永久の契り 3
3月の末・・・暖かくなってきた頃、優希は夕食の準備に忙しい。
早々に仕事を片付けて、5時で退社。そして買い物して夕食の準備。
ダイニングのテーブルに置かれたケーキの箱を振り返り、微笑む。
3月20日、今日は達彦の誕生日である。誕生日をこうして二人で祝えることが、嬉しくてたまらない。
そして・・・
どこかのレストランを予約して・・・と思っていた優希に、達彦は”鬼頭君の部屋がいいです”と言った。
2人だけでいたいと。
さらに、プレゼントは何がいいかと尋ねると”鬼頭優希君”と言われた。
(八神さん、マジかな・・・)
背水の陣・・・優希はそんな気持ちになっていた。
ーまあ、踏ん切りがつかんなら、誕生日とか記念日をきっかけにしたらどうですか・・・−
伊吹も、そんなアドバイスをしていた。
(アドバイスちゅうか・・・たぶん、あれは体験談やろな。”プレゼントは藤島伊吹〜” 親父が言いそうな事や。)
自分達もシンクロしている事に気づいていない。
(でも、これ逃したら、俺の誕生日の6月までお預けとかになりそうやし。ああ〜でも、どうしょう!)
一人で百面相をしている間にも、ビーフシチューは完成していく・・・
確かに、自分達には婚約も、結婚式もない。だからこそ、記念日にかこつけた区切りが欲しいのかもしれない。
井上が調達してくれたワインもテーブルに置いてある。
優希はワインの事はよくわからないが、井上はワイン愛好家なので、どこからか貴重な高級ワインを仕入れてきたりする。
と言っても、多分これは単なる雰囲気作りのお飾りなのだ。
達彦は下戸なのだから・・・・
(酒の勢いでもないとデキそうにないからな・・・でも、八神さん、酔っ払ったらマズイなあ・・・せいぜい1杯くらいやな・・)
戸惑いつつも準備を着々と進めている優希は、心の呟きを延々と続ける。
7時ごろに達彦は帰ってきた。
「今日は事件無くてよかった〜絶対邪魔されたくないですよねえ・・・」
そういいつつ、ドアを開けて入ってくる。
「お帰りなさい」
そう言って完成したビーフシチューを皿に注いで、優希はテーブルに置く。
「すぐ食べれますよ」
嫁状態の優希は、ジャーからご飯をよそい始めた。
昔、龍之介が大学生で東京にいた頃、伊吹もこんな事をしていたのだろうと思いつつ、笑いが込み上げる。
達彦は上着をハンガーにかけ、空き部屋のクローゼットにしまう。仕事用のスーツはもちろん、
身分証明書、家族専用携帯電話などを別に置いている。いくら疲れて帰ってきても、達彦は優希の部屋で
それらを散乱させることは無い。自宅でもそうなのだろう、
もちろん優希はむやみに触れる事はないが、間違って手にするような所に置く事も無い。
洗面所で手を洗ってやっと、警視モードが解けた達彦が、ダイニングの席につく。
「毎年、誕生日もくそもないほど、この時期は色々あるんですよね〜」
え・・・優希は嫌な予感に襲われる。
お取り込み中に呼び出しがかかったらどうなるのだろう・・・先が思いやられた。
「あ、今年は大丈夫そうですよ〜でも、心配だから携帯の電源、切っとこうかな」
自分との時間を大切に考えてくれるのはありがたいが、そんな警察は一般市民としてはイヤだと優希はふと思う。
「あ、今、国家権力に愛想尽かしたでしょ?」
「いえ・・・」
なんと言っていいかわからない優希は、とにかく席に着く。
「今まで彼女とかいなかったから、あんまり急な呼び出しも苦じゃなかったんですよ。でも最近ちょっとうんざりしてきたかなあ・・・」
思えばあまりプライベートが無かった。オフも部屋で一人だった達彦は今、ようやく同僚達の言っていた愚痴の意味を知る。
「別に、誕生日なんてどうでもいいんですけどね・・・・でも今は邪魔されたくないじゃないですか・・・」
微笑んで俯きつつ、スプーンをとる。
「そうですね、邪魔されとうはないですねえ。」
優希も笑って食事を始める。
いつもよりおしゃべりになっている達彦から、かなりの緊張感が伝わる。
