波乱の一週間 前編   2

 

 

 

三田署の食堂で、警察官達は拳銃と手錠、携帯を回収されて、収容されていた。

「八神君・・・君の射撃の腕で何とかならんかね・・・」

今居和夫署長は囁いた。

「戦闘用の機関銃相手に、拳銃が適うわけないでしょう・・・」

そう言ううちに、革命軍の兵士がダンボール箱を持って廻ってきた。

拳銃、手錠、携帯の順にその箱に投げ入れる今居と達彦。

しかし、内ポケットには、常に電源を切ったままの第2の携帯があった。

総てまわり終え、ダンボールを食堂のカウンターに乗せたとき、奥から軍服の女が現れた。

短髪の男装の麗人・・・・・

「あれ・・・」

達彦は目を疑う。確かに見覚えがある。

「署長と副署長は前に出ろ」

言われるままに、今居と達彦は前に出た。

「署長の今居です」

「副署長の八神です」

あれ・・・・

達彦を見て、女もやはり首をかしげた。

「交渉に入る、署長室に案内しろ」

電源は切断されており、ポータブルサーチライトの灯りで今居、達彦、初老の軍人と女軍人は廊下を歩き出した。

「日本語がお上手ですが・・・日本人ですか?」

達彦が笑顔で話しかける。

こういう状況でも、ひょうひょうとしている彼が今居は羨ましい。

「日系3世だ。こちらは4世。日本語が通じるのは、この二人だけだ。」

「ああ・・・・」

停電でエレベータが使えないため、階段を使う。

「少し上りますよ?」

階段で2階から4階まで上った。

奥の署長室までたどり着くと、ドアを開け、4人は中に入る。

応接用のソファーに腰掛けると、女は本題に入った。

「我々の要求は、N国のマジナトール皇太子を無事に日本に入国させる事だ」

「何のためか、お聞きしてもいいですか・・・」

捕虜になっている割には、達彦の態度はでかい。腕組みしてそんな事を聞いてくるのだ・・・

「皇室の一員でありながら、マジナトール皇太子は革命軍の指揮官であられた。我軍が祖国で勝利を収めた今、

皇太子は軍から狙われる立場となられた。

私達は、マジナトール皇太子に日本経由で、母君の祖国に亡命していただく計画を立てたのだ」

「革命に手を貸してあげたのに、皇室関係者という事で消そうとするなんて、義理のない軍隊ですね・・

恩を仇で返す気ですか・・・」

あまりにも言いたい事を言う達彦が、今居は怖くて仕方がない。

「それを言うな・・・私自身も憤っているところだ。」

「でも、マジナトール皇太子は素晴らしい方ですね。自ら王権に幕を引くとは・・・勝海舟のような方です」

(勝海舟なんて知らないよ?この人たち・・・・)

今居は心で突っ込みを入れた。

「判りました、お助けいたしましょう。で、いつご入国されるんですか?」

「明日の午後。2時に成田空港に到着される」

「今、N国から日本入国は禁止されていますから、入国審査でひっかかっている皇太子を見つけて、

お連れすればいいのですね」

あまりに簡単に言ってしまう達彦が、今居は羨ましくて仕方がない。

「まあ・・そう言うことだ。ところで・・・お前、私に見覚えないか?」

「あります。もしかして・・・・・麻薬密売のバイヤーのミサさん?」

し〜ん 一瞬、沈黙が走った。

「何故それを・・・あ!あのときの女・・・まさか!」

はははは・・・・達彦は苦笑する。

「囮捜査で女装してたんですよ。」

ミサはため息をつく

「少佐?」

年配の軍人は彼女の気配に不安になる。

「ノモト・・・私達はとんでもない人物を監禁してしまった・・・」

あの時・・・達彦を助けに来たのは、鬼頭組の一人息子・・・聞けば、かなり大きな関西マフィアらしい。

俺のイロ・・・そう言っていた、それが真実かどうかは、さて置き、知り合いで、かなり親しいということは確実だ。

そして、もう一つ気にかかるのは・・・・・

「日本のポリスのトップが、ヤガミという男だと聞いたが、お前と関係あるのか?」

まさか、苗字が同じだけで身内などという可能性は薄い・・・そう信じたかった・・・

「実の父ですが・・・何か?」

終わった・・・・・ミサは頭を抱えた。

(どうりでこの男、余裕があると思った・・・ポリスのトップが息子を見殺しにはすまい・・・

ましてやバックには日本のマフィアの後継者まで・・・)

 『この男の、この余裕は最強のバックから来ている。ノモト・・・私達は日本の表と裏の権力を敵に回す事になった。』

『早く皇太子をお連れして、立ち去ったほうがいいですね・・・』

突然自国語で話し始めた二人を見つめつつ、今居は困り果てている。

「署長、明日で決着つきますから。大丈夫ですよ」

達彦に励まされつつ、今居は苦笑した。

 

 明日の大事に備えて取りあえず、ミサとノモト、今居、達彦の4人は署長室で仮眠を取る。

 

明け方の4時、ミサの姿が見えない事に気づいて、達彦は廊下に出た。

男ばかりのところに、紅一点。気を使ってしまうのだ。

祈るような神妙な面持ちで、窓の月明かりに照らされて、廊下にたたずむミサの姿を見つけ、傍に行く達彦を

ミサはゆっくり振り返る。

 「ポリスのトップの息子で、関西マフィアの知り合い・・・何者なんだ?」

「いやあ・・・そのまんまですよ」

「イロ・・・とは・・事実か?」

「鬼頭優希は私の最愛の人です。」

ふうん・・・驚くことなく、彼女はうなづいた。

「私は、マジナトール皇太子のフィアンセだ。彼が入国したら二人で亡命する。」

だからか・・・軍の誰もが彼女に一目置いていた。女の身でこんな事をしているのも頷ける。

「軍の資金稼ぎに麻薬売ってたんですか・・・」

達彦はミサを見つめる。後でN国や軍、皇太子の顔に泥を塗るまいと身分を隠しての密輸入だった・・・

「悪い事とは思っている。でも、綺麗事で勝てる戦ではなかった。この件に関しては見逃してくれ・・・」

「済んだことですから・・・しょうがない。頑張って回収しますよ。」

ふふっ・・・・ミサの顔から笑みが漏れる。こんな警察官は、はじめて見る。

 「あなたたちが良心的なので、信用しての事です。怪我人も出ていないし、婦警さんはちゃんと解放してくれたし・・・」

「私も女だからな、女子供に危害は加えたくない。それに、他国に必要以上の危害を加えることはマージャがよしとしない」

マージャ・・・愛称で自らの婚約者を呼んだ彼女が少し、恋する乙女に見えた。

「ヤガミのラバーも、今頃は心配で眠れないだろうな・・・」

愛する人と離れ離れ・・・逢うまでは安心できないだろう。

「明日、無事に再会できる事を祈ります」

優しい微笑みを残して、達彦は署長室に戻った。

「八神警視・・・」

心配そうにしている今居の隣に腰掛け、達彦は笑う。

「心配ありませんよ。そんなに凶暴な人たちじゃないみたいだし、明日皇太子さえ、無事に入国すれば終わります。」

明日で総てが終わる事を、今井も、達彦も、ミサも心から願っていた・・・・・

 

 

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