発覚 4
郊外のレストランで八神一家が夕食をとっていた
父、孝也の誕生日を皆で祝う事になっていたのだ。
「なんか・・・お久しぶりですね」
遅れてきた達彦が席に着く。
兄、達也と妻の真希、一人息子で5歳になる大輔も同席していた。
「義姉さん、お久しぶりです、大輔君も元気でしたか?」
真希は大蔵省の官僚の娘で、いわゆる政略結婚だったが、美人で、上品で、控えめで良妻賢母の掘り出し物の妻だった。
「達彦さん、ごきげんよう。相変わらず麗しい事・・・」
真希はこの美しい義弟がお気に入りだった。
「おい、真希、男にそんな事を言うものではないぞ」
達也は呆れて苦笑する。
「本当に、女の子だったら良かったのに・・・」
母美和子はまだ諦めきれない。
しかし父の孝也は、皆が達彦を女扱いするのを好かない。
「警視の空き待ちの事だが・・・」
孝也が達彦を見つめる
「実績上、慎吾君とお前は並んでいてな・・・どちらとも決めかねるから、すまないが、慎吾君を先に送る事にした」
「そうですか」
話を聞くや否や、達彦は喜びを隠せないほどの明るい顔をした
まだ優希の傍にいれる・・・・・
さらに、付きまとっていた慎吾は配置換え・・・
「嬉しそうだな・・・」
達也が怪訝な顔をする
「親友の出世は嬉しいものですよ、兄さん」
一同は呆れて何もいえない
「おかしな奴だな」
孝也は苦笑して、美和子を見る。
「達彦は欲が無いわね」
「出っぱって、七光りとか八光りとか言われるのは、ごめんですからね」
決して達彦は七光りではないが、柔らかな容姿のせいか、頼りなく見られるのだ。
反面、兄の達也は長身に筋肉質の立派な体型と、ハードボイルドな容貌で、周りを威圧している。
「苦労するな・・・お前も」
同情せざるを得ない
「オリンピック出ないの?もったいないな・・・」
射撃でオリンピック出場の話を蹴ったのが、美和子は残念でならない。
「そんなところに出たら、もう囮捜査できませんから・・」
世界に顔を晒すことになるのだ・・・
「達彦は出ないほうがいい、家柄上、狙われる立場にあるからな」
父の言葉に達也はうなづく。自分より頭脳も射撃の腕も飛びぬけている弟が、何故七光り扱いされているのかわからない。
「それより、お父さんのお誕生会しましょう〜」
自分の事で家族に心配を掛けたくは無かった。
実際、途方も無い迷惑を掛けることになるだろうが・・・・
「達彦・・・」
食事を終えて、達也一家が先に帰った後、美和子が口を開く。
「無理してない?警察官でいる事・・・」
いつもは冗談ばかり言って明るい母が、不意に真剣な顔で聞いてきた。
達彦は返答に困る・・・・
無理が無いとは思わない。しかし、だからどうしようと考えた事も無い。
「達彦は正義感が強くて、頑固で、まっすぐだから私は警察官に向いていると思ったが・・・」
孝也はため息をつく
「あまりにまっすぐで純粋だから、世の中の犯罪とかかわるのは、お前には辛い事かもしれないね・・・」
「お父さんも・・・そうでしたか?」
「若いときはそうだった。が、だんだん割り切るようになってしまった。お前にはそうなって欲しくない気がしてきたんだ」
ー殺人事件の調査で一々心を痛めていては身が持たない、これはただのヤマだよー
そう慎吾が言っていた・・・・・
しかし達彦は、いつまでたっても割り切れないままいた・・・
「お父さん・・・もしものときは、私が警察官を辞職する事を許していただけますか?」
孝也は笑ってうなづく
「お母さんも、お父さんも、達彦の幸せを願っているのよ。別に、警察官で出世する事を願っているわけじゃないのよ」
そういって、手の上に重ねられた母の手は温かかった。
「すみません」
「何謝るの?」
「私はお二人にご迷惑をおかけするかも知れません。最愛の人のために・・・」
美和子は微笑んだ。明るい華やかな微笑だった。
「おめでとう、最愛の人に出会えて。どんな人でも、達彦の選んだ人だから反対はしないわ」
「子供に迷惑掛けられるのが親の役目なんだから気にするな。信じているよ、お前を」
それは、反対されるよりも辛い事だった。そして、もう引き返せない事を感じていた。
「では、帰ります」
達彦は立ち上がる
「身体に気をつけてね」
そう言う母に微笑み、達彦はドアに向かって歩き出した。
涙で視界がかすむ・・・
でも後悔はしていない。
ただ、それだけが彼を支えていた。
駐車場に止めた車に乗り込むと、思い出したように携帯を取り出し、メールを確認する。
いつものように来る、優希のおやすみメールが入っている。
何気ない2行程度の文章に、自分をどれだけ支えているか判らない。
もう止められないほどに、彼の中で大きく膨らんでいく鬼頭優希という存在を、どうする事も出来ず、ただ戸惑うばかりだった。
とっさに、達彦は優希に電話していた
ー八神さん・・・・ー
優希の声がする
「鬼頭君・・・愛しています・・・」
ーどうしたんですか?突然・・・−
「言ってみたかったんです」
ーなんかあったんですか?−
「いいえ、家族で楽しく食事して、帰るとこです。鬼頭君も一緒なら、どんなにいいかと思ったら、急に電話したくなって」
ーほんまに、なんでもないんですね?−
「はい、おやすみなさい。」
そういって電話を切り、やはり後悔しないと思った。
一息ついて達彦はふっ切ったようにハンドルを握った。
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