「でも、なんやかんや言いながら、八神さんは警察やってるの好きなんですよね。」
いつでも辞められる、そういいつつも、続けているのがその証拠である。
「そうかもしれませんね。ほかの職業なんて考えた事なかったから・・・」
不規則で、危険な仕事・・・なのに続けてきた・・・それが当たり前になっていた。
「でも、鬼頭君と再会してから、だんだん、不自由に思えてきましたけど・・・」
それでも、行けるところまでは行こうと思う。まだ、発覚していないし、問題は無い。
「どんな八神さんでも、俺は好きですから」
サラダを突きつつ、優希はさりげなく告白してみる。
「私もですよ」
達彦の相変わらずの笑顔。
きっと、この人は、どんなに辛い時でも自分の前ではこんな風に笑うのだろう・・・優希はぼんやりそんな事を考えていた。
雄雄しい強さではなく、しなやかな、何事にも屈しない強さを持った恋人。
守りたいと、守ろうとすればするほど、守られている自分を感じる。
夕食後、後片付けと沐浴を済ませて、誕生会を始める
「ロウソクは1本にしときますよ」
とロウソクに火をつけると、優希はワインをあける。
「酔っ払うとアカンので、1杯だけ・・・・」
達彦の問題だけではない。優希自身も調子にのって飲みすぎて達彦の前で酔っ払った過去がある。
乾杯をした後、達彦はロウソクの火を吹き消す。
「おめでとうございます。」
「ありがとうございます。お誕生会は子供の時以来ですね。」
祝ってくれる彼女もいない寂しい過去の日々・・・
「あれ?三浦先輩は祝ってくれはらへんかったんですか?」
達彦は苦笑する
「その日はいつも忙しくて、二人で張り込みしていた記憶しかありません。学生時代は、でも、ケーキ持って家に来てくれたけど」
優希は慎吾に同情せざるを得ない。あれほど一緒にいて結果がこれとは・・・
「本当に、奇跡的に今年だけは何も無かったんです」
それは、良かった・・・・優希は天の助けを感じた。
「でも、八神さんも、可愛そうですね。誕生日もくそもないとは・・・・」
警察官とはそう言うものなのだろうか。
「父なんて、家にほとんどいなくて、たまに職場で風の便りに生存確認をしたりして〜」
そっと優希は達彦の手に自分の手を重ねる。達彦の笑顔がすっと消えてゆく
「寂しかったでしょう?今まで?」
優希にそう言われるまで、達彦は寂しいなどと思ったことは無かった。それが当たり前で、いつも家に兄と二人・・・
そのうち兄も警察官になり、不在となる・・・・
自分の家はそれが当たり前だと思っていた。
でも・・・
(そうか・・・寂しかったんだ・・・)
だから、傍にいてくれる優希が現れたとたん、逢いたくてたまらなくなった。独占したくてたまらなくなった・・・・
「俺んとこは、住み込みの新入りヤクザがようさんおるんで、にぎやかなんです。他の組はどうなんかわからんけど、
皆おせっかい焼きで、誰がどうした、こうした・・・・全部筒抜けで、失恋した奴を慰めるわ、宝くじに当たった奴にたかるわ・・・
もう、あほみたいな事ばっかりしてます。そやから、八神さんの今までの苦労とか、よう判らんけど、これからは寂しい思いせんように、
俺が傍にいますから・・・」
達彦は目を閉じる。涙が溢れてきそうになり、それを止めた。
寂しい時に寂しいと言えない子供・・・物分りのいい子供だった自分。詰まっていたものが胸の奥からすっと落ちた。
「とにかく、俺はツイてるみたいやから、邪魔されんうちにケーキ食って、さっさと寝室に引っ込みましょう」
ケーキをカットして皿に載せ、優希は差し出す。
「誕生日にケーキなんていうのも、何年ぶりかなあ・・・」
皿を受け取りながら、達彦は、はしゃいでいる。それが優希には辛い。優希には母も、父も、伊吹もいてくれた・・・
「これから、この日は八神さんの誕生日兼、結婚記念日です。来年も、さ来年も、ずっとずっと祝いましょうね」
ずっとずっと、この人の傍にいたいと優希は思う。
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