心と体の距離 4

 

 その日、優希のマンションに引っ越した達彦のもとを、美和子は訪れた。

「どうしたの?いきなり引越しなんて・・・こんな広いところ、達ちゃんの趣味じゃないじゃない?」

家具もほとんど置いていない、だだっ広い部屋である。

ちょうど、優希の部屋の向かい側がタイミングよく空いて、勢いで入ってしまったのだ。

「なあに?彼女でも連れ込む気かなあ?」

ダイニングのテーブルでコーヒーを飲みつつ、美和子はニヤニヤ笑う。

「お母さん・・・」

苦笑する達彦に、美和子はたたみ掛ける

「ベッド・・・ダブル買いなさいよ〜〜あの折りたたみは窮屈よ〜」

(判っています・・・アレに男2人は窮屈でした・・・)

うなづきつつコーヒーを飲み、はっとする達彦。

「お母さん!」

「ははは・・・・私が女装なんかさせたから、もしかして女の子に興味ないんじゃないかって、心配してたのよ」

あ・・・・・

 すみません を100回繰り返してしまう達彦・・・

「達也はアレでも大学生時代、彼女いたし〜」

「本当ですか?」

初耳だった。

あの堅物の兄が・・・

「結婚するつもりだったのに、相手の家が、警察官はダメだって言ってね・・・危険な職業だからね」

あ・・・・・

すみません を再び100回繰り返す・・・・・

「達ちゃんは負けちゃダメよ」

「はあ・・・で・・・慎吾君は元気でやってますか?」

あれから音信不通になってしまっている。

「うん、家には時々顔見せるけど・・・なあに?会ってないの?」

「ええ・・・ちょっと・・・」

うすうすは感づいていた。

慎吾と話しているとき、達彦の話題が出ると、微妙な雰囲気が漂うのだ・・・・

「喧嘩した?」

「いえ・・・三角関係が破綻して・・・」

「取り合ったの?彼女を?」

ええ・・・微妙な笑いでごまかす達彦・・・

「慎吾君て、達ちゃんの事好きなのかなあ〜とか思ってた・・・なんか、独占したがってたでしょ?」

沈黙が流れる・・・・・・

今でも、慎吾との事は心が重い・・・

 

「八神さん・・・シチュー持って来ました〜」

インターホンから優希の声がする。

達彦は立ち上がって、ドアを開けると、鍋を持った優希がいた。

「鬼頭君。いらっしゃい、今、母が来ていて・・・紹介します、上がってください」

いきなり夕飯を配達してきた、大柄な青年に戸惑いつつ、美和子は立ち上がる。

「達彦の母、八神美和子です・・・」

「あ、はじめまして・・・鬼頭優希と申します」

達彦に鍋を渡して、優希は頭を下げる

「大学の後輩なんです、今、向かいの部屋に住んでるお向かいさんで・・・」

そう言いつつ、鍋を火に掛ける

「法学部出身なの?」

「いえ英文科です」

「大阪の人?」

大阪の訛りが気にかかる美和子・・・

「はい。家は大阪にあります。仕事先がこっちなんで・・・」

そんな会話のなか、達彦は黙々と夕食をセッティングしていた。

 

