決断と決意 5

 

 

2月のはじめ、鬼頭商事東京支店の視察に来た父、龍之介と食事をして、優希はマンションに連れ込む。

「今、コーヒー入れるから・・・」

とうとう、達彦が龍之介に会いたいと、席を設けて欲しいと言ってきたのだ。

達彦からは急な用で少し遅れるとの連絡が入り、優希は落ち着かない状態で父、龍之介と、伊吹の接待をしている。

「なんか、企んでるやろ?」

年末年始、優希と伊吹、聡子と伊吹が自分抜きで話し合っているのを知っている。

とうとう、原子爆弾を落とそうとしていると言う事も・・・

「うん、もう一人、来るから・・・待って欲しい」

とコーヒーカップを差し出す。

「いくらでも待つけど、ここには泊まらんからな」

「ええ〜泊まっていけよ〜一回くらいは・・・息子と語り明かすのもええぞ」

「すまん。俺は7歳の時から、伊吹の腕枕で寝るのが習慣でなあ・・・」

煙草をふかしながら、しれっと言う龍之介

四十路の男が、鬼頭の組長が、言う言葉か・・・優希は呆れる。

「いい加減 乳離れせえよ・・・」

「まあ、それは、てんごや」

その割には、しっかり本音に聞こえた優希だった。

「言い訳せんでええ。親父と伊吹の恋路を邪魔する気はないから。7つのときからラブラブで羨ましいなあ・・・」

何十年経っても変わらない愛情が、かなり羨ましい。

そして、当たり前のように、いつも傍にいれることも・・・

伊吹は、無理して冗談を言いあう親子を静かに見守っていた。

龍之介も、優希も、これからなされる会話を思いつつ、落ち着かず、不安定である。

 

緊張が頂点に達した時に、達彦は現れた。

「遅くなってすみません。急に仕事が入って・・・即効で片付けてきました」

そう言って入って来た。

鬼頭に現れたときの長髪ではなく、襟足を長めに切り揃えてサラサラな黒髪を演出したスタイルはモデル並で、

長髪の時よりもお洒落である。

「お久しぶりです。鬼頭さん、藤島さん。その節はどうも・・・」

余裕の笑みを見せて、どこかふてぶてしささえ感じる。

「警部さん・・・あ、今は警視さんでしたね」

思ったより動揺していない様子で、龍之介は達彦に座るよう指示した。

「来る途中にリーフパイなんて買ってきちゃったんですが、いかがですか?」

と、銀座の洋菓子店の銘柄の箱からリーフパイを差し出す。

(一体どこから来たんだろう・・・)

