心と体の距離 5

 

 

 警察官のお約束で、かなり長い間、達彦の顔さえ見れない日々が続く。

時々、携帯に入るメッセージが、唯一の生存確認。

「優希さん、すみませんね。夕食ご馳走になっちゃって・・・」

郁海が夕食を食べにきて、お礼に食器を洗いつつ振りかえる。

「ええよ、これくらい。克海は遅なるんか?」

食後のコーヒーの湯を沸かしつつ、優希は笑う。

大学のサークルの親睦会で克海は今夜、飲み会で遅くなる。それで優希は久しぶりに郁海を夕食に誘ったのだ。

「克海は結構、社交家ですから飲み会は引っ張りだこですよ。」

花園家の末っ子はなかなか世渡り上手で、人なつっこい。一番の出世株かもしれなかった。

「あ、そういえば・・・最近、見ないですね」

食器を洗い終わり、手を拭きながら郁海はテーブルにつく

「見ないって?・・・」

コーヒーカップを2つ携えて、優希もテーブルにつく。

「美人の警部さん。優希さんとこにくれば、必ずいたあの人」

家からの差し入れが届けば、郁海は優希におすそ分けを届けに来ていた。

その時、達彦がいたりして、郁海とも顔見知りになったのだ。

泊まりの時はだいだい、達彦が優希の部屋に来る事になっていた。

めったにはないだろうが、達彦の家族、職場の同僚、などと優希が鉢合わせしない為の気遣いである。

「忙しいからな、今また事件で・・・」

そういいつつカップを差し出す。

「ねえ、優希さん?以前話してくれた初恋の先輩って、もしかして・・・」

カップを受け取りつつ、郁海は優希を見つめる。

あまり、人に話さない達彦との出会いを暴露するほど、優希は郁海を信頼していた。

彼は口は軽くない、いや重いほうだ。父に似て、人の愚痴や悩み事をじっと受け止められる器があった。

「ああ、お前だけには言うけどな、実はそうなんや。」

やはり・・・・・

女装が似合いそうなタイプだと思った。そして・・・萌え系の眼鏡娘・・・どこか想像がついた。

しかし何よりも、優希といる彼の、なんともいえない艶っぽさ・・・

「つきあってるんですか?」

「うん。親父はまだ何も知らんけど。伊吹には、バレてしもうた。」

警察官とやくざの恋・・・しかも男同士・・・

「苦しい恋ですね。でも、優希さん幸せそうだし、よかったのかな」

「軽蔑とか、せえへんのか?」

ははははは・・・・・

郁海は笑う

「僕も、鬼頭の組長と伯父さんの事、見てきましたよ。こういう関係もあるんだって事、知ってますよ。」

 もともと、総てに偏見を持たない郁海だった。父、拓海に似て、物の本質を見抜ける青年だった。

「それは、ありがたいけど」

「組長は・・・どう仰るでしょうね・・・」

うん・・・

優希はそれが気がかりだ。

伊吹には黙認されているが、龍之介は組長だ。

祖父、哲三が伊吹との仲を認めながらも、龍之介に結婚を強いたのも、龍之介が鬼頭の跡取りだから・・・

そして、自分も鬼頭の跡取り息子なのだ。

妻と情夫(いろ)の間に挟まれた龍之介。龍之介を間において向かい合う妻と情夫・・・三者三様に苦しんできた。

その事実ゆえに、龍之介はたやすく首を縦に振らないだろう。

判っている。息子に自分と同じ苦しみを負わせたくないという事。

そして、妻と情夫を犠牲にする、因果な立場に息子を立たせたくない事。

「俺は、多分、親父を苦しませる事になるな」

「優希さんは・・・結婚するんですか?」

今は、考えられない。しかし、避けて通れない事も知っている。

 「どれだけ苦しんでも、引き返されへん」

知っているのだ・・・覚悟して踏み込んだ道なのだ・・・郁海は唇をかんだ。

「応援しますよ。微力ながら・・・」

 「ありがとう」

弟のような郁海を心から愛しいと思う。

 

「あ・・・」

携帯の振動に気づいて、優希はポケットから携帯を取り出す。

ー少し早いけど・・・お休みなさいー

達彦からのメッセージに自然と顔が緩む

そんな優希に呆れながらも、郁海は、羨ましいと思う。

最愛の人に出会えて、共に生きてゆけることはなんと幸せな事だろうか・・・

たかが文字のやり取りが、これほど自分の心を動かすとは思いもしなかった。

だだの文字のなかに、達彦を感じる。

心はいつも傍にいると信じられる・・・・・

 

「もう、なんか・・・メロメロですね・・・」

笑いつつ、郁海が優希を見つめる。

「悪いか?」

照れ隠しに、少し怒ってみる優希。

「いいえ、羨ましいだけですよ」

 父に似て、恋愛に不器用な郁海は、最愛に出会う自信すらない。

「泊まっていくか?」

克海が上京するまでは、ここで優希と同居していたのだ・・・

「いえ・・・克海が帰って来ますから。それに、恋人さんに悪いし・・・」

そう言って立ち上がると郁海は玄関に向かう。

「おやすみなさい」

郁海の笑顔に救われる。

閉じられたドア、一人の部屋・・・静寂・・・急に達彦に会いたくなる。

仕事柄、会えない時間が多い。会っていても、電話一本で呼び出される。

そんな達彦に惚れたのだから、文句はいえない。

つくづく、父が羨ましい。情夫(いろ)が側近なのだから、始終共にいる。

(鬼頭商事、東京支店の視察、とか言いながら、あれは不倫旅行やしな・・・)

 

気づけばもう11月半ば・・・肌寒く、一人寝は辛い。

「抱いて寝るモン欲しいな・・・」

と、毛布を取り出して、くるくる丸めてみたりする。

正月は多分、大阪に帰ることになる。達彦も家族と過ごすのだろう。

(年の初めくらい、一緒にいたいな・・・)

それも叶わぬ夢・・・・・

「風呂入って寝よう・・・」

つくづく、父と伊吹が羨ましかった・・・・

 一人の時より孤独感が増したり、不意に人恋しかったりする。

龍之介はいつも傍に伊吹がいた・・・とても羨ましい。

人と比べてもしょうがない事だが、今日の優希はなんとなく孤独だった。

(俺て、もしかしてへタレ?)

浴室のドアを開けつつ、ため息をつく。

無性に達彦に会いたかった・・・・

 

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