「ごめんね・・・夕食おごってあげたかったのに・・・ご馳走になっちゃうわね」

シチューとサラダを前に、美和子は苦笑する。

「見かけによらず、鬼頭君は料理、上手いんですよ」

そう言ってスプーンをとる達彦。

「いえ、お粗末さまです。自炊生活長いもんで・・」

「あら・・・おいしいわ〜!!」

男の手料理に感動する美和子。

もちろん家では、夫の孝也が料理する事などなかった。

「なんか、安心したわ。これで達ちゃんの栄養事情心配しなくてすむ」

「そうですよね・・・八神さんて、ほっといたら、ろくに食事しはらへんから・・・」

うんうん・・・うなづきつつ、意気投合の美和子と優希・・・・

 「で・・・鬼頭って、どこかで聞いた事あるけど・・」

 「土下座事件のあの鬼頭ですよ。お母さん」

達彦は笑顔で話しているが、優希は少し緊張していた。

 「彼は、関西鬼頭組の跡取り息子なんです。」

「じゃあ・・・土下座事件で再会したとか?」

「大当たりですお母さん」

しばらく沈黙が流れた・・・・・・

優希は いたたまれなかった。

達彦の母親は、少年課の婦警をしていると聞く・・・・いや、それだけではない、最近課長に昇進したと聞く・・・

「ロマンチックね〜」

はぁ・・・・・・・

意外な反応に、優希は言葉をなくした。

「お父さんとの事、思い出しちゃった・・・」

土下座事件の後、聴いた美和子と孝也の馴れ初めを、達彦は思い出した。

 

キャリアで、現場配置されていた孝也の捜査中のヤマに、ある少年がかかわっていた・・・

その少年は、暴走族の一員で、覚せい剤売買にまで手を出した前科を持っていたが、美和子が何年も掛けて指導し、更生させた少年だった。

少年の無実を信じる美和子と、”犯罪者は死ぬまで犯罪者”というポリシーを曲げない孝也は激しく戦った。

その末、少年の無実が判明し、事件の解決後、孝也は少年課の皆がいる前で、美和子に土下座して謝ったのだ・・・・

 完全無欠の、有能なキャリアが自分の非を認め、謝った。

その潔さに美和子は魅かれ、孝也は、未来あるものを絶望から救い、最後まで信じることのできる美和子の優しさと、強さに屈服したエピソードだった。

孝也が、将来の伴侶に美和子を選んだ動機でもあった・・・

 

確かに、達彦の土下座事件は、古株からすれば、虎の子は虎 と噂された事件ではあった。

 

「いえ・・・ロマンチックなのは、お母さんの時の話で・・・・」

苦笑する達彦に構わず、美和子は思い出に浸る

「鬼頭君てよく見ると、おめめクリクリして可愛いわねえ・・」

目が大きいのは、龍之介譲りである。大きな体躯には少しアンバランスであった・・・

「お母さん・・・」

あっけにとられる達彦に構わず、美和子は微笑む。

「気に入ったわ。」

なんだか判らないけれど、達彦の母に気に入られて、優希はほっとした。

 

 

しばらく優希と話して、美和子は帰って行った。

後には、放心状態の優希・・・・

「すみません。いきなり親に紹介したりして・・・」

もう、ハメられたとしか言いようが無い。

「でも、隠すの嫌だし、鬼頭君ならウチの母も気に入ると思って・・・ 」

「いや、後輩と思うてはりますから・・・」

ああ・・・・

達彦は俯く・・・

「すみません。いきなり、交際相手と紹介したほうがよかったでしょうか・・・」

「いや・・・それは・・」

やめてほしい・・・

 「でも、八神さんのお母さん美人ですね。八神さん、お母さん似ですか?」

「よく言われます。兄は父似で、私は母似だって・・・」

夕食の皿を洗いつつ、楽しそうな達彦。

「彼女は勘が鋭いから、もう、うすうす勘付いているかもしれませんね・・・」

え!!!

驚いて、優希はコーヒーカップを持ち上げたまま、達彦の背中を振り返る。

「いつまでも、隠していられないじゃないですか〜こそこそ交際するのはよくないですよ〜」

正々堂々なのはいいが・・・心臓にはよくない・・・

ふと、優希は考える・・

自分は、父や伊吹に、達彦の事をちゃんと紹介することができるのか?

その覚悟が出来ているのか・・・

そう思えば思うほど、達彦には頭が下がる。

(まあ・・半分は天然なのかも知れないが・・・)

 「判りました、今度、親父に正式に挨拶に行きましょう!」

え・・・・・

今度は達彦が怖気づいた・・・

「まだ・・・いいです」

「いいえ、もう伊吹にはバレてるし、いっそのこと・・・」

鬼頭君・・・・・達彦は困り果てていた・・・

 

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