波乱の一週間 後編 1

 

  

 届いた寿司を囲んで、龍之介はさっきの通話内容をまーさんに伝えた後、優希を見る。

「土下座の警視さん、この件に関わっとるで・・・」

え?優希は顔を上げる。あれから美和子からの連絡も無く、気をもんでいたところだ。

「すぐ来るそうや。まーさんの婚約者連れて。訳判らんけど、婚約者に再会したら俺らはミッション完了やろ?」

「N国の三田署襲撃と何か関連があるんでしょうか・・・・」

井上の話とニュースでの情報しか無いが、この謎の外国人はあまりにもタイムリーすぎると伊吹は感じる。

「たぶんな。俺はそれで、心配で、夜も寝られんくらいなんや・・・」

やろうな・・・と龍之介は頷く。愛する人の安否が判らないのは生きている心地がしないだろう。

「もう、安心や、すぐ会えるしな」

それはありがたいが・・・しかし、そうなると、この通称まーさんの正体が非常に気になる・・・・

「!まーさん・・・血が!」

急に聡子が悲鳴をあげた。シャツの左腕が血で染まっていた。

え?!凍りつく一同の中で、龍之介が一人、冷静に立ち上がり彼の傍に行くと、シャツから左腕を抜き、傷を調べた。

「これ・・・」

布の切れ端で縛って止血してはいるが、出血の多さで血が滲んでいる。

「キトウ・・・」

すまなさそうに、まーさんは事情を語りだした。

 

 

「出国する際に、追っ手に見つかって発砲されて、被弾したらしい。それでも何とか、ここまで来れたらしいんやけどな・・・」

「それ、黙っとらんと、言わなあかんやろ?」

優希がため息をつく。このままで大丈夫というわけには行かない。

「俺もそう言たけど、これ以上、迷惑かけられへんて・・・」

はあ・・・一同は黙り込む。確かに、病院に行く事は出来ない。

「でも、八神警視来るんでしょう?警察病院とかで治療可能やないかと・・・」

伊吹の言葉に頷きつつも、聡子は心配そうに、まーさんの腕を見る。

「でも、出血が多いですよ・・・応急処置とか出来ないでしょうか・・郁海君を呼んでみましょうか?」

同じマンションにいる医大生・・・・・しかし、医者ではない・・・

その時・・・・

「優希さ〜ん。差し入れに来ました。」

噂の郁海の声がドアの向こうでした。とりあえず、郁海を部屋に入れた。

「父さんが昨夜、大学の同窓会で上京しましてね〜持ってきた蓬莱の豚まん、おすそ分けしますよ〜」

この緊迫した状況に、おおよそふさわしくない陽気な郁海は、浮いていた・・・・

「ちょ・・・郁海、拓海先生おるんか?今?」

いきなり、つかつかと出てきた龍之介に郁海はきょとんとしつつも、挨拶をする。

「あ・・鬼頭のおじさん、お久しぶりです・・・伊吹伯父さんも・・・」

「挨拶はええから、拓海先生・・・」

「いますよ、さっき同窓会から帰ってきて・・・」

「呼んでくれ。俺が会いたいて言うてるて・・・それと、怪我人おるから看て欲しいて・・・」

はい・・・頷いて郁海は出て行った。

昔、被弾した伊吹を治療した花園拓海の助けを皆、心の中で期待していた・・・

「ここで治療可能ですかねえ・・・」

昔、助けられた伊吹がつぶやく。

「ああ・・あちこちで怪我人拾ってくるような医者やからな・・・もしかしたら、メスとか、縫合道具とか持ち歩いてるかもな」

どっかの漫画じゃあるまいし・・・優希は半信半疑だ。あんな、ぽわんとした、笑顔怪人にそんなシャープな所があるとは思えなかった。

「鬼頭さん、おられるんですか?・・・お義兄さんも一緒ですか?」

急いで来たらしい拓海が、開いたドアから飛び込んできた。

「誰ですか?怪我したの?まさか、やくざの出入りでやられたんじゃ・・・」

家庭用の救急箱まで手にしていた。

優希はドアの鍵をかけて、ダイニングに拓海を導く。

 

「何も訊かんと、この人の応急処置してくれへんか。」

と指されたまーさんに近寄り、拓海は縛った布切れを解く。

「被弾しましたね、銃弾出して、縫って・・・でも、輸血必要かも。あ、お湯沸かしてください。あと、部屋貸してください」

聡子が湯を沸かしに立ち、龍之介はまーさんに状況を説明する。

「あ、もしかして・・・日本語が通じ無いんですか・・・」

傍にいた優希に、治療のための部屋に案内されながら拓海は訊く。

「英語で会話してます。話せるのは親父だけです」

「じゃ、龍之介さんに通訳で、治療につきあうように言ってください。」

 

こうして、ばたばたと事は運んでいった・・・・・

 

 

しばらくしてチャイムが鳴り、達彦とミサが現れた。

「達彦さん・・・」

とりあえず顔を見て、ほっとする優希。

「例の人は・・・どこに?」

頷いて、伊吹がダイニングに導く。

「怪我されてまして、治療中です」

「え?!怪我・・・まさか被弾したのか」

ミサが青ざめる。

「はい、被弾して、出血が・・・警視さん来るまで待たれへん感じやったんで、知り合いの医者に応急処置を頼みました」

「その医者、腕は確かなのか?」

ミサは気が気ではない。

「昔、瀕死の私を川から拾い上げて、肩から銃弾取り出して治療してくれた命の恩人です。そのほか、

道端でいろんな怪我人拾っては治療してる人です」

「いかにも、マフィアご用達な医者だな・・・」

ミサは頭を抱える。

「あの・・・達彦さん。その女性、どこかで会ったような気がするんですが・・」

優希は、毒舌全開の達彦の同伴者が、非常に気になった。

「ああ・・・以前、囮捜査で優君に助けられた事があったでしょう?その時の、ヤクの売人。ミサさん・・・」

どういう紹介の仕方をするのだ・・・・ミサは顔をしかめる。

「例の方のフィアンセです。」

ああ・・・頷く鬼頭ファミリー。

「ヤガミ、ところで彼らはマフィアなのか?」

やくざらしく無い面々が並んでいるため、ミサは疑問を隠せずにいる。

「俺は組長の息子で、こっちがお袋、つまり鬼頭の姐。そっちが組長の側近ですけど・・・何か?」

優希の口調を伊吹は目でたしなめる。まるで喧嘩を売っているようではないか・・・

確かに、彼女達のせいで達彦は被害を受けたのではあるが。

「龍之介さん、いませんね」

「通訳でいま、銃弾の摘出につきあってます。まーさんと対話可能なのは、組長しかいませんでして・・・」

まーさん・・・伊吹の言葉に、達彦は首を傾げる。

「あ・・まーさんというのは、謎の外国人では呼ぶのが不便やからと、組長が名づけた愛称です」

どこから、まーさんが出てくるのか・・・達彦とミサは絶句した。

しかし、決して本名を明かさなかったろうマジナトール皇太子を、まーさんと呼ぶとは、的を得て妙である。

「とにかく、私のフィアンセを保護してくれた事、礼を言う」

マジナトール皇太子の顔を見るまでは不安ではあるが、ミサは、彼にたどり着いたという事で一旦緊張を解いた。

「顔見るまでは不安ですよね」

慰労するように、聡子はミサと達彦にコーヒーを差し出した。

 

 

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