永久の契り 6
朝、優希が目覚めると、達彦の姿が無かった。
(あれ・・・)
むっくりと起き上がると、ドアが開き、達彦が携帯を手に入って来た。
「よかった、昨夜は事件、無かったみたいです。今日も非番でゆっくり出来そうですよ」
電源を切って別室のクローゼットにしまっておいたものの、朝になると気になって着信をチェックしていたらしい。
「目覚ましのキスも無しですか?」
次の朝くらいは昨夜の余韻にひたって、まったりしたかった優希だった。
「いいえ〜二度寝するつもりで、こっそり起きたのに、起こしちゃいましたね・・・」
携帯を机に置くと、達彦は再びベッドに入る。
「はい」
優希は腕を差し出す。
「腕枕どうぞ。」
達彦は優希の腕に頭を乗せて、顔を優希の胸に埋めて目を閉じる。
何とか初夜は無事に済んだが、まだ安心できない。朝、龍之介がうっかり乗り込んでくるおそれもある・・・
一応、伊吹が食い止めてくれるはずだが・・・
隔週休日の土曜日、二人とも翌日フリーとはツイている。
少し優希も、うとうとまどろんだ後、隣の達彦の寝顔を見つめる。
案外まつげが長い事とか、唇が紅をつけたように、ほんのり紅いこととか、ヒゲがあまりのびておらず、
頬がすべすべしていることとか・・・達彦に関しての色々な発見をする。
「?優君?」
達彦が目覚めて、優希は頬に触れていた手をひっこめる。
「達彦さんて、あんまりヒゲ、はえへんのですね・・・」
ん?そう言われて、不思議そうに達彦は優希の頬に触れる
「ああ、ジョリジョリしてる。なんか気持ちいい」
なんで?優希は言葉も無い。すべすべしているほうが気持ちいいだろうに・・
「なんか、小さい時、お父さんに頬ずりしたときの感覚ですよね〜」
あまり、父親と過ごす時間のなかった達彦は、ヒゲの感触が恋しいのだろう。
「達彦さん・・・俺のオヤジは、達彦さんみたいにつるつるしてましたよ・・・」
優希の父親像にヒゲの感触は無い。
伊吹は・・・と言うと、これまた手入れが行き届いていて、無精ヒゲはおろか、伸びだしたヒゲさえなかった。
「よかった。仲間がいて・・・」
「いや、俺的には、髭剃りがめんどくさくなくて、ええなあと思いますが・・・・」
はははは・・・・苦笑する達彦
「つるつるだと、ヘタレだの何だの、言われますからね・・・。でなくても女みたいだとか言われてるのに」
「俺は、このすべすべ好きですけど・・・顔だけやのうて、達彦さんは体中すべすべで抱き心地がええんですよ」
「また、優君は、そう言うことを・・・」
笑いあいながら、お互いに呆れていたりする。
「どうします?起きますか?」
「起きないとですねえ・・・」
と言いながらいっこうに起き上がる気配の無い二人。
「でも、もったいないですね。次はいつお泊りできるか判りませんよ?」
「仕事の泊り込み無ければ、仕事終わったら来ますよ」
今までもそうして、夕食を一緒に食べて泊まっていたのだから・・・
「お泊りOkですか?」
「え?いつもそうじゃないですか?」
そうか・・・今までと状況は変らないのか・・・優希は安心する。
変わったのは・・・二人の距離。
「よくも今まで、腕枕だけでこれましたね。」
もう一瞬一秒も離れているのが辛いのに・・・・
「もう、駄目ですか?」
達彦の問いに、ため息の優希。
「親父がやって来るような予感がするのに、イチャつきたいし、どうしましょう?」
昨夜から、異常に龍之介の襲来を恐れている優希が、達彦には不思議だった。
「もう、公認なんだからいいんじゃないんですか?見つかっても?」
「と言うより・・・気まずいでしょう?」
まあ・・・それは・・・と頷く達彦。