首を傾げつつも。優希はコーヒーを差し出す。

「いつもお勤めご苦労様です。髪、切らはったんですね」

龍之介の反応に敏感になりつつ、伊吹が微笑む。

「ハイ、昇進をきっかけに囮捜査から手を退きました。もう女装しません。」

「女装・・・してはったんですか・・・」

かなり驚いた様子で龍之介は訊く

「八神さんは女子高生から、薬のバイヤーの謎の女までこなすツワモノやで・・・」

ぼん・・・それのどこがツワモノですか・・・心で突っ込みながら伊吹はコーヒーを飲む。

「鬼頭君に心配かけてしまうので、もう危ない事は辞めました」

この一言・・・・今回の用件がなんとなく察せられた。

「つまり、警視さんは、ウチの息子とそういう仲やと・・・」

鋭い龍之介の突っ込みに、達彦はひるまず笑顔で答える。

「鬼頭君と交際させていただいております。今回ご挨拶したくて、わざわざお越しいただいた次第で・・・」

覚悟はしていても、現実を叩きつけられるとやはりこたえた。

「警視さん、判ってはりますか?ウチはヤクザですよ?ここにおる3人皆、ヤクザですよ?」

「ヤクザ=犯罪者という偏見はありません。いえ、犯罪者でも構いません。私は、鬼頭優希君が好きなんです。」

警察官に好かれてしまったヤクザの跡取り息子・・・・優希はこの大胆な告白に真っ白になる。

「職、解かれますよ?キャリアなんと違うんですか?出世街道まっしぐらなんと違うんですか?」

事情を把握していない子供に言い聞かせるように、龍之介は冷静に問いかける。

「辞めても構いません。最近、弁護士の方がむいてるかなとか思ってます・・」

エリートの考える事はわからない。普通、地位にすがるものではないのか・・・

「でも、ご家族は・・・特にお父さん・・」

伊吹が一番気にかかっていた事だった。

「そこがちょっと問題ですが・・・何とかなります」

てへっ・・・可愛く微笑んで見せるが、何とかなるとは思えない。

「優希のために、人生棒に振るんですか?今ならまだ間に合いますよ」

「私の人生は鬼頭君だけでいいんです。大学で出会って、卒業してから鬼頭組で偶然会うまで、忘れた事はありませんでした。

でも、男同士だし、所詮報われないと諦めていたのに、こんなふうに再会して、鬼頭君も私の事ずっと・・・」

「奇跡的に両思いやったと・・・・」

龍之介はため息をつく。

「うすうす勘付いていました。警視さんが鬼頭に来たあの時に。再会した優希と警視さんが普通の仲やないこと・・・

私の思い過ごしである事を願ってましたが、やはり当たってたんですか・・・・」

「親父・・・・・」

黙って聞いていた優希は、思わず口を開いた

「お前は俺の息子や、俺が伊吹に惚れたように、お前も伊吹みたいな男に惚れるかもしれんと思うてた。

ましてやお前は伊吹に育てられて伊吹を慕ってる。

俺と同じ道を行ってお前が苦しむのなら、それは俺の責任や」

俯いて、龍之介は新しい煙草を取り出す、伊吹はすかさず、ライターを取り出し火をつける。

「鬼頭さん、鬼頭さんは伊吹さんと過ごした日々を後悔してはおられないのでしょう?むしろ幸せなのでしょう?」

ふう・・・煙を吐きつつ、達彦の問いに龍之介は笑う。

伊吹無しでは決して幸せにはなれなかった・・・

(この警視さんも、優希無しでは幸せになれんというんか?)

「笑って過ごすつもりなんてありませんよ。私は鬼頭君や鬼頭君の奥さんを傷つけるかも知れません。

私は、藤島さんのように、鬼頭君のいろ(情夫)という立場にさえ立てません。ただの内縁、一生認めてもらえない立場です。

それでも鬼頭君を失いたくないから・・・苦しみも痛みも受け入れようと覚悟しました」

ああ・・・・・

龍之介はもう言葉が出ない。

「ぼんは、覚悟できてるんですか・・・・」

伊吹の言葉に、優希はうなづく

「俺のせいで八神さんは、きっと傷つく。でも、それでも俺はこの人を守りたい。一生離すことなく、一緒に笑って、

泣いて、傷ついて生きて行きたい」

「前途多難やという事が判ってたらええ。けどな、今覚悟してる以上に辛いという事は確かや。」

「反対せえへんのか?」

優希は龍之介を見る。意外に穏やかな態度に拍子抜けする。

「俺が反対できる立場やないやろ?しかしな、お前のお袋みたいな女は、そうそうおるもんと違う。お前は嫁の来てがないな・・・」

それは、結婚は強制しないと言う事・・・・

龍之介の精一杯の温情だった。

「親父・・・すまん・・・」

溢れてくる涙をどうする事も出来ずに、優希は俯く。

「八神さん、優希はあかんたれで迷惑かけると思います。それでも、こんな奴が必要なんやったら・・・よろしくお願いいたします」

そう言って頭を下げる龍之介の潔さに、達彦は敬意を示す。

 

「親父、ありがとう・・・」

立ち上がり、玄関に向かう龍之介を優希は追う。

「お前の事、信じてる。」

肩に置かれた手の重み・・・・

「困った事があったら、相談しに来てください。」

そう、達彦に微笑んで、伊吹も龍之介に続いてドアの向こうに去った・・・・

 

 

「鬼頭龍之介さん・・・本当に魅力的な人ですね。」

しみじみとつぶやく達彦の背中を見つめつつ、優希は放心状態のままである。

達彦が見かけによらず、頑丈であることは判った。

そして、父、龍之介の自分に対する愛情も・・・

「とうとう、公認の仲ですね・・・」

達彦の眼鏡の奥の瞳がやっと笑った。今まで、笑っていても目は笑っていなかった・・・・

優希にだけ見せるやさしい瞳・・・・

「八神さん・・・・」

「お疲れ様・・・・」

そっと抱擁される・・・・

やさしくて、強い、年上の恋人・・・・・・

 

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