波乱の一週間 後編 5

 

 

定時であがった優希は、スーパーに寄って達彦の夕食のリクエストに対応できるだけの食料を買い込んで、帰ってきた。

ドアを開けると、玄関に達彦の靴がある。それだけでもほっとする。

 部屋の所々に感じる達彦の気配が心地いい。

部屋着に着替えて、食料を冷蔵庫に収納すると、疲れて眠っているだろう達彦の顔を一目見るために、寝室に向かう。

ドアを開けるとベッドに横たわる眠り姫・・・・・

 よく見ると、心なしか、やつれて見える達彦の頬にそっと手を当て、愛しい人の存在を確認する。

今回の事件は、いつも以上に心配や不安が押し寄せていた。こんな辛さもあるのかと思うほどに・・・

待つという事は辛いものだとしみじみ思う。今回は一日が一年のようだった。

 それでも、ようやく逢えた時の喜びは何物にもかえがたい。

 「あ・・優くん」

優希の気配に、達彦もゆっくり目を覚ました。

「お帰りなさい」

相変わらずの優しい微笑がそこにある。

「お疲れ様でした・・・」

達彦に屈み込む姿勢のまま、優希は笑い泣きの様な切ない表情で呟く。

「心配かけましたね・・・」

頬に当てられた優希の手に、達彦は自分の手をのせる。

 「逢いたかった・・・」

達彦に見つめられて優希は焦っている自分を感じる。

いつも一緒で、何度も想いを交わし、誰よりも深く繋がっている達彦の事を、まるでたった今、恋に堕ちたかのように、心をときめかせ・・・・

こうして何度も恋に堕ちるのか・・・永遠のモナリザの君に苦笑する。

「あ、夕食、作ります・・・リクエストありますか・・・」

屈んだ身を起こして、達彦の頬から手を離そうとした優希は、達彦の手に引き戻され、達彦の上に倒れこむ。

「達彦さん・・・」

「しばらく、くっついていて、いいですか・・・」

背中にまわされた腕に捕らえられて、優希は起き上がれない。

「お腹すきませんか・・・」

「優君が食べたいんですが・・・」

そう言うなり、達彦は優希にくちづける。まるで空腹を満たすように口内を貪る。

「達彦さん・・・」

人が変わってしまったような達彦の行動に、優希は戸惑う。

「帰るなり、優君抱きしめてキスしたかったのに、優君はいないし・・・我慢して待ってたんですよ」

「それは・・・・俺も同じ事ですけど・・・」

「お腹すいてます?」

だんだん暮れてゆく赤い夕焼けが、青い闇に変わってゆく・・・

「いいえ」

「夕食、後で食べませんか・・・・」

優希を見上げる達彦の瞳が、薄闇に翳っている。それが妙に妖艶で吸い込まれそうになる。

(達彦さん、いつもと違うなあ・・)

それだけ、達彦にとっても今回の精神的ストレスは大きかったのだろう。

優希にとっても、達彦に生きて無事に会えるのか、心配でたまらなかった。

異国の軍人に銃を向けられ、捕虜状態になった彼の心身のダメージはいかほどか。

「今回初めて、ここで死ねないって思いました。生きて優君に会わなきゃって・・・優くんとの時間を一瞬一秒、無駄にしたくないんです。

後で・・なんて無いんですよ」

ぽた・・・ぽた・・・優希の流した涙が達彦の首筋に落ちる。

確かに優希は心配で、いてもたってもいられなかった・・・しかし、達彦は優希以上の精神的苦痛を感じていたのだ。

優希の事にかまけていられない、そんな状況の中で・・・

「無事に帰ってきてくれて、ありがとう・・・」

「こんな想い、今まで知らなかった。優君に会うまでは・・・自分を待っている人とか、考えた事もないし、結構どうでも良かったし。

誰かのために生きていたいと思ったのは、優君に会ってからで・・・」

達彦の言葉を最後まで聞かずに、優希は達彦を抱きしめる。

 「俺のために、生きてください。何があっても」

 ええ・・・頷いて達彦は、優希の頬の涙を唇で掬い取る・・・

「で・・・今は、メシより俺なんですね?」

「優君より優先な物なんて存在しないですよ」

(もう、達彦さん可愛いなあ・・・)

 達彦にメロメロになってしまっている優希は、ようやく父、龍之介にメロメロな伊吹の気持ちが理解出来た。

 「まーさんは無事に出国しましたか?」

 突然思い出したように、優希が言うので達彦は言葉をなくす・・・

「はい、マジナトール皇太子は無事に出国しました。私がお送りしたので・・・で、その、まーさんは何処から出たんですか?」

「あ、親父が名づけたんです。謎の外国人では呼びにくいし、本名は明かせないと言うし・・・とりあえずの呼び名なんですが」

龍之介の発想が尋常でない事に、達彦は今更ながらに気付く。にしても、たーさんでも無く、くーさんでも無く、ふーさんでも無く

何故、まーさんなのかが気になる。

「でも、まーさん、マジナトール皇太子って言う方なんですね・・・まーさんは正解ですね。親父は凄いなあ」

 「マジナトール皇太を、まーさん扱いできるのは、鬼頭の組長だけですよ」

思い出し笑いしながら達彦はそう言う。

「ほんまに、親父は怖いモン無しですよね」

「優君は怖いものあります?」

「達彦さんを失う事が、一番怖いです・・・・」

ぎゅっ・・・達彦はたまらず優希を抱きしめる。

「私もです」

「もう、そんなに可愛い事ばっかり言うと、襲いますよ」

「可愛くないと、襲ってくれないんですか?」

「そう言うところが可愛いんです・・・て・・・夕食前に1回だけええですか?」

さっきから誘ってるのに・・・と、いいムードになると、脱線してなかなか進まない優希に達彦は困っていた。

 「別に何回でもいいけど、ご飯食べないと優君が餓死するといけないから、とりあえず・・」

(ほんとに、しょうがないな・・)

 苦笑しつつ、達彦は優希のシャツのボタンを外す。

優希は年下な分、初心なのかも知れない。

自分を可愛いと言う優希が、実は一番可愛いという事に達彦は気づき、笑いが漏れる。

こんな、まったりペースも愛おしい。

相手が、あまり強引だと多分、引いてしまって自分はダメだろうと、達彦は思う。

「餓死は無いですよ〜空腹は我慢できるけど、達彦さん切れは我慢でけへんし・・・」

「切れました?」

「ああ、もう禁断症状出てますから・・・」

「補充してください」

そう言って、達彦は2度目のくちづけをする。

「そう言う私も、優君切れですから・・・」

 逢えなくて、辛い想いを溜めての再会というのも、実は悪くないと達彦は思う。

求め続けて、やっと得られた時間は何ものにもかえがたい。

 そして、もっともっと、深く繋がれる気がした。

 

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