心と体の距離 3

 

「しかし・・・よう化けましたねえ・・」

まじまじと見つめられて、達彦はいたたまれない。

「メイク落としていいですか・・・」

「着替えるんやったら、服も貸してあげますよ」

浴室に向かう達彦に、優希はそう言って、クローゼットから服を見繕う。

 

「とにかく、落ち着きました」

化粧を落として、シャワーを済ませ、祐希のシャツとジーンズを着た達彦があわられる。

「ちょっと・・・大きいですか?でも、そんなラフな八神さん初めてみますね」

スーツ姿の達彦しか知らない優希は、少し新鮮だった。

「やはり、心配なんでこっちに引越さはったらどうですか・・・」

沈黙が流れる・・・・・

「あ、そう言う意味とちゃいますよ・・」

距離が近づけば身体も近くなる

「そういう意味でも構わないんですが・・・」

「え?!」

驚いた優希は、ソファーに座る達彦を振り返る。

「なんか・・・大丈夫なんでしょうか?失敗したらギャグになるし・・・」

それは優希も同じ事だ。その点では伊吹を尊敬する。

「だ・・・大丈夫ですよたぶん。ウチの伊吹も、オヤジが最初やったし、それでも何とかなってるし・・・」

そこのところを調査する必要がある・・・と言っても、伊吹がそんな事を打ち明けるとも思えない。

龍之介に28年間を捧げて、女の一人もいなかった事など、組の中でも知るものは少ない。

昔は、よくその事を島津におちょくられていたが・・・

「鬼頭君は、藤島さんの事、大好きなんですね」

達彦は微笑む・・・

「え、いや・・・誤解せんといてください」

「してませんよ。親子でもなく、友達でもなく・・・いい関係ですよね」

父の龍之介より、伊吹に相談する事が多かった。龍之介は越えるべき壁で、伊吹は安息所・・・・

「八神さんは、伊吹に似てるんです・・・・」

自分の前に立っている優希を、達彦は見上げる。

「何でも話せて、心許せて・・・一緒にいると安心できて・・・そやから、きっと親父も、八神さんの事、反対せえへんと思うんです」

達彦はかすかにうなづく

「まあ、自分らのこと棚に上げて反対なんかしたら、家出しますから。つーか、これから何します?」

「寝ましょう。遅いから」

「なんか、もったいないな・・・」

そう言いつつ、優希は達彦の隣に座る。

「たぶん、カッコ悪い事、いろいろあるのもアリですよ。それって二人だけの内容やし・・・」

ふうん・・・・

達彦は笑って、祐希の肩にもたれる。

静かに流れてゆく時間・・・・こんなにも穏やかになれるのが不思議だった。

 

「八神さん、明日出勤でしょ?服、どうします?」

「朝一度、自分んちに帰らないといけませんね・・・・」

「ほな、やはり、もう寝ますか?」

二人は立ち上がると寝室に向かう。

 

 

「八神さん・・・まだ化粧品の香料の匂いしてますよ」

ベッドに横になって、しばらくして優希はそうつぶやく。

「普段、整髪料もつけないから、結構染み込むんですかねえ・・・・」

そういえば・・・と優希は思う

幼い頃は いつも伊吹の整髪料の匂いに包まれていた。

「あ、メイク担当の子が、香水振り掛けたから、それかも・・・・」

ああ・・・優希は頷く

昔、大学生の頃、付き合っていた女学生のつけていた香水系である・・・・・

「似合いませんよね・・・」

「好きな人の香りなら、好きになれますよ」

「シャワーしても、とれないんですね」

「明日の朝、俺にも匂い移ってるかも・・・」

え・・・・

どこか、なまなましい感じがして達彦は戸惑う。

「冗談ですよ〜つーか、そんなんになったら、悶々して仕事出来ません・・・」

「鬼頭君!」

はははは・・・・・・

「でも、移してみようかな・・・」

そう言って達彦を抱き寄せる。それだけで安心できた。

今日の出来事は、優希にもかなり衝撃が強く、伊吹を失いかけた時の父の気持ちが、少しわかるような気がした・・・

「このマンションに引越します。この先また人事異動で、どこに移るかはわからないけど・・・」

優希の胸の中で、達彦はそうつぶやく。いられるときに出来るだけ一緒にいたい。そう思えた

二人の時間を、ひと時も無駄にしたくない。

「いきなり同居でも、ええんやけどなあ・・・」

などと駄々をこねる優希を、いとおしげに達彦は眺める。

「そうですね、時が満ちれば・・・」

そう言って瞳を閉じた。

迷いが無くなってゆき、愛している確信が満ちてくる今、その時も遠くはないような気がした。

伊吹も龍之介も迷っただろう、この道程を優希もたどる・・・

愛情という海の中で、進路を誤らずに行く事は困難である。

自分、相手、さらに社会で生きてゆくには、互いの家庭環境、生活環境まで考慮しなければならない。

それでも守りたい。愛するものを・・・・だから臆病になる。

「八神さん、俺は八神さんを守りたいから・・・」

達彦の寝顔にそうつぶやく。

龍之介の誘惑を振り切った時の、伊吹の気持ちが今ならわかる。

父は昔から、今もなお、伊吹に保護されている。

そして・・・・

 伊吹も龍之介に依存していた

そういうもんか・・・・・優希は笑う

実は自分こそ、達彦に守られているのかもしれないと思う。

 

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