波乱の一週間 後編 2

 

 

しばらくして、拓海と龍之介、まーさんは部屋から出てきた。

「マージャ・・・」

駆け寄るミサを見て、彼は静かに笑った。初めて見せた本物の笑顔だった。

「銃弾を摘出して、縫合しました。あと、輸血必要なんですが・・・」

まーさんが被弾と、大量の失血にも負けずに、ここまで気丈に辿り着いた事に、今更ながらに驚く鬼頭ファミリーだった。

「メシ、食いかけやけど・・・はよ輸血せなあかんしな・・・」

龍之介は、そう言ってまーさんを見る。

ま−さんは、龍之介に長い御礼の言葉を述べた。隣でそれをミサが黙って聞いていた。

「達彦さん、これで一件落着。開放されるんですね?」

優希が達彦にそっと囁き、達彦は笑って頷いた。

「ありがとうございました。また優君に助けられましたね。」

今回は、鬼頭の組長である龍之介が、大きく貢献していたが・・・

「とにかく、ミサさん。警察病院で輸血しましょう。皇太子が辛そうです」

達彦の言葉にミサは頷き、マジナトール皇太子に、達彦の言葉を告げると、鬼頭ファミリーに向きなおった。

「マージャがお世話になりました。何の御礼も出来ずに行く事が心苦しいのですが、ご恩は忘れません。」

「いや。元はといえば、俺の嫁が勘違いして連れてきたのが原因やから。何のもてなしも出来んと送るのは辛いけど、気ぃつけて・・・」

握手で送り出す龍之介に、マジナトール皇太子は大きく一礼して、達彦に連れられて出て行った。

 

嵐の後の静けさ・・・・

鬼頭ファミリーは放心状態だった。

「なあ達彦さん、まーさんの事、皇太子とか言うてへんかったか?」

優希が思い出したように言う。

「だから、身分明かさなかったんですね・・・確かに品のある人でしたね」

伊吹の言葉に頷く一同、拓海一人が意味を解さない。

「拓海先生も、すみません、お疲れ様でした。お寿司あるから、皆で飲みます?」

聡子の言葉に拓海は笑う。

「明日帰るんで、お酒はちょっと・・・」

拓海は伊吹と同様、下戸だった事を聡子は思い出した。

「でも、せっかくやから、このまま寿司食いながら昔話でもしませんか」

龍之介に言われて、拓海も頷いてダイニングの席に着く。

「拓海おじさん、俺、色々聞きたいんやけど・・・昔の親父と伊吹の事・・・」

優希はかなり乗り気で身を乗り出した。

「そんなん聞かんでええ・・・」

急に不機嫌になる龍之介に、伊吹は苦笑する。

 「あの・・・差し支えなければ、先ほどの事、事情聞かせていただけませんか?」

何がなんだか解らないまま、拓海は謎の外国人の腕から銃弾を取り出し、縫合した・・・

「そうやな、今回大きく貢献してくれはったから、事の次第は話しとこうか・・・」

龍之介は腕を組んでそう言う。

「あっ、でも・・・他言無用ですよ。拓海先生も鬼頭のファミリーの一員だから信用して明かすんですから・・・」

伊吹の言葉に、事の深刻さを感じつつ拓海は頷く。

聡子が、入れたお茶を拓海に差出し、席に着くと龍之介の説明がは始まった・・・・

 

 

