永久の契り 5
20日の夜、ホテルのレストランで龍之介と伊吹、井上は夕食をとっていた。
優希が帰った後、何の前触れも無く龍之介が鬼頭商事に現れた。
取引先の銀行の頭取と、急に会うことになって、大阪から来たのだ。
「井上、つきあわせてすまん。晩飯奢るから・・・・」
「いえ・・・それより、一足違いでぼんと行き違いましたねえ・・・」
井上の目にも、優希はデートの約束でもあるような雰囲気だったので、あえて連絡せず、自分が代わりに出向いた。
「まあ、ええ。何でも好きなもん注文してええぞ。」
とメニューを井上に渡して、龍之介は伊吹を見る。
「お前、落ち着かんな?どうした?」
「そうですか?組長、気のせいですよ」
相変わらずのポーカーフェィスで微笑む伊吹を、龍之介が落ち着かないと言う理由が井上にはわからない。
(藤島の兄さん、いつもと同じやのに・・・なんで?)
「俺は騙せんぞ?」
龍之介の大きな瞳は、伊吹のどんな些細な事も見抜けるのだろうか・・そんな事をぼんやり考えつつ、
井上はウェイトレスにオーダーを告げる。
「お前とは一心同体、不義密通、運命共同体やからな。」
「組長、どさくさにまぎれて、とんでもない事言うてませんか?」
あいかわらずの漫才コンビな伊吹と龍之介に、鬼頭組の香りを感じつつ、井上は微笑む。
「ぼんは、なかなか貫禄ありますね。若いのに、やり手ですよ。襲名はいつですか?」
おいおい・・・井上の言葉に龍之介は顔をしかめる。
「俺を引退に追い込む気ぃか?隠居させたいんか?」
襲名してすぐ、親組の内部闘争が起こり、かなり大変な思いをした龍之介は、できれば優希の襲名を遅らせたいと考えていた。
息子には苦労させたくないという、親心である。
「いえ・・・ぼんなら、立派に組継ぐやろうて、皆言うてますから・・・ま、そう言う意味ですわ」
ははは・・・苦し紛れに笑う井上。
「ああ見えても、優希は甘えたで、まだまだや」
自分には対等に接しているが、伊吹に対してはかなりベタベタである事を、龍之介は知っている。
くすっ・・・伊吹から笑いが漏れる。そういう龍之介は・・・やはり今でも、この歳になっても甘えん坊なのだ。
「伊吹・・・」
睨みを利かせつつ、龍之介は伊吹を制する。言いたい事は百も承知。しかし、それを言われたくない。
そうこうしているうちに、料理は運ばれてきた。
「いつものメニューでええですよね?」
同じものが龍之介、伊吹にも運ばれる。
「ああ」
頷いて、龍之介はナイフとフォークを取った。
「伊吹、まだこんな時間やし、優希のところに行かへんか?」
食事を終えて、井上と別れるとそう言う龍之介を、伊吹はすぐに部屋に誘った。
「いいえ、もう部屋に行きましょう。今晩は久しぶりに龍さんとまったりしたいので・・・」
カードキーでドアを開けて、龍之介を部屋に押し込む。
「ここんとこ、忙しゅうてお泊りも無かったやないですか。どれだけ、この東京支店視察待ちわびたか・・・」
伊吹の、いつもは言いそうにない歯の浮く台詞を怪しいと感じつつも、抗えない。
伊吹のその台詞、そのまま龍之介の本心だったのだから・・・・
(まあ、ええか・・・・)
情夫(いろ)の魅力的な誘いを断る術を持たない彼は、とりあえず伊吹の計画に乗る。
「判った。お前がそこまで言うなら、すぐシャワーして、ベッドにいこう。1分1秒惜しいからな。徹夜の覚悟でいこうな」
(これは、成功したと言えるのだろうか・・・・)
微笑みの下で伊吹は考える。
昨夜、優希から携帯に電話が来た。20日は取り込むから、万が一上京することがあった場合は、次の日の夕方までは、
親父を引き止めろ。と言う内容のものだった。
父の時の教訓で、万が一を押さえることを怠らない。
実際、たまにしか無い東京行きが、いきなり決まり、20日の夜、龍之介と伊吹は東京にいる。
