心と体の距離 2

 

「警部、大丈夫ですか?」

上田が大型バンの後部座席でつぶやく

「夜の11時に、あの場所ですね・・・」

例のごとく女装した達彦がサングラスをかけた。

ロングのウエーブヘアーに紅いルージュ、黒いスーツ姿に身を包んでいる。

 

始まりは、麻薬密売組織の売人を検挙した事。

大きな取引が近々行われ、そこにミサというコードネームの女が買い取りに現れるという情報に、

イチかバチかの囮捜査に乗り出したのだ

「ミサが現れたら取り押さえてくださいね・・・それに現行犯逮捕、よろしく」

ハイヒールのかかとを鳴らして、達彦は車を降りる。

本物が先に現れたら、すぐに作戦は変更できるが、達彦との交渉中に現れたら元も子もない。

しかし・・・・そのミサという女、名前も人相も知るものはいない。

とにかく、達彦は大きなスーツケースを手に、ビルの廃墟に向かう。

 

「鬼頭さん〜もう一軒行きましょう〜」

取引先の社長の接待で飲んていた優希は、はしごにつき合わされていた。

「いえ、明日も仕事ですから、ほどほどに・・・」

井上も社長をなだめていた・・・・

そこへ、やくざ風の男が数人、女を囲んでビルの廃墟に向かうのが見えた。

(あれ・・・あいつら山崎組の・・・なんで東京におるんや?)

以前、鬼頭組に掛けられた、麻薬売買の疑いの一件を思い出す

「!あいつら、また性懲りも無く・・・」

「ぼん?」

怪訝な顔の井上に、優希は手を上げる

「井上さん、先に帰るわ。急用や。木村さん、ありがとうございました、これで失礼いたします・・・・」

「ぼん・・・」

わけのわからない井上を置き去りに、優希はビルに向かう。

 

 

「約束のもの、持って来たんか?」

手にしたフラッシュで、達彦を照らして男は言った。

(関西訛り・・・・・)

以前の鬼頭組との事を思い出した。

「あれ・・・お前・・・」

ばれた・・・一瞬冷や汗がにじむ

「なかなか、ええ女やな」

次に来るものは・・・・

例のごとく男は、達彦に腕をねじ上げられる。

 「交渉が先でしょう?」

達彦のハスキーな裏声が、廃墟に響く

 上手くかわした・・・ここまでは・・が・・・

「お前は何者?」

物陰から、黒いスーツの優男が現れる。

ショートカットの髪を後ろになで上げた・・・・男装の麗人

(ミサか?!)

万事休すだ。達彦は息をのむ

ミサは取引時間のかなり前に、現場に来ていた。そして・・・様子を伺っていた・・

(何て女だ・・・)

「サツが、かぎまわっているってボスから聞いて、念のため、身を隠していたら、とんだ偽者が現れたわね」

顔は・・・サングラスで見えないが、声は明らかに女である。

 達彦は、周りの男達に取り押さえられ、身動きが出来ない。

「素性がわかるまで、手出し無用よ」

男達を威嚇しつつ、ミサは達彦に近づく・・・・

そのとき・・・・

「やあ〜リサ!待ち合わせの場所におらへんと思たら、ここにおったんか?」

余裕の笑みで、達彦の背後から優希が現れた。

「鬼頭のぼん・・・・」

山崎組のものは皆、息を詰まらせた。

「こんなとこで、山崎組の若い衆が何してるんや?」

そう言いつつ、達彦の肩を抱く。

「こいつに、鬼頭商事の取引に使う書類、持って来させたんやけど。こんなとこに迷い込んだみたいやな。

まさか、お前らナンパしたんと違うよな?」

「いいえ・・・ぼん・・・この女は・・・」

「俺の情婦(いろ)やけど何か?」

 ー助かった・・・・−

達彦は安堵した

このまま話を合わせて行けば、危機から脱出できる。

「優希ごめんなさい・・・私方向音痴でしょう?」

「いや、ひとりで行かせた俺が悪かったな。」

いきなりの展開に、ミサは言葉も無い

 「ほな、邪魔してすまなんだ。行くわ」

強気で、達彦の肩を抱きつつ、その場を去る優希に、一同は言葉を失う。

二人の後を追おうとするミサを、山崎組の組員は引き止める。

「日を改めよう。アレは鬼頭組の後継者や、ヘタにいじると、ウチがヤバイからな」

 

 

 

「八神さん、もうこういうとはやめてください!」

優希のマンションで達彦は一息つく

「すみません。助かりました・・・でも鬼頭君何故あそこに?」

「山崎組のモンが、女連れてビルに入るとこ目撃して、また悪い事しでかすと思うてついて行ったら、

女装した八神さんやし。もう寿命縮まりますよ」

「すみません」

いつに無く、今回はしくじった・・・達彦は落ち込んでいた・・・・

そこへ携帯のベルが鳴る

ー八神警部!どうされましたか?組員に拉致されたという報告が入っていますがー

「安心してください、保護されたんです。危機を、鬼頭組の跡取り息子さんに救っていただいたんです。

あの時、土下座した甲斐がありましたよ・・・」

ー大丈夫なんですね?−

「はい。念のため、しばらくはここを動きません。そちらも引き上げてください。詳しい事はあとで」

そう言うと、電話を切りため息をつく。

コーヒーを差し出しつつ、優希はそんな達彦をにらみつける

 「八神さん!!!」

はあ・・・苦笑しつつ俯く達彦・・・

「だれが八神さんに、こんな危険な事させるんですか?それとも自主志願ですか?」

・・・・・

言葉が無い達彦・・・・

「ほんまに、こういうことしてると許しませんよ。八神さんの身体、八神さんだけのモンと違うんですよ」

叱られていても、心が温かい

「俺のために身体大事にしてください」

そう言ってくれる誰かがいるということは、本当に幸せなのだと思った。

 

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