叶う想い、叶わない想い 1

 

 

 N国の皇太子の一件が解決し、通常勤務に戻った頃、達彦は父に呼ばれて実家に行った。

「久しぶりね、達ちゃんが家で夕食、食べるなんて」

美和子が嬉しそうに言う。

「達也さんも帰って来れたらよかったんですけど・・・・あいにく宿直で・・・」

真希も相変わらず、にこやかに微笑んでいる。

「叔父ちゃん、今日、泊まっていくの?ご飯食べたら遊んで〜」

甥の大輔は明るくいい子に育っていて、何も問題は無い。

総ての問題は自分にある・・・達彦はいたたまれない。この絵に描いたような家庭に問題児が一人・・・

「大輔、すまないねえ・・・達彦叔父さんは、お祖父さんとお話があるから、今日は遊べないよ。

それに明日お仕事だから、泊まれないんだ」

職場では険しい顔の警視総監殿も、孫には優しい顔を見せる。

自分は、父に孫の顔を見せてやれないだろう・・・達彦は、そんな事をぼんやり考えながら、うつろに食事を進める。

おそらく、父が自分を呼び出したのは、優希との事を話し合う為だと解っている。だから、この家族団欒が苦しい。

「達彦さん、お食事、お口に合いませんか?」

浮かない顔で食事している達彦を気にかけて、真希が尋ねる。

「いいえ、義姉さん、美味しいですよ。」

つくり笑いで、達彦はその場を繕う。

「達彦も・・・私に呼ばれたからって、お説教される子供みたいに、びくびくしなくてもいいんだぞ・・・」

父、孝也の機転で皆、笑う・・・こういった雰囲気作りに彼は長けている。

むっつりしかめっ面の副総監とは違い、彼は雰囲気を操作出来る。これは、美和子との暮らしの中で習得した技術でもある。

達彦は、若い頃の父は知らないが、母の話では変わったという。善悪に対して容赦無く、冷徹なエリートが年を取るごとに

柔らかくなったのだと。

「後で、私の書斎に来なさい」

そう言って孝也は席を立った。

 

 

