からそうだった。
もちろん、達彦も、慎吾も、達也を怒らせるような事はしなかったが・・・
というか、周りも気を使って怒らせるような事は極力避けた記憶がある。
達也が、怒ったら怖いだろう事が予想されていたらしい。それくらい威圧感があった。
「夫婦喧嘩もしないんですよ?」
ああ?慎吾は言葉を失う。
「いいことだろう?真希さんも、怒ったりしないタイプだからな・・・」
カラになった達彦のワイングラスに、ワインを注ぎつつ慎吾は苦笑する。
「恋愛関係でそれ、アリですか?」
かなり深刻な話になってきたな・・・と慎吾は思う。
「その話がしたくて、誘ったのか?」
ええ・・・頷く達彦。
おそらく、恋愛相談だろうと予想してはいたが、予想外にメンタルな内容に慎吾は唸る。
「いつも冷静な関係はアリかどうか・・・という事だな?」
「慎吾君は、後輩の彼と喧嘩します?」
いや・・・喧嘩は無い・・・どちらかと言うと、いつも俊介の手の平の上だ・・・
「でも、本音とか出ますよね」
「ああ、素の俺は可愛いらしい」
慎吾の事を、そんな風に言う俊介に、脅威を覚えつつ、達彦は頷く。
「父が言うには、誰に対しても装っていると・・・僕も、優君に逢うまでは、そうだったと・・・」
それは言えた。達彦は幼馴染の慎吾にも無感情だった。それが慎吾を焦らせた。
確かに、達彦は変わった・・・変えたのは鬼頭優希。この時点で慎吾はすでに敗北している。
「私は、自分が八神家の問題児だと思っていました。でも、問題は、あちこちにあったんです」
品行方正で、問題のない八神一家が問題を抱えているとは・・・・
「問題が無いのが問題か・・・で、達彦はそこから脱したという事か・・・」
絵に描いたような理想的は家族・・・それが曲者だったとは・・・
「だから、私はお咎め無しでした。複雑な心境ですがね」
ぷっ・・・思わず笑いが漏れる慎吾。
「ウチなんか諦めてるしなあ・・・それより親父の中では、俺は俊介をそそのかした悪い奴になってる・・・」
「ああ・・・彼、おじさんの古いお友達の息子さんだったとか・・・・」
達彦も、父を通して稲葉俊一の名を何度か聞いたことがある。その忘れ形見が慎吾と同じ部署にいる事も・・・
「それだけじゃないぞ?聞いて驚くな、俊介の親父さんは親父の最愛の人だ・・・なもんで、”俊ちゃん”とか言い呼びながら舐めるように
可愛がっていたんだが、俺がまんまと持っていってしまったんだ」
それはご愁傷様・・・と言わんばかりに達彦は渋い顔をした。
「達彦〜食えよ?全然、食が進んでないぜ?」
話に夢中で、前菜を少し食し、ワインを飲んだだけの達彦。そんな不器用な所が、慎吾と達彦の差なのだろうか・・・・
「まあ、食え。黙って聞いていいぞ?確かに、男の社会生活は戦争だ。そこで一々感情的にはなれないだろう。けど、安息所は必要だ
張り詰めた弦はいつか切れてしまう。切れないように上手く緩めつつ、やって行かないとダメなんだ。今までの俺は一人で篭って
弦を緩めてきた。だから、傍に誰かを置くなんて考えられなかったんだ」
食事の手は止めず、達彦は慎吾の話に聞き入る。
「俊介と出逢ってからは、もうぼろぼろだった。他人に自分の総てを全部晒してしまった。俺が日本食好きで、洋食苦手なのも
炬燵でごろごろするのが好きな事も・・・」
へえ?知らなかった・・・・達彦はそんな顔をして、慎吾を見つめる。
体型的に慎吾が炬燵に入るのは、かなり無理がある。かなり折れ曲がらなくてはならないからだ。
食事は・・・昔から八神家で、一緒に夕食を摂っていたが、好き嫌いせず、和、洋、中、何でも食していた。
学生時代はファーストフードや、パスタ等のイタ飯系を皆とよく食べていた。
学生が料亭に行くはずもなく、かといって大衆食堂に行くのはお洒落でない、スタイル重視の慎吾は、ひたすら押し隠してきたのだろう。
「晒せる相手、出来てよかったですね・・・」
心から達彦はそう思う。
長い間、達彦を想い続けたという慎吾・・・しかし、結局、長い付き合いの達彦にも、本当の自分は晒さなかった・・・
そして、最近出逢った俊介には、いとも簡単に本当の自分を晒しているのだ。
人生は解らないものだ。絆の深さは時間ではない。
「達也さんにも、そういう人が必要なんだな・・・・」
「でも、兄さんは大学生の時、その人を逃してしまった・・・義姉さんでは無理だった・・・」
真希と達也は似ている。長い間、感情を飲み込んで、表に出す術を忘れてしまっている・・・
(きっと・・・俺は一生、達彦には、本当の自分を晒せなかった)
慎吾はつくづく、自分の運命は達彦では無かった事を実感する。
永い初恋は叶わなかったが、結果的には、それでよかったのだと思った。
「兄さんは、もう、あのままなんでしょうか・・・」
辛くはないのだろうか・・・達彦は急に達也が心配になる。
「それは達也さんの問題だからな」
どうにか助けたくても、どうしようもない。そんな自分が慎吾は、はがゆい。
長い沈黙が流れる・・・・・
「100%願いが叶う事はないだろう。得る物があれば、失う物もあり、諦めなければ、ならない物もある・・・俺達も、そういうところで
生きてるんだよな・・・」
ああ・・・・達彦は頷く。
他人を羨む事も、かわいそうだと思う事もない。自分に与えられた物を守り続けるだけ。
それに満足できていれば、いい事なのだ・・・・・
「運命を逃すな・・・父はそう言いました。後悔だけは、しないよう生きたいです」
幸せになれる。選択さえ間違わなければ・・・・そう思いたかった。
「思えば、慎吾君とも以前より、ずっと腹を割って話せる仲になりましたねえ・・・・」
それはいいことなのか、悪い事なのか・・・
追いかけていた時は遠く、お互い最愛が出来たら、相談しあう仲・・・
達彦とは、多分そういう形でしか成就しなかったのだと、慎吾は思う。
それも仕方ない。100%想いが叶う人生などないのだから・・・・・
「頼ってくれて嬉しいぞ。一時は完全、縁切りかと思った。それも仕方ないと思ったけど」
ははははは・・・・今までに見た事がない程、明るい笑顔を達彦は見せた。
「優君のお陰です。私に優君がいてくれたから、色んな事も許せるんですよ」
「そうか、二人で何でも超えて行けるんだな」
それは慎吾も同じ事だろう。
「しかし、警視総監殿もなかなか人格者だなあ・・・ますます憧れるなあ」
「父を変えたのは、母の功績なんですよ」
極と極が出会い、調和すると、いい具合になるらしい・・・
「奥方も素晴らしいからか・・・内助の功だな」
ええ・・・達彦は微笑んだ。
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