波乱の一週間 後編 3

 

 

 

その後、マジナトール皇太子は、警察病院で輸血と、検査のため2日間入院した。

その間、三田署から独立軍は撤退し、N国大使館に滞在している。皇太子との面会を果たした後、それぞれは帰国する事となる。

「今居君、よく持ちこたえてくれた、礼を言うよ」

警視総監の八神孝也が見舞いに病室に訪れた。

「いえ、今回は八神警視のおかげですよ。皇太子を見失った時はどうなる事かと、生きた心地もしませんでしたが」

N国の皇太子が、大阪のやくざの組長家族と行動を共にしていたという事に、孝也はかなり驚いたが、それよりも被弾した左腕の

応急処置の素晴らしさに感動した。

「主治医が褒めていたが、腕の銃弾の摘出と縫合は誰がしたんだ?」

上司であり、実父でもある警視総監に訊かれて、達彦は苦笑する。

「鬼頭組の知り合いのお医者さんです。たまたま大阪から上京していて、かなりの偶然でそこに居合わせて・・・」

「しかし、皇太子も知らぬが仏ですね。自分がやくざに保護されていたなんて」

今居も苦笑する。

いや・・・ミサが説明しても信じないらしい。いや、ミサ自身、信じられないらしい。

麻薬の売買の相手のやくざたちが皆、恐れている鬼頭組、その組長と姐、側近、一人息子があまりにも、やくざらしく無かった。

揃いも揃って・・・・

マジナトール皇太子は今でも、キトウは命の恩人で、いい人だと言っている。

そうこうしているうちに、検査を終えたマジナトール皇太子とミサが病室に入ってきた。

「ミサさん、こちら警視総監殿です」

と達彦は、実父を笑顔で紹介する。

「では、ヤガミのファーザー・・・」

小さくつぶやいて、ミサは軍隊式の敬礼をする。

「この度はお騒がせいたしました。明後日には軍は速やかに帰国する予定です」

「何の被害も出さずに終わった事は、幸いでした。貴方のおかげ・・・ですかな。」

孝也の笑顔に、マジナトール皇太子は深々と礼をする。

「マジナトール皇太子、自国のために心を尽くしたにもかかわらず、国を追われる御身の心中は、いかほどか図り知れませんが、

どうかご無事で・・・」

孝也の言葉を隣で、ミサが通訳すると、マジナトール皇太子は返礼をミサに伝えた。

「”N国のために日本に被害を及ぼして申し訳ありませんでした。にもかかわらず、助けていただいた日本の警察と、キトウへのご恩は

一生忘れません”と皇太子は仰っています」

孝也は頷き、マジナトール皇太子と握手をすると、病室を出て行った。

 

「検査結果が良ければ、あさってくらいには日本を発てますよ」

三田署の職員は皆、開放された。今居と達彦は後の処理のため、引き続き帰れないでいるが。

「ヤガミ・・・すまない。早く家に帰してあげたいところだが・・・」

ミサは、マジナトール皇太子をベッドに寝かしながら、すまなさそうにそう言う。

「いいえ、最後までおつきあいしますよ」

結局、日本のポリスと、やくざのトップに世話になってしまった・・・

(これは、何の縁?)

ミサは達彦を見つめる。

「ヤガミは変わってるな・・」

「よく言われます」

「キトウも、変なやくざだし・・・」

 

ーキトウがマフィアのはずないじゃないか・・・身分も明かさない謎の外国人を家にまで連れて行き、医者まで呼んで治療してくれるなんて・・・

もしマフィアだとしたら、かなり大物だろう・・・−

昨夜もマジナトール皇太子はミサにそう言っていた。

ー僕は人を見る目は確かなんだ。王室に使える者が皆、善人とは限らない。かえって私利私欲に走る者が多い。人を見抜くのは

自分を守る唯一の方法さ。おかげでこうして無事に亡命できる・・・−

 守られる事よりも、裏切られる事の方が多かった皇太子の半生。しかし、彼の胸の奥は恩人達でいっぱいなのだ。

 

「変な警察官に、変なやくざ・・・ですか」

大笑いする達彦に、ミサはポツリとつぶやく。

「私は、変な警察官も、変なやくざも大好きだ。たぶん、マージャも好きだと言うと思うぞ」

ああ、そうですね・・・達彦は頷く。

「マジナトール皇太子も、変わった皇太子ですものね」

王族でありながら、自らの手で王権を終わらせたのだから・・

 「とりあえず、三田署の方も揉めることなく仲良くしていてくれたお陰で、皇太子はお咎めなしで、スルーできたんですよ」

「マージャが、部下の躾を完璧にしたからだ・・・」

「怪我人も出さずに終わって、よかったです」

「八神警視には、副署長就任早々、大事だったね・・・」

今居が、達彦とミサの会話の途中で中座して入れてきた、自動販売機のコーヒーを二人に差し出す。

「署長こそ、こんな経験、めったに無いでしょうに・・・」

コーヒーを受け取りつつ、達彦は笑う。

「初めてだよ。八神警視がいてくれなければ、どうなっていたか・・さすがキャリアで、警視総監殿の実子だけはあるね」

七光り、八光りといつも言われている達彦は、初めて上司に褒められた。

「あんな状況で、堂々としていられるのは凄いよ」

貫禄・・・のようなものを褒められた、それに対してミサは反撃する。

「どちらかと言うと、ふてぶてしいんでしょう?でなきゃやくざと・・・」

恋人なんて無理・・・と言おうとして自粛した。

「父親は普通なのになあ・・・」

言いたい放題のミサに、達彦はため息をつく。

「ところで・・・ミサさん、いい加減に本名、教えてくださいよ〜」

はあ・・・思いかけない反撃にミサは言葉をなくす。

「ミサはコードネームでしょう?」

「秘密だ。女の本名を訊くという行為は、N国ではプロポーズで、教える行為はOKを意味するのだ」

へえ・・・・今居と達彦は顔を見合わせる。

「では、皇太子のお名前も・・・」

「マジナトールは王室の呼び名で、本名は別にある。使う事は、ほとんど無い名前だ」

ふふふ・・・・それを聞いて、達彦は意味深に笑う。

「いいですねえ・・・夫婦がこっそり呼び合う本名って・・」

「おい」

ミサは返答に困って、皇太子を振り返る。

マジナトール皇太子は静かに眠っている。長い闘争の日々で、寝溜め、起き溜めの出来る体質になっている。

とにかく今は、婚約者にも会い、無事保護され、休息をとっているのだ。

「マージャがこんなに熟睡するのは何年ぶりだろうか・・・もう、普通に穏やかに暮らして欲しいんだ・・・」

「幸運を祈ります」

「ありがとう・・・改めて礼を言う。キトウにもよろしく言っておいてくれ」

頷いて達彦は窓の外を見る。旅立ちの日は晴れて欲しいと、心のどこかで思ったりする。

 「あ、忘れるところでした、その鬼頭さんから・・・・」

内ポケットから、神社のお守りを取り出してミサに手渡す。

「交通安全のお守りです。旅の安全を祈って・・・って皇太子にくれましたよ」

「やくざが神頼みか?」

「やくざって案外、信心深いんですよ?」

笑いあうミサ、達彦、今居・・・

「でも、とても綺麗なお守りだな。工芸品としても価値がありそうだ・・」

「いや、平凡な、どこにでもあるお守りですよ」

(いや、それよりも、マージャが好きそうなデザインだ・・・)

マジナトール皇太子は、ミサの影響か、東洋的なものがお気に入りだった。

そんな事を考えながら、ミサはお守り袋を握りしめた。

 

 

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