まさか、寝室にまで踏み込みはしないだろうが、立場を変えて、ここに父、孝也がやって来た・・・と思えば、
優希の心配は、判らなくもない。
「先の事は、置いといて・・・とりあえず、イチャつきましょうか?」
微笑んでいる達彦に頭を抱えられ、唇を重ねる。
(達彦さん・・・・)
物腰は柔らかだが強引な達彦に、引きずられている自分。優希は苦笑する。
捜査ではいつも、万が一の悪い結果はつきものである。それをイチかバチかで突進しているのが、達彦の日常。
ノーリスクで得られるものは無い。捜査は、いつも命さえ担保にしての大博打なのだ。
「やはり、貴方を守るのは俺しか無いようですね・・・」
散るために咲く桜のような人だと思った。
散り急ぐ事を惜しむことなく、まっしぐらに進む・・・
「俺のために、永久に咲き続けてください。約束ですよ」
達彦を組み敷いた優希は、切なげな瞳で見下ろす。
もう、自分勝手に散る事さえ許されないのだと、諦めたように達彦は頷いて微笑む。
「これは、身体だけの繋がりやないんです。魂の契約なんですよ」
いつかは滅ぶ肉体の中に存在する、永久に滅ぶ事のない魂。
「優君に命も魂も預けちゃったら、もう命がけの捜査なんて出来ないですね」
「当たり前です。俺以外のものに、何で命かけるんですか?」
本気のような、冗談のような優希の言葉に達彦は呆れる。
「親父も、伊吹も互いのためなら、組なんか簡単に捨てますよ?そういうイカれた男の息子なんです。俺は」
それは、羨ましい・・・達彦は優希を眩しそうに見上げる。
世の中のしがらみの中で、すべてを捨てて互いのために生きられるなら・・・
「だいたい、命と引き換えに犯人捕まえて来い なんて、ヤクザよりタチが悪いやないですか?そんな事認めませんよ」
はははは・・・・
人事のように笑う達彦を、優希は睨みつける。
「仕事するなとは言いませんし、犯人捕まえるなとも言いませんが、無茶はやめてくださいね」
「愛するもののためだけに生きて行けたら、幸せでしょうね」
そうありたいと願ってはいるが・・・・
女ならそれもありだろうが・・・
それでも、最後のこだわりは鬼頭優希、ただ一人だろうと思う。
「いえ、もう本当は優君以外はどうでもいいのかもしれない。我侭かも知れないけど」
優希の背に腕をまわして引き寄せる
「とりあえず、今は ずっとこうしていたい」
「今日一日中こうしてますか?」
「ええ。優君のお父さんが来るまで」
また・・・・嫌な心配事を思い出させる・・・ため息の優希に、達彦は笑いかける。
「大丈夫ですよ。公認カップルなんだから。龍之介さん来たら、『息子さんと他人じゃなくなりました』って報告してあげますよ〜」
本当にしそうで怖いと、優希はおびえる。
”逃げも隠れもいたしません” の正々堂々が彼のモットーなのだ。いかにも警察官らしいではないか・・・・
「俺をいじめて面白いですか?」
「いじめてなんていませんよ〜さあ脱ぎましょうね〜」
と優希のパジャマを脱がしにかかる達彦・・・・
(いや、裸で、親父がやってきたらマジマズいし・・・)
半泣きになりながら優希は、されるがままになっている。
しかし、幸い、この日の龍之介の訪問はなかった。その陰には、藤島伊吹の功績があった事は言うまでも無い。
昔、龍之介のマンションに行こうとする哲三を、一晩 島津は引き止めた。
しかし、哲三は次の朝、龍之介のもとに出かけてしまった。伊吹は、その記録を更新して、次の一日引き止めたのだ。
後にこの時のエピソードを聞いて優希が呆れたのは言うまでもない。
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