新たな日常 1

 

 

 

「達彦・・」

都庁の研修で達彦は、慎吾にばったり会った。

「慎吾君、お久しぶり。慎吾君も来てたんですか?」

昼食時間に食堂に向かう廊下でばったり会ってしまった。

「髪、切ったんだな」

「ええ、囮捜査とか、もう辞めました。かなり危ない目にあっちゃって・・・コリゴリですよ〜」

相変わらずへらへら笑う達彦の、いつもと違う雰囲気を感じ取り、戸惑う。

「三浦先輩、どなたですか?」

慎吾の隣にいた、まだ若い新米の警察官が訊く。

童顔の栗色の髪、銀縁の眼鏡が無ければ、まんまお子様だった。

「ああ、あの有名な八神一族の末っ子。俺の幼馴染み。」

「あ、申し訳ございません!稲葉俊介と申します。まだ警察官1年目でいたりませんが、よろしくお願いいたします」

礼儀の正しいお坊ちゃんという感じだった。

「俺の今の相棒。これでもキャリアだぜ。階級は警部補・・・」

可愛い後輩・・・そんな雰囲気がにじみ出ていた。

「八神達彦です、よろしく。」

素直で可愛い、まっすぐな後輩・・・どれだけ慎吾が彼を大事にしているか判る。

不思議にもう、二人にわだかまりがなくなっていると感じる。

それは達彦の優希との事が原因なのか、それとも慎吾の後輩が原因なのか・・・・

おそらく、その両方・・・・

 

食堂で、日替わり定食をとり、席に着くと、稲葉はお茶を取りに席を立った。

「鬼頭優希は元気か?」

「はい、やっと他人じゃなくなりました」

はあ・・・・笑顔で軽く報告されて、慎吾は呆れる。

「やはり・・・まだだったのか・・・お前ら・・・」

「あ、バレてました?」

(あんな事があって、俺の気持ちも知っていながら、どうしてこいつは軽くそんな事を報告するかなあ・・・・)

深い意味も、悪気も無い、それは判る。あえて言うなら今、浮かれている・・・そんなところだろうか。

「まあ・・・幸せにな・・・」

そんな事が無理なく言える自分に少し驚く。

「可愛い子ですね、稲葉くんって。」

「何が言いたい・・・」

「別に」

慎吾は達彦の変りように驚く。

いつもと変らない達彦の言葉の裏に、いつもとは違うニュアンスを感じた。

昔の達彦なら、ー可愛い子ですねーこの言葉を単に初々しい、素直だ、そんな意味で使っただろう。

しかし、今のは・・・・

慎吾君の可愛い子・・・そんなニュアンスを見る。

(こいつら、本当にデキちまったな・・・)

恋愛の機微に疎い達彦がそんな事にまで気付くとは。

そこへ、コップにお茶を注いできた稲葉が現れた。

「熱いですから、気をつけてください」

と、達彦、慎吾の順に茶を渡す。

「ありがとう」

達彦の笑顔に、俊介は恥ずかしげに俯く。

自然体の慎吾に達彦は安堵する。

達彦にこだわり、確保すること捕獲する事にこだわっていた頃の、張りつめたような棘棘しさは、もう無い。

心が通う相手と出会い、信頼しあえる・・・そんな充実感の中にいるのだと感じた。

「なんか、色々・・・よかったですね」

そう言いつつ、箸を取る達彦。

「お前も・・・おめでとう」

これで元の幼馴染みに戻れる。達彦は安堵する。

 

 

