心と体の距離 1

 

「八神さん・・」

嵐の後の静けさに耐えかねて、優希は達彦に近づく。

余計な事をしたのだろうか・・・心配でたまらない

「鬼頭君・・・・」

いきなりかき抱かれ、途方にくれながらも、優希はそっと達彦の背に腕をまわす。

「こんな目にばっかりおうてたら、辛いですよね」

しかも、信じていた幼馴染から・・・・

「八神さんは俺が守ります、命掛けて。それより、さっきの事はあれでよかったのかどうか・・・三浦先輩との関係壊したかも」

「二人の関係を壊したのは、慎吾君自らでしょう?私は嬉しかったんですけど・・・」

優希の胸の中で達彦はそうつぶやく

「さっきも、鬼頭君が王子様に見えましたよ」

「何か、飲みますか?牛乳温めましょうか・・・」

優希は達彦から離れて、冷蔵庫に歩み寄る

達彦はクローゼットからパジャマを取り出して着替える

「紅茶、ありましたね。ミルクティーにしましょう」

優希が持ち込んだアールグレイが食器棚から見えた。

「三浦先輩は悪い人ちゃいますから・・・俺、そう思いますから・・・」

温めた牛乳をカップに注ぎつつ、優希は微笑む。

「ずっと八神さんのこと想い続けてはったんですね」

ソファーに座る達彦に、優希はミルクティーを運ぶ

「気づかなかった事がバカなんでしょうか・・・」

カップを受け取りつつ達彦は苦笑する

「そういうモンですよ。三浦先輩も今頃、後悔してはると思うし・・・つーか、八神さんほんまに強いですね」

優希の言葉に達彦は苦笑する

「三浦先輩やなかったら完全、ねじ伏せてましたよね。身内やから力緩んだんでしょう?」

慎吾の腕を瞬時にねじりあげたあの技は見事だった。

「ヘタしたら学園祭のとき、保健室で俺もああなっとったんかな・・・とか思いました」

微笑みつつ隣に腰掛ける優希に、達彦は顔を背ける

「アレは・・・鬼頭君だから・・・」

「でもヘタに手出したら、痛い目見るという事だけ、わかりました」

優しい笑顔が達彦を包む。

どちらが年上なのか判らなくなる・・・・

「もう心配で、ひと時も離れていられませんね・・」

そんな優希の肩にもたれて、達彦は目を閉じる

今までの緊張がとけて涙にかわる・・・・

「しんどいでしょう・・・」

そういって肩にまわされた優希の腕が温かい

今までそんな慰労を受けたことが無かった。

家柄は警察のエリートだ、腕も立ち、自分で自分を守れる立場にいた達彦は。さらに強さを要求されてきた。

「誰でも、弱音吐けるとこがないとしんどいですよ。うちの親父も、ああ見えて伊吹には甘えっぱなしですから」

誰もが完璧ではない。完全な強さなどない。守るものが出来て初めて強くなれる。

優希は龍之介の背中から。それを学んだ。

「俺も甘えたですから、覚悟してくださいね」

そんな優希が可愛くて、達彦は泣き笑いを始める。

「鬼頭君も、立場上、危険な事、多いんでしょう?」

ああ・・・

優希は笑う

「最近は組も安定して、出入りも無いから平和ですよ。天下の鬼頭にちょっかい出すアホもおりませんし」

自分達は正反対な職業にいるようだが、どこか似ているところが妙におかしかった。

これから起こるさまざまな事も、優希となら乗り越えて行けそうな気がした。

「もう、遅いから、休みましょう」

そういって立ち上がる優希を見上げて、達彦ははっとする。

「慎吾君もしかして、私達がもう他人じゃないとか誤解したんじゃ・・・」

「いや・・・腕枕だけでなんも無いほうがおかしいんですよ普通。構いませんけどね別に。」

そういって優希はソファーを倒してベッド状態にする

「鬼頭君は平気なんですか・・・それで」

枕とシーツを抱えて達彦が現れる

「今の状態、結構幸せで、満足してますから。でも八神さんが不満やったら、いつでもOKですけど」

「鬼頭君!」

達彦に睨まれて、優希は大笑いでソファーに横たわる

「腕枕はスタンバイOKですよ〜」

確かに・・・幸せだと思った

こんなに安らげたのは何年ぶりだろうか・・・・

 

そばにいれるだけで幸せ・・・・・そんな人に出会えるなど思っても見なかった。

警察官になってからは四方八方敵だった。

内からは妬みの目に晒されて、外は戦場・・・・

もう、片時も離せないほど優希は達彦にとって大事な存在になっていた。

しかし、自分は優希にとって、役に立つ存在なのか・・・

頼るばかりで、何も与えられていない気がした

「いいんですか・・・私なんかで・・・」

いつもそこで立ち止まる。

「八神さんやないとダメなんです。もう中毒で・・・禁断症状出るくらい」

確かに、優希は慎吾とは違う。そのままの自分を曝け出してくる。

だから、安心して委ねられる。

 

「ありがとう・・・・」

優希の隣に身を横たえて、達彦はそうつぶやく

「狭いけど大丈夫ですか?」

「もう、くっついてないと寝られなくなって・・・困ったもんですね・・」

「ウチで同居とかどうですか?」

それは、かなり魅力的な誘いだった。

「飯の支度もみんなしますよ〜でも、やくざと同居なんてヤバイですよね」

「鬼頭君の隣にでも、引っ越そうかな・・・・」

「隣は住んでますけど、下の階とか空いてますよ」

本気で考えようとしてしまう自分が恐ろしかった。

「でも、もったいないでしょう?ほとんど俺のとこにいるのに〜」

同居を決め付けた優希の言葉に、達彦は大笑いする。

「じゃあ、お互い行ったり来たりでどうですか」

金銭的な問題でこのワンルームにいるわけではなかった。

たまにしか帰らない、帰って寝るだけの空間、それだけの価値しか見出せなかったから・・・・

「そうなるとうれしいですけど・・・引越し大変でしょう?」

と言って優希は笑う

最低限の必要なものしかここには 無かった・・・・

「・・・鬼頭商事のトラック1台でいけそうですね・・・・」

 「荷物が少ないのは、昇進ごとに部署替えがあるから定住しないようにしてるんですよ」

じゃあ・・・・・

優希はフリーズする

「警視になったら?」

「どこに飛ぶか・・・・」

はあ・・・・・・・・沈黙が流れる

しかし、そう言う優希自身も、組長を襲名したら大阪に行かなければならないのだ・・・・・

「前途多難ですねえ」

「距離は問題じゃありませんよ」

達彦はそう言うが、優希は心が晴れないでいた。

 

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