 「お父さん、コーヒーですよ・・」

美和子の入れたコーヒーをトレイにのせて、達彦は孝也の書斎をノックする。

「入れ」

達彦がドアを開けて入ると、孝也は書斎の机から、ソファーに移動した。

「お前は酒が飲めないから、コーヒーで会話するしかないんだな・・」

テーブルにコーヒーを置く達彦を見て、彼はそう言って笑う。

「お酒飲みながらする会話が、いいとは思えませんが・・・」

「そうでもないよ。酒の力借りなきゃ、腹割って話せない事もある」

孝也と向かい合って座ると、達彦は、最後にこうして話したのはいつだったか・・・などと、そんな事を頭の片隅で考える。

「最初に言っておくが、頭ごなしに反対する気はない。私も昔と比べて、丸くなった・・・美和子のおかげだ」

達彦は、父と母が出会うきっかけとなった”土下座事件”を思い出す。

更生中の前科のある少年を美和子は信じ、孝也は疑った・・・

「美和子は証拠も何も持たずに、無条件に人を信じる奴だ。俺は当時、疑わしきものは 皆、黒とみなしていた・・・・

警察官の仕事はそういうものだろう?それが当たり前だと思った。でも、それでは人は救えない。誰かが自分を信じてくれてる

それだけで、救われる事もある。人を犯人にして裁くのが警察じゃないだろう?救われなきゃいけないんだ。

被害者も、加害者も・・・美和子がそれを教えてくれた。そういう出会いは必要だ」

そして、長い沈黙が訪れた・・・・

「すみません、ご心配をおかけしています・・・」

美和子が何処まで孝也に話したか解らない・・・が、孝也の心配は、自分と優希の事だという事は明白だ。

「お前は変わった。うわべだけの笑いをしなくなった」

どうでもいいという笑い・・・自分の事を他人事のように扱う冷めた笑い・・・

何かに熱くなる事もなく、こだわらない、そんな達彦が変わった。

「今、一緒に住んでいる人がいると聞いたが」

「正確には、同居ではありません。私の部屋は別にあります」

「鬼頭優希・・・N国皇太子事件にかかわった鬼頭の組長の一人息子・・・お前と同じ大学を出ているな。慎吾君は

彼の事をベタ褒めしていたが」

マジナトール皇太子の様子を見ても、鬼頭龍之介は、犯罪とは対極にあるやくざであると言える。

「やくざは、犯罪者ではない。しかし、世間では色々偏見があるのも確かだ。警察官がやくざと交友関係がある事が判ると、

ある事、無い事、勘ぐられる」

「万が一もありますから、警察関係の文書、情報類は自宅保管しています。彼を疑っているわけではなく、私の不注意で彼を

巻き込みたくないからです」

そういう気遣いは、当然、達彦にある事は孝也も、聞かずとも察しが着く。

「私は、彼がやくざでも、やくざでなくても関係ありません。彼を見る目は変ることはありませんし・・・」

達彦は母親似だ・・・周りはそう言う。外見も然ることながら、考え方も・・・

偏見と言う物を持たない。まっすぐに人を見て、判断する。そして、それが周りと相容れない時もある。

 「お前を責めるつもりは無い。お前は、以前のように無謀な調査をしなくなった、それが鬼頭優希という青年のお陰なら

礼を言うべきだ」

ああ・・・達彦は俯く。

「今まで、誰かの為に生きたいなんて思った事なんてありませんでした。でも今は、彼の為に生きたいんです。

今回の事件の最中、生きて帰らなければ・・・そんな事考えていたんですよ。この私がですよ?生きて、彼にもう一度逢いたいって・・・」

頷いて孝也は煙草を取り出し、火をつける。

「お前が自分を大事に出来るようになったのが、彼のお陰だとすれば、美和子の言うとおり、運命とも言えるかも知れない・・・」

「お父さんや兄さんに迷惑がかかると言うなら、私は辞職しますよ」

そうあっさり、キャリアを捨ててしまえる達彦が、孝也には、ある意味羨ましい。

「お前には、そのほうが気が楽なんだろうな・・・実は、達也も心配なんだ」

「兄さんが?どうしてですか?」

今まで一度も問題を起こした事がない兄。成績優秀、人格者で、いつも穏やか・・・

「あいつの怒ったところ、見た事ないだろう?」

相手が喧嘩腰でも冷静に対処する兄・・・その威圧感に誰もが屈服する・・

「部下がヘマしても、凶悪犯相手でも、感情的にならない。真希さんに対してもそうだ」

「義姉さんは兄さんを怒らす事なんて無いじゃないですか・・・」

「怒るとか、そうじゃなくて・・・恋愛というのは感情じゃないのか?」

確かに・・・達彦は思い当たる。優希が達彦に対して怒った事はないが、囮捜査についてはかなり感情的だった。

心配すればこそ・・・愛すればこそ・・・・そういうものだろう。

「つまり・・・冷めている・・熱くないということですね」

「それは、以前のお前にも言えた。が、お前は鬼頭優希に逢って、変わった・・・でもあいつは・・・」

それを言うならば、義姉の真希も・・・

デキた嫁と呼ばれて、警察関係者の間では、妻の鑑と言われている。

何の不平不満なく、夫の両親と同居し、家政婦がいるが家事はちゃんとしている。

彼女のイヤな顔を達彦も見たことが無い。もちろん夫婦喧嘩など一度も無い。

「あれでいいんだろうか・・・お前にも達也にも、警視総監の息子という重荷を長年背負わせてきた。問題を起こしてはいけない

犯罪に巻き込まれないように自分を守らなければいけない・・・そのプレッシャーがお前達に、無関心の仮面を被せたのかも知れない」

それは、そうなのかも知れない。達彦達は常にいい子、いい学生、いい青年、いい警察官でなくてはならなかった。

警視総監の息子が問題を起こしてはならず、世間の模範とならなければならない。

誰が教えなくても、達也も達彦も当たり前のように、そう思い、そう行動してきた。

問題を起こさない子供・・・世の親たちは八神家を羨んだ。さすが警視総監の家の息子だと褒めた。

しかし、美和子は心配していた。

子供なのに駄々をこねない・・・何かをねだったことがほとんど無い。親を気遣う・・・

不憫だといつも心を痛めていたことを、孝也は知っている。

「兄さんは大学生の頃、恋人がいて、結婚まで考えていたって・・・」

「ああ、あれが達也の最初で最後の我侭だった。あの時のあいつは、今のお前みたいに譲れない想いを持っていた。

もしあの時、達也の恋が成就していたなら・・・そう、今でも思うよ」

娘を危険な警察官の妻にはさせられない・・・・相手の両親がそう言ってきた。

ただ一つの我侭も叶わない・・・達彦の絶望は計り知れない。

「あれから、達也は以前より増して感情のない子になった・・・私も美和子も後悔している。もう少し、相手のご両親を

説得するべきだったって。お前だけは達也みたいになって欲しくないんだ。せっかく見つけた運命を逃すような事をして欲しくないんだ」

自分の知らない兄の事情、両親の想い・・・達彦は胸が詰まる。

「お前が警察官やキャリアに未練が無いと言うのなら、私たちはお前の辞職もよしとするよ。お前が幸せならそれでいい。

家族が警察官だからといって、お前が警察官でなければならない事はない。ただ申し訳ないが、上がお前を離したがらないんだ」

え?意味が解らず達彦は孝也を見つめる。

 「問題があるなら辞職させると言ったんだが・・・お前が辞職して、検事とか、最悪、弁護士なんかになられちゃ困るというんだ」

「どうして・・・ですか?」

「敵に回したくないという事かな。一目置かれているんだろう」

七光り、八光りと、ひがみながらも、達彦の腕は認めているらしい・・・・

「おとなしく、交友するくらいなら、目をつぶるという事だ。大学の先輩後輩の仲だと先方は思っているからな。

即答せずに、しばらく様子を見ろ」

そんな事になっているとは、思いもしなかった達彦は、ただ頷くしかなかった。

 

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