優希は鬼頭商事の近くのレストランで、龍之介と伊吹と3人で昼食をとっていた。

「親父、すまんな、入れ違いで退勤して・・・」

無事に父の来訪をスルーして、優希は余裕だった。

「ええ。突然来た俺が悪いんや。」

特別上機嫌の父に優希は、ほっと一安心する。

「お前、なんかスッキリした顔してるな・・・」

え・・・隣で伊吹はギクリとする。

「俺からしたら、親父のほうがスッキリした顔してるぞ?あんまりハメ外すなよ、歳の事考えろ」

なかなか負けていない優希に、呆れつつ龍之介は苦笑する。

うすうすは勘付かれている感があるが、まあ、それでいいと優希は思う、

「それは、そうと・・・土下座の警視さん元気か?」

ぶっ・・・・飲みかけていた水を噴出す優希。

やはり、父には勝てない。報復されて優希は沈没した。

哀れそうな眼差しを伊吹にむけられて、半泣きになった優希は昔、伊吹が言っていた事を思い出す。

 

ー組長は天然微少年でしたが、毒舌でしたよ。やはり、頭の回転が速いからか、言葉をあやつって、人をこてんぱんにするけど、

本人は自覚無しという、厄介な特技を持ってて、私も被害にあいました・・・−

 

藤島伊吹の、カリスマ崩壊エピソードの数々を知る、ただ一人の人物が龍之介である。

有名なのは、先代の側近を勤めた島津の18番、”鉄の貞操”だろうか・・・

伊吹には、一番言われたくないネタでもある。

 

「親父にはかなわんな・・・」

確かに、龍之介は、今の優希の歳で鬼頭組を襲名している。

嫁も貰っている。

それなりに苦労してきたのだ。そう思うと、自分はまだまだである。

「親父は19で情夫(いろ)持って、22で襲名して、嫁もろて・・・23で子持ち・・・図体だけデカくて、なんもでけへん俺なんかとは大違いや・・・」

おい・・・突然いじけ始めた優希に、龍之介はあっけにとられる。

「発育不良とか、ヘタレとか言われながら、ちゃっかりさっさとヤル事やってるし・・・」

「おい、いい加減にせい。しばくぞ?」

とても冷静に、静かに、笑顔でそう言う龍之介、ブリザードが吹きすさぶ・・・氷の刃は健在である。

こういう時、伊吹はやはり、この二人は親子なのだと実感する。

虎の子は虎、獅子の子は獅子・・・・

「組長も、息子相手に大人気ないですよ。ぼんも、身体に気ぃつけて・・・」

そんな締めくくりをして、伊吹は立ち上がり、会計をする。

「しっかりせいよ。大事なんはこれからや」

立ちあがって歩き出すと、龍之介は優希にそうささやく。

「守ると決めたんなら、最後まで守りぬけ。添い遂げろ」

(親父・・・・)

それが、父から、息子に送られたエールだった。

 

 

「やっぱり、そうやったんか・・・」

大阪に向かう新幹線の中で龍之介はつぶやく。

「ご存知でしたか?」

走り出す列車、流れる窓の外の景色・・・・

「なんとなくな・・・第一、お前からして、おかしかったからな」

はははは・・・・・

返す言葉も無い伊吹。

「つーか、気付かんかったら親でもなんでもないやろ?あいつも、どんどん男になって行くんやな」

「ぼん、幸せそうな顔してましたね。19歳の頃の龍さんを思い出しました。」

ふっー

照れたように龍之介は俯いた。

「あいつのお陰で、藤島伊吹を2晩まるまる独占できたから俺も、満足や。」

隣の席の伊吹の左手の上に自分の手を重ねる。

「にしても、ご苦労な事やな。優希のために自分の身を挺して、色仕掛けで俺を引き止めるとは」

「本当に人聞きの悪い・・・・ぼんの事は、ただの言い訳。大義名分ですよ。」

「確かに、お前もこのところ、かなり我慢してたみたいやったけどな。満足できたか?」

「龍さん!」

伊吹に睨まれて龍之介は笑う。

「ええですか?こういうことは滅多に言いませんから、よう聞いてください。貴方を欲する想いに限りはありません。

満足する日など永遠に来ませんよ」

ああ・・・・頷いて、龍之介は呟いた

「俺も、そうや」

 

 

 

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