決断と決意 3
「優希のこと・・・何か隠してるやろ?」
正月が明けて、新年最初の幹部会議(またの名を妾宅にお泊り)の日。
伊吹が寝室に入るなり、龍之介はそう切り出す。
「また・・・久しぶりの逢瀬に、ぼんの話とは無粋な・・・」
そう言いつつ、煙草を吸っている龍之介に、灰皿を差し出す。
「ごまかすな。」
「ぼんが、ちゃんと報告するはずですから待ってください。」
4日の日に早々に上京した優希に、何かを感じたのだろう。
確かに優希は変わった。どこか生き生きとして活気に満ちている。そして、時々物思いをする・・・
「親は余計な心配をするもんなんや・・・」
「だから、迂闊には話せませんのや。」
ふう・・・・
ため息と共に、灰皿で煙草の火を消す。
「龍さんは、幸せですか?」
ベッドに腰掛ける龍之介の前に、伊吹は屈む。
「ああ」
「後悔はしてませんか?」
「してない」
伊吹は笑って龍之介の左手を取り、自らの左手に絡ませる。
「それが一番大事な事なんでしょう?」
どんなに苦しんでも、どんなに傷ついても・・・
「今は、見守っていてください。」
「・・・女でも出来たんか?優希に?」
女・・・ではないが・・・伊吹は答えに困る。
「ややこしいんか?」
「大丈夫ですよ。龍さんの子ですから」
それでなくても、以前、鬼頭に来た、土下座の警部が気になってたまらなかった。
優希と知り合い・・・・
どこと無く、伊吹に似た包容力を感じて不安になった。
「俺の子やから、心配やねん・・・俺に似て、お前みたいな男に惚れるんと違うか・・・って・・・」
そう言いつつ、龍之介はベッドに横たわる。
「あきませんか?」
笑いつつ伊吹もベッドに入る。
「さあ・・・・でも、お前も、聡子も俺の犠牲になった・・・」
「龍さんも、苦しんだ・・・」
伊吹は龍之介を抱き寄せる。
「私も、姐さんも、後悔してません。そやから、それでええんですよ。」
「すまん・・・」
苦笑する龍之介の髪を、伊吹は掻き上げる。
「私は今でも、あなたとこうして逢えるだけで充分、満足なんですけど・・・」
しかし、龍之介は今でも、19歳の時のように伊吹を欲する。一分一秒も離れていたくはない。
「俺は不満やし・・・」
龍之介は伊吹にのしかかり、胸に顔を埋める。
「なんで、ずっと繋がっていられへんのかな・・・・」
「ぼんは、甘えたやなぁ・・・・」
伊吹の脳裏に、19歳の頃の龍之介が浮かぶ。まっすぐに、自分だけを見つめていた瞳・・・
稚拙で激しい愛情表現・・・・愛しい想いは、あの頃と少しも変わらない。
やはり・・・伊吹は思う
優希にとって、達彦が運命なら、引き離す事などできないと・・・
「伊吹・・」
頭をもたげて、口付ける・・・・
いくつになっても、龍之介は伊吹の前では少年のままだった。
「もしも、優希が俺とおんなじ道行っても、俺は何も言う資格ないな・・・」
ふと、けだるいまどろみの中で、龍之介はつぶやく
「龍さんは、しっかりと自分の道を生きてきたから、何も恥じる事は無いし、ぼんがおんなじ道行っても、
それはそれやと思いますよ」
うん・・・・龍之介は目を閉じる。
「ぼんは、ええ加減な事はしません。私が品行方正に教育しましたから、むやみに情を結んだりしませんよ」
ふっ・・・・龍之介は噴出した
「お前のモラルは半端や無いからなあ・・・・感謝してる。28年も俺の事待っててくれたんやからな・・・」
「怒りますよ!」
島津にいつも、事あるごとに突っ込まれていた伊吹の弱点。
今では、知るのは龍之介のみである・・・
「怒らんでええやんか。俺以前に、誰かがおってもしゃあないけど、俺がお前の最初やったちゅうのは、俺の勲章なんやから」
かすかな月明かりに滲んだ闇の中で、澄んだテノールが響く聞き慣れた声、伊吹の脳裏から消えることの無い声。
「確かに。運命なら、引き裂く事は、ならんやろうな・・・」
「運命やから、簡単や無い。そう言うこともありますよね」
伊吹はそっと、龍之介を抱き寄せる。
「ああ」
父、哲三が、自分達を見守ってきたように、見守ろう・・・何故かそんな気分になれた。
「無駄に心配するのは辞めよう。優希のこと信じてたらええんやな」
「ほんまに、ええ親父さんですね・・・」
「うるさい」
信じようと、思う。そして、大変な時は支えてやれる自分でありたいと思った。
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