さらに龍之介は息子、優希のマンションを訪ねようとしているではないか・・・・
(徹夜しとけば、次の日はぼんのところには行くことはないか・・・・)
今夜は徹夜・・・・決定してしまった。しかも、龍之介は乗り気である。
「伊吹?」
気がつけば、即効でシャワーしてきた龍之介が目の前にいる。
「急げ」
浴室に追い立てられながら、伊吹は笑いが漏れる。
いい年して、可愛すぎる・・・・求められる事も実は嫌ではない。いや、本当は永遠に龍之介に求められていたいのかも知れない。
(ぼん、しっかり・・・)
少し優希を心配しつつ、伊吹は浴室のドアを閉める。
「大学に通ってた頃が懐かしいな・・・」
伊吹の腕に頭を乗せて、ベッドに横たわった龍之介は、そうつぶやく。
「思えば、あの頃は毎晩やりたい放題やったし・・・」
「龍さん、表現が露骨ですよ」
ふう・・・ため息をつく龍之介・・・・
「マジで一晩でも、お前無しなんて考えられへん。それでも、そこんとこ耐えてるんやから俺は偉い」
「姐さんのおる身ぃで、それは無いでしょう?」
「いや、それでも、聡子の事、めんどくさいとか思った事はないぞ」
それは、そうでないと駄目でしょう・・・聡子にすまないと思う一瞬だった。
「お前は・・・」
不意に龍之介に引き寄せられた。
「平気か?俺が傍におっても、なんとも思わんか?」
昔から龍之介は、伊吹が自分を求めているのかどうか自信が無かった。そして いつもそうして訊くのだ・・・
「私は、龍さんを育ててきた身ぃです、養育者の立場で、自分の感情を抑えて来ました。
今は・・・情夫(いろ)という立場です・・・・やはり、私からは・・・」
「でも、二人きりの時には、もっと・・・それは、かまへんのと違うんか?」
そう言いつつ、伊吹の胸に顔を埋める
「さっき、嘘でも、寝室に誘ってくれて嬉しかった」
嘘でも・・・・伊吹はため息をつく。全くバレバレなのだ。
「嘘や無いですよ?ほんまに龍さんの事・・・情夫(いろ)から誘うのも気が引けて、今まで抑えてただけです」
それもまんざら嘘ではなかった。
自分の愛したい気持ちよりも、どうしても龍之介の事情を優先して譲ってしまうのだ。
「伊吹はどうも理性的でいかんな・・・無理矢理、俺につきあってるんと違うか?」
伊吹の胸で拗ねてみたりする。
「無理矢理かどうかは、龍さんがよう知ってるはずですけど。」
「あ・・」
隙間無く密着した身体のふとした変化に龍之介は気づく
「そういやあ、なんかあたってる。腰のあたり」
「密着してるだけで反応するって知ってましたか・・・」
「難義やな、それは。」
人事のように言う龍之介に伊吹は苦笑する。
「いくらポーカーフェィス守ってても、このざまですよ」
今まで、何とかバレ無いように腰を引いたり地味な努力を重ねてきた。
「そういえば・・・俺、高校生の時、お前に抱っこしてとか、チューしてとか迫ってたよな・・・・」
「はい、膝の上に乗って抱きつかれましたが・・・・」
伊吹にとっても忘れられない思い出である。
「そのとき、俺、『いつも肩にかけてるおはじき、なんでズボンのポケットに入れてるの?』とか訊いたよな?」
「あのころは、苦労しました・・・・」
「その時お前、『これは・・・非常用の・・・特別製で』とか言うてたけど、あの時も今状態やったとか?」
「今さら気づいたんですか・・・かなり苦しい言い訳しましたが、高校生で、なんで龍さん、事の真相に気づかんのかなあ・・・
と思うてました」
いや・・・返す言葉も無い龍之介・・・40過ぎて真相にやっと気付くとは、天然過ぎるではないか・・・・
「でも、俺専用の特別製やろ?」
微笑みつつ、龍之介はさらに強く抱きしめて身体を密着させた。
「はい」
諦めたように伊吹は頷く。
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