波乱の一週間 後編 4
「ぼん、組長、色々あったんですって?」
鬼頭商事東京支店に出勤した優希に、井上は駆け寄る。
「あ、聞きました?一晩で十年くらい生きた気分やわ」
大阪に龍之介たちが帰った後、やくざ界では色々な噂が飛び交った。
情報がどこから漏れたのか解らないが、鬼頭の組長が外国の皇太子を保護し、応急処置まで施した噂は、やくざ界では異色だった。
結果的には、警察の手助けをした事にもなるのだから、武勇伝と言う訳でもない。
ただ・・・鬼頭は、とうとう海外進出か?などと囁かれている・・・
"なんの海外進出やねん・・・" と昨日、電話口で龍之介が愚痴っていた事を、優希は思い出した。
「もう・・お袋は天然やし、親父は英語ぺらぺらやし、花園先生は、内科の癖に外科医やし・・・何がなんだか、さっぱり・・・」
「ああ、それらは かな〜り前から有名な話ですよ。ぼんは私より付き合いが浅いですから、知らんかったんでしょ」
実の息子でも、知らない事は多いものなのか・・・・
「しかし、サツ助けたって・・・なんか微妙ですね」
井上の言葉にギクッとする優希。
「あかんか?」
「いえ・・・前に鬼頭に、濡れ衣着せよったでしょ?」
「でも、土下座しに来たから・・・許してやれ・・・」
「つーか、土下座しに来たのも、笑えますけどね」
何も知らない井上は、他人事のように笑う・・・
ああ・・・優希は笑えないまま頷く。
「やはり、やくざは、サツ嫌ってるよな・・・」
「つーか、サツが私らを色眼鏡で見てるんですよ。偏見バリバリですわ」
脳内は、ロミオとジュリエットな優希・・・
「では、お気をつけて・・・」
見送りは達彦だけ、報道陣を極力避けて、極秘でマジナトール皇太子とミサは出国する。
「迷惑かけてすまない。そして・・・礼を言う」
ターコイズブルーのワンピースを身に着けたミサは、今まで見た事も無い、柔らかい、たおやかさを見せた。
もともと、彼女は静かな、柔らかい女性なのかもしれない・・・そんな事を達彦はぼんやり考える。
「まだ、安心できませんよ。最後まで、気を抜かないで。ご無事で・・・」
そう言って、搭乗口で二人を見送る・・・
ーキトウによろしくお伝えくださいー
マジナトール皇太子の最後の言葉を胸に、達彦は署に報告に戻る。
書類を仕上げれば、署長と交代で休暇に入る予定だ。
(先に休んでいいって、今居署長言ってたから、今日はやっと優君に会える・・・)
正確には、先日ちらっと会ってはいたが、言葉をゆっくり交わす事もままならない状況だった。
いろいろあって、達彦は優希の事を考えている時間さえ、持てなかったが、優希はどれだけ心配し、不安な日々を過ごしたか解らない。
一件落着した今、達彦は無性に、優希に逢いたくなる。
空港から三田署に戻るタクシーの中で、達彦は家族専用の携帯を取り出す。警視総監の父と連絡するための非公式携帯。
そこに、優希からのメールが、毎日送られてきており、それが達彦の唯一の心の支えだった。
ー一件落着しました。今日は帰れますー
大事な人に心配をかけ、不安にさせ、待たせる・・・ある意味、警察官の宿命ではあるが、家族が皆、警察官という達彦には、
優希という存在が現れるまでは、無縁だった感情である。
(皆、こういうところを通過してるんだなあ・・・)
同僚の恋愛事情が波乱万丈なのも、結婚問題で色々あるのも、なんとなく判って来る今日この頃。
ーお疲れ様、夕食のリクエストあったらどうぞ〜−
早速の優希の返信に笑いが漏れる。
それでも、待っていてくれる人がいるのは嬉しいものなのだと、幸せを感じている。
残りの独立軍を自国に送るため、三田署は今頃は、ラストスパートをかけているだろう。
今日が終われば、全体的に交代で2,3日の休暇となる。事件が何も起こらなければ、という条件つきで。
めったに無い。貴重な経験をしてしまった三田署の警察官達は、心身共に疲れ果てていた。
「あ。やった!」
仕事中に、突然叫んだ優希に、井上は驚く。
「ぼん・・・」
丁度、井上が支店長室に、お昼の休息のコーヒーを持ってきたところだった。
「あ、なんでもない・・・」
慌てて携帯をしまう。支店長室に一人でいるつもりで、井上が入ってきたのも知らずに、達彦のメールを見て叫んでしまったのだ。
「彼女からですか?やっと連絡取れたんですか?」
彼女とトラブって、最近、優希が元気が無いのだと、勝手に理解している井上は、そう訊いてくる。
「ああ・・・そんなとこ・・・」
「よかったですね」
うん・・・・あいまいに微笑んで、優希は再び、書類に取り組む。
「そういう事なら、今日は定時で、あがっていいですよ?」
え!?極端に表情を変えた優希を、井上は呆れ顔で見つめる。
「最近、ぼんが辛気臭い顔してて、気になってたんですよ。なんか、でも・・・そんなにストレートに喜ばれたら・・・」
「さあ〜定時まで頑張るぞ〜」
やれやれ・・・・誰に似たのか・・苦笑しつつ、井上は部屋を出る。
午後3時、達彦は優希のマンションにたどり着いた。
報告書を書いて提出した後、あさってまでの休暇を貰い、総てを今居署長に任せて帰ってきた。
(やれやれ・・・・)
上着を脱いで、とりあえず浴室に入る。
優希が帰ってくるまでは、もう少し時間がある。それまで、一眠りして・・・
あれこれ考えながらシャワーして、浴室を出る。
個人的に、父にも連絡をいれ、鬼頭組にもマジナトール皇太子の伝言を伝え・・・
(やる事は総てやったよなあ・・・・)
ドライヤーで髪を乾かしつつ、事後処理をチェックする。
(やり忘れないよな?)
一旦、泥のように眠りたかった。ほっとしたとたん、緊張の糸が切れて眠気が襲ってくる・・・
とにかく、後の事は一休みしてから考えよう・・・そう思いつつ、寝室に向かう。
疲れた顔ではなく、少しでも、すっきりとした顔で優希に逢いたい。
いつもの事ではあるが・・・・
ベッドに横たわると、睡魔に襲われる。
マジナトール皇太子ではないが、自分自身も、安全だと認識した場所でなければ、なかなか熟睡できない事に達彦は気付く。
(しょうがないか・・・任務遂行中に、熟睡できる方がおかしいのかも・・・)
しかし・・・優希の匂いのするシーツがあまりに心地よい・・・・
一週間ぶり・・・・もう何ヶ月も経ったような気がする。
ここに、もう一度帰ってこれた事が達彦にとって、何よりもありがたかった。
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