決断と決意 4

 

 

4日の夜、達彦は優希の部屋で優希の帰りを待っていた。

そして夕方には、八神家から持ってきた御節を間において、夕食をとる・・・

「八神さんのお母さん、料理上手いですね」

「お裁縫とか、編み物は、駄目駄目なんですけど、料理は出来るほうですよ」

久しぶりに優希に逢えて、達彦も満面の笑顔である。

「八神さん、俺、やはり鬼頭が好きなんです。俺の代で潰しとうはないんです」

深刻な優希の表情に、達彦はうなづく。

「いづれは、襲名するんですね」

「でも、そうなったら、親父みたいに結婚するかもしれません」

優希の父、龍之介と母、聡子の事は優希から聞かされていた。達彦もなんとなく覚悟はしていた。

「確かに、それは嬉しい事では無いけれど・・・・私には鬼頭君にどうこう言う事はできません。」

うつむいて煮豆を突きつつ、達彦は苦笑する。

「嫌やったら嫌やと言うてください」

「言えませんよ・・・・・でも、もう降りるつもりはありませんから。これでひるむくらいなら、最初から始めてません」

 (最愛のこの人を、俺は苦しめる事になる・・・)

愛する事の痛みを、優希は初めて感じる。

「組長に、反対でもされましたか?」

「いいえ・・・」

俯く優希の手を、達彦はそっと握る。

「鬼頭君の足は引っ張りません。」

優希は、伊吹の覚悟と苦悩を知る。そして、最愛を苦しめている龍之介の苦悩も・・・

それでも、必要だから・・・・

離れられなくて・・・・

 「一度、龍之介さんとお話させてください。藤島さんにも、相談に乗ってもらいたいし」

清清しい潔さで、達彦は笑う。

「それと・・・年明けに警視の辞令が降ります。仕事始めに受け取る予定ですが。」

「配置換えですか・・・」

「はい。でも、1年間は現場に置いて貰う事にしました。管理職なんて・・・なんかね・・・」

だんだん自分達は遠くなる気がして、優希は不安になる。

「もう、囮捜査はしませんから。勤務先が変わったついでに、この髪もばっさり切って男になります」

そう言って笑う達彦の笑顔に、優希は癒される。

この笑顔を曇らせたくは無い・・・達彦を守りたい・・・

「俺でええんですか・・・・」

「鬼頭君でなければ駄目なんですよ」

たった一つの願いは 痛みを伴う。

ただ、最愛の人を愛したかっただけなのに・・・・そこには苦痛が伴う。

それでもいいと、達彦は言う。だから優希は苦しむのだ。 

「あんまり先の事ばかり心配しないで、とりあえず、腹ごしらえですよ」

何度も死線をかいくぐってきた達彦は、度胸が据わっていた。

「俺が、鬼頭から降りたら、問題ないんでしょうね・・・」

食後の後片付けをしながら、優希はふと、そうつぶやく。

「それなら、私が辞職すれば済むことです。さすがにヤクザは無理ですけど、弁護士になら転職出来そうなんで・・・」

しばらく、沈黙が流れる・・・・

そして、コーヒーを間に、二人は再び向かい合って席に着く。

「八神さんも、結婚できる立場なんですよ・・・」

「相手がいませんから・・・私の場合・・・」

それは優希も同じ事・・・・聡子のような女性はそういるものではない。

「私は悪人ですから。鬼頭君の奥さんが、私のことで苦しんでも、鬼頭君を手放すことはしませんから。覚悟しておいてくださいね」

頼もしいのか、ずうずうしいのか判らない強さを見せる達彦に、優希は戸惑う。

ふうー そんな優希を見て、達彦はため息をつく。

「鬼頭君は優しいから心配ですねえ・・・そのうち周りとか、奥さんにがんじがらめになって、逢えなくなるんじゃないですか?私たち?」

父龍之介が一時、そうだったように・・・・優希は身につまされる。

「鬼頭君が後戻りできないように、さっさと深い仲になったほうが良さそうですね」

ええ・・・・優希はフリーズする。

見かけによらず、達彦は猪突猛進で過激なところがある。

「俺が、心の準備が出来てないんで・・・・それまで待ってください」

そう言って立ち上がると、優希は浴室に向かった。

その後姿を見つめつつ、達彦は笑いを漏らす

「鬼頭君は本当に可愛いですね・・・・」

半分本気の、半分冗談・・・

二人の仲を認めてもらいたいとか、祝福されたいなどとは、これっぽっちも考えてはいない。

決められたレールの上を走ってきた自分に訪れた、選択の余地。

それはあまりにも新鮮でエキサイティングな出来事だった。

向かい風に逆らって進むときの、身の引き締まるような緊張感も新鮮で、わくわくする。

ただ・・・優希の負う傷が深くないようにと、それだけを祈る。

傷つかないで前へは進めない・・・しかし・・・傷つけたくはない・・・

 それだけが気がかりだった。

 

 

「八神さんは、いつまで休みなんですか?」

浴室のドアを開けて、優希が聞く。

「事件が起きなければ、7日まで・・・」

しかし、いつも2人っきりの時間を事件は邪魔をする・・・・

洗い髪をタオルでふき取りながら出てきた優希に、達彦はドライヤーを持ってきた。

「乾かしてあげますよ、私は、鬼頭君を待つ間に風呂に入りましたから・・・」

幼い頃、伊吹がドライヤーしてくれたときの事を思い出しながら、優希はじっとされるがままになっていた。

「久しぶりに慎吾君に会いましたよ。そんなに、わだかまりも無く、対応できました。」

「そうですか・・・」

もう、昔の事のように思えてくる。

 「慎吾君、がんばって、添い遂げろ。って・・」

優希は目を閉じる。

慎吾は本当に達彦を愛していたのだ・・・・

彼が早く、運命の人に出会えるよう優希は祈る。

「俺は、三浦先輩の事、嫌いやないですよ」

「私も、嫌いじゃないけど・・・どこと無く、1つ1つが合わなかったと言うか・・・」

そういいつつ、達彦はドライヤーをしまう。

「俺とは・・・合うんですか?」

はははは・・・・

優希と逢うまで、達彦は慎吾と、相性がいいか悪いかなどと言う事すら、考えたこともなかった。

優希と出逢って初めて、魂の伴侶の意味を知った・・・・

「一度きりの出逢いで、忘れられないくらいの感情を持ったのは、鬼頭君が初めてでしたよ」

だから・・・・離すことができない。何があっても。

一度は、そうと知らずに手放したが、再会した今は何があっても手放すまいと思った。

「だから・・・何を犠牲にしても、鬼頭君からは、離れません」

ソファーに座っている優希の後ろから、達彦はそっと抱きしめる。

「俺も、もう絶対 離しませんから・・・」

大切な人から、大切に思ってもらえることが本当に嬉しかった。

  

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