「じゃあ・・・三田署襲撃事件と、さっきの方は関連あった・・・しかも、あの方の保護の為に、三田署は襲撃されたって事ですか?」

「そういう事になるわなあ・・・」

煙草をふかしつつ、龍之介は頷く。

「更に、あの婚約者っていう女の人、前に達彦さんが囮捜査した時に出てきた、ヤクのバイヤーやったんですよ・・・」

優希も驚きを隠せないまま、寿司をつまむ。

「ああ・・・やくざにヤク売ってたのをいっぺん、鬼頭に疑いをかけられたな。」

なんとなく、微妙に関わっている事が、縁と言えなくも無い・・・・龍之介は遠い目をする。

「でも、よかったですね、ぼん。警視さんの事も解決できたから」

伊吹の言葉に、優希は周りを気にする。

確かに、明日かあさってくらいには、達彦はここに戻るだろう・・・・心中は逢いたくてたまらない優希ではある。が・・・・

 「それより、龍之介さんの英語力には驚きましたねえ」

箸を動かしつつ、拓海は笑ってそう言う。

「いや・・・まーさんが綺麗な英語使うてたから・・・訛ってたらアウトやったな・・・」

あれ・・・優希は首を傾げる。

「そういえば、親父・・・日本語は訛っとるけど、英語は訛ってないんか?」

素朴な疑問である・・・・

「訛るかい・・・」

「優希、お父さんは組長を襲名する前は、標準語だったのよ」

え・・・標準語の父など、想像も出来ない優希は驚いて声も出ない。

当然ではあるが、優希はへたれ時代の父の姿を見てはいない。

何度、聞かされても想像も出来ないのに・・・標準語の父など、さらに想像も出来ない。

「なんで・・・大阪に住んでて、標準語やったんや?」

優希の言葉に、伊吹が笑って答える。

「大姐さん・・・つまり、組長の御母堂が標準語を使われていたんで・・・子供は母親から言葉を習うもんやないですか」

へえ・・・・優希は頷く。へたれの父も知らないのに、その母・・・つまり祖母まで優希は知る由も無い。

「そういえば・・・お義兄さん、記憶を無くしていた時は、標準語使っておられましたよね・・・」

拓海が川から伊吹を拾い上げ、自分の病院で治療していた時の事を思い出した。

ああ・・・伊吹は、あいまいに頷く。記憶喪失の時の記憶が、すっぽりと欠落している。

「そうや、そうや・・・そうやった。それだけや無いぞ、超天然やったんや」

忘れようとしても、忘れられないあの頃の伊吹・・・龍之介はやっと昔話として語れる自分に笑みが漏れる。

「そうそう、記憶無くしてたから、ウチの病院で介護士として手伝って貰っていたんですが、もう、お年寄りに人気があって

好かれて好かれて〜」

拓海の言葉の意味が、優希にはまったく理解できない。

「拓海先生くらい愛想よかったぞ・・・満面の笑顔で”どなたですか?”とか言われたみたいで、南原とか泣いてたぞ」

龍之介は笑うが、聡子は笑えない・・・・

伊吹と再会した時、南原の隣にいた聡子は、当時の南原の衝撃を目の当たりに感じた。その感覚が今も鮮明によみがえる。

記憶の無い伊吹と、その場に居合わせていない優希は、会話から取り残されている。

「伊吹は、本来はこんな人生送るはずやったんかな・・・とか色々考えたわ・・・」

その想いは、今でも龍之介の心の隅に残っている。鬼頭のカリスマ・・・今の伊吹は造られた虚像でしかないのではないかと。

はははは・・・伊吹は、そんな龍之介の心配を一掃した。

「組長、私に別の人生なんか、あるはず無いやないですか。」

龍之介のいない人生などありえない。出逢った時から変わらず、いとおしんできた最愛の恋人・・・

ふっ・・・小さく笑って、龍之介は俯いた。涙が出そうになって・・・・

(俺もそうや・・・)

声にならない想い・・・

無言の空間に流れる恋情を、聡子と拓海、優希はじっと見守る。

龍之介の昔話はいつも、伊吹への想いでいっぱいなのだ。母代わりで、兄代わりで、大事な右腕の最愛の恋人・・・

ふと、優希は達彦と自分の関係に思いを馳せる。いつか、自分が今の龍之介の年齢になった時、自分と達彦はどうなっているのか・・・

父と伊吹のように、後悔の微塵も無く、お互いを想いあっているだろうか・・・

そこまで思い巡らせて、優希はふと、美和子に事の次第を報告しなければいけなかった事を思い出した。

「あ、ちょっと電話してくる・・」

携帯を掴むと席を立ち、別室に入っていった。

「どこに電話や?」

龍之介の言葉に、一同は首をかしげた。

 

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