波乱の一週間 前編   1

 

 

 

夕食を優希の部屋でとって、そのままお泊り・・・最近の達彦はそんな日々を送っている。

定時であがり、明日の出勤準備を整えて、明日着てゆく服を持って優希の部屋へ・・・・

「何のためにあるんでしょうね、達彦さんの部屋・・・」

風呂上りのお茶が、いつの間にか寝室の優希の机で飲まれるようになっていた。

「でも、住むところ、別でないと色々と問題が・・」

仕事関係の資料、書類を人目に触れさせるわけに行かない。

「そやから、今でも部屋一つ、達彦さん専用にしてるし、俺は入らんようにしてるし・・・つーか、他の警察官かて、

嫁とか、子供とかと同居してて、それは問題ないでしょう?」

「嫁、子供ならいいんですが・・・」

苦笑する達彦。どう頑張っても二人は世間的には他人でしか無い。

「慎吾君ところは間借りということで、一緒に住み始めたみたいですねえ」

「ええですねえ・・・同業者やから、問題ないし・・・」

拗ねる優希が可愛くて、達彦は笑いが漏れる。

「管理職になったら、泊り込みとかないんですね。」

「ええ、現場から一歩離れた・・・というところですか・・」

毎日逢えて、優希は好都合だが。

「でも、あのあたり大使館が多いでしょう?ウチの近くに今、内戦中のN国の大使館がありましてね・・・

物騒といえば物騒です」

N国・・・クーデターが起こっているらしいことは、ニュースで報道されていた。

政権を王室から民主に・・・時代の流れは停められない。

「でも、もう危険な事はしないでしょう?それに大使館あるからって、こちらに被害が及ぶ訳とちゃうし・・・」

今はN国への入国も出国も禁止されていて、大使館は閉鎖状態だった。

形だけ、窓口に職員がいるくらいで・・・

「大事な人が出来ると、無茶出来なくなるって皆、言ってたけど本当ですね」

達彦自身、現場を退いてほっとしている。今は優希のためだけに生きていたい。

「ほんまに、事件がおきて音信不通になると、どれだけ心配か、わかりますか?」

これは警察官の家族が、総て通過している事かもしれないが・・・・

「すみません。私、警察辞めますか?」

冗談とも本気ともつかない言葉に、優希は苦笑する。

そんな権利は自分にはない・・・・達彦は、ただの巡査ではない。

キャリアで、射撃はオリンピック並みの腕を持っているのだ・・・・

優希は立ち上がって、椅子に腰掛ける達彦を後ろから抱きしめる。

「簡単にキャリア捨てたらあきません。俺も、鬼頭組捨てられへんのと同じくらい、実は達彦さんも

警察官が好きなんでしょう?」

「はい、でも優君より大事なものはありませんから」

「捨てて欲しいないんです。俺のためなんかで・・・」

「判りました。その代わり、ずっと私の傍にいてくださいね」

カップを置くと、達彦は立ち上がった。

「優君がいなきゃ、意味無いですから」

そう言うと、優希を抱きしめた。

「毎日逢うても、全然足りませんねえ・・・」

ひょいと達彦を抱き上げると、優希はベッドに下ろす。

逢えば逢うほど、さらに逢いたくなる。繋がれば繋がるほど、もっと繋がりたくなる。

「きりがないんですよ・・・・どうしょう・・・」

達彦の前に屈みこむ優希の首に両腕をまわして、達彦は優希にくちづける。

「腕枕時代は、それなりに満たされていたのに、今じゃ全然足りませんね・・・」

「親父の気持ちも、なんとなくわかりました。お袋に気ぃ使こうたりして、なかなか逢えへんから、

コッチでハネのばすんやなあ・・・って」

非難めいた事を言って悪かったとさえ思う。

「じゃあ、今度からは、そっとしておいてあげてくださいね・・・・」

そう言いつつ達彦は、優希を引き寄せつつ横たわる。

「どっちにしても、もう、人の恋路に構ってる暇、無いですから」

 色々と事情のある間柄・・・それは達彦と優希にも言える事。

先の事はわからない。

でも、とりあえず今を大切にしたい。

 

 

 

そして、いつものように朝が来て、出勤してゆく。

永遠にそんな日が続くと思われた。

 

 

ーすみません、急用で今日は署に泊まりですー

夕食を作って待っていた優希の携帯に、達彦のメールが送られてきた。

ーしばらく連絡できないかも知れませんが、心配しないでくださいねー

(心配するやろ・・・これ・・・)

嫌な予感がする。

朝、何事もなく、いつものようにお互いの勤務先にそれぞれ向かった。

なんの違和感もなく・・・・・

 

ー・・・・・・夕刻、港区にある三田署にN国の・・・ー

テレビから流れてくる音にはっとする。もう7時のニュースが始っていた。

 ーN国の革命軍が押し入り、立て篭もっているようです。具体的な要求はまだ明かされていませんが・・・

今居和夫署長他、40名の警察官が監禁状態に・・・・・ー

え?

(署に泊まります・・・じゃなくて、監禁されて帰られへんのやろ・・・心配するなって・・・おい!弱小後進国の癖に

国家権力に楯突きやがって・・・・)

ふつふつと怒りが湧いてきた。

そのとき、優希の携帯が鳴った

「達彦さん?」

着信番号の確認もせず、急いで通話ボタンを押した優希は、我知らず達彦の名を呼んだ。

ー優希くん・・・私。ー

達彦の母、美和子からだった。

美和子に気に入られた優希は、よく美和子と時々会っていた。達彦抜きで。

携帯の番号も教えあう仲になっていたのだが・・・・

 「お母さん・・・」

ーニュース見た?驚いたでしょう・・・報道されるまでは情報を漏らせないから、何も言えなかったの。

革命軍が大使館に潜んでたみたいでね、三田署が近かったから襲われたのね。ー

「そんな・・・命知らずな・・・」

ーどうせ、何処襲っても、警察と交渉するんだから、直接警察に行くほうが手っ取り早いって事かな・・・

いくら拳銃所持していても、外国人相手にむやみに撃てないじゃない?外交問題になるし。

まあ、おとなしくしてりゃ危害は加えなさそうだし。相手の要求を待つしかないわねー

美和子自身も心配でたまらないだろうに・・・

「言葉・・・通じるんですか・・」

問題はそこだ。

ー首謀者に日系人がいるそうよ。まさか意思の疎通できないのに、日本の警察襲わないでしょう?ー

はあ・・・

ー心配だと思うけど、気を強くもって見守ろうね・・・−

こんな事は過去に何度もあったのだろう・・・夫を警視総監に持ち、息子は警視正と警視。

 いつも覚悟して彼女は生きている・・・

「お母さんのほうがもっと大変ですよね・・・」

ー何かあったら連絡するわ。−

そう言って切れた電話。

何ともいえない重圧感が優希を襲う。

 

 

 

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