新たな日常 3

 

 

 いきなり、港区の三田署に配置換えになった達彦は、辞令を持って署長室に向かう。

(いきなり副署長って何・・・)

ー大丈夫、慎吾君なんか町田署の署長なんだから・・・−

こともなげに言う父に呆れつつ、辞退する事も出来ずに、副署長に納まる・・・

「八神達彦です」

ドアを開けると達彦は頭を下げる。

「八神警視、待っていたよ。君のお兄さんが新人の頃、私は彼の上司だった事があるんだ。」

つまり追い越された・・・ということか・・・

ノンキャリアには良くある事だ。

しかし、彼はひがむ事も、うらやむ事も無く、懐かしそうにそう語った。

「八神警視正はお元気かね」

「はい、相変わらずの仕事人間です」

今居和夫、この父、孝也と同じ年の署長は今までの達彦の上司とは違い、誠実そうだった。

「君は八神警視正とは雰囲気が違うね。兄弟なのに・・・」

「私は母親に似たそうです」

「どうりで美人なはずだ。しかし、合気道と射撃の腕前はお兄さん以上だとか?」

「でも、まるで兄には追いつきませんよ。貫禄が無いというか・・」

「それでも、君が優秀な事には変り無いじゃないか」

「ありがとうございます」

そう言ってもらえたのは初めてかも知れなかった。

どこかほっとした。

「慣れるまでは私について覚えればいいから、署長よりは荷が軽いだろう?」

そう・・・慎吾は署長をやっているのだ。

(私はそんなに器用じゃないからな・・・)

苦笑しながら、頭を下げる。

とりあえず、キャリアを妬むノンキャリアの集団からは逃れられたという気がした。

「よろしくお願いいたします」

達彦は微笑んだ。

 

 

「ぼん、最近ご機嫌ですね」

銀行まわりから帰ってきて、支店長室に入った優希に、コーヒーを差し出しつつ、井上は笑う。

「ああ、何もかも上手くいってて・・・天下無敵って感じやわ」

達彦さえいてくれれば、世界を総て手に入れたような気さえする・・・・

「鬼頭支店長は仕事も慣れてきて、公私共に絶好調なんですね」

帳簿を抱えて入ってきた金居女史が、笑ってそう言う。

「当分は、ぼんは鬼頭商事担当ですね。組長はまだ引退考えてはらへんし・・・」

「親父にはもうちょっと頑張ってもらわななあ・・・」

「引退の暁には、アレですか?組長は鬼頭商事担当ですか?」

さあ・・・・考えても見なかった。

「大阪本社もあるしなあ・・・」

「藤島さん、またこちらに来られないかしら・・・」

伊吹が支店長をしていた頃からいた金居女史は伊吹のファンなのだ。

「金居ちゃん・・・そしたら組長は本社、藤島の兄さんは東京支店て、離れ離れか?」

「ダメですか?」

「アカンでそれ・・・」

井上は大笑いする。

龍之介と伊吹の関係を知らない金居女史はきょとんとしている。

「なんにしても支店長不在でも、俺と安田女史、最近では金居ちゃん、二人でなんとか守ってきたやんか」

「本当に、ほとんど支店長不在でしたよね」

「ぼんも、いつまでかなあ・・・・」

おい・・・・

優希は呆れる

「追い出したいんか?もしかして、井上さん、支店長の座狙ってる?」

「あ、ばれました?」

ははははは・・・・・・

大笑いの3人。そんな冗談のいいあえる仲。

「でも、井上さんは親父が大学生の頃から知ってるんやな・・・」

「いえ、もっと小さいときから知ってますよ。中学生の頃、よう、先代と一緒に来られてました。夏休みとか・・・」

ふうん・・・・

「その頃の組長はほんま、可愛かったなあ・・・・」

「俺は小さいとき、ここに連れてきてもろうてないぞ?」

仕方ないとは思うが・・・・

昔から大阪視察は伊吹と二人・・・

優希の言うところの不倫旅行をかねていた。

「ぼん、拗ねたらあきません。ぼんには姐さんも藤島の兄さんもおったんやから。一粒で二度美味しいやないですか」

まあ、寂しい思いはしてこなかった。

それは事実。

「組長には、ほんまに藤島の兄さんしかおらんかったし。そやから、たまに先代も気ぃつこうて大阪まで連れてきはったんですよ」

それは判らないでもない。

龍之介には伊吹しかおらず、伊吹にも龍之介しかいなかった・・・・

鬼頭を継いで、多くの組員に囲まれる立場になっても、2人はお互いしか見ていない。

自分と達彦もそうなのだろうか・・・・

優希はふと考えてみる。

龍之介と伊吹の場合はまた特別なのだろうが。

「それに組長は、ぼんの歳で、組継いで、妻子もちで・・・ようやらはった。かなりしんどかったんでしょうね。

ぼんにはそんな苦労させとうないから襲名を後伸ばしにしてはるんですよ。」

 それが、龍之介の愛情なのだと気付いてはいる。

ー伊吹がいてくれたから出来た事ー

龍之介はいつもそう言っていた。

「俺も、親父みたいになれるかな・・・」

「ぼんは組長の息子ですから・・・」

そう言って井上は頷いた。

一人じゃない。最愛の人がいる。その事が大きな支えであることは確かだ。

達彦とともにいる日常が、長く続く事を祈り続ける。

いつも一緒にはいれないけれど、心はいつも近くにいて一番近い人。

そんな人がいる事だけでも幸せだと思えた